第28条の2「管理監督者」
「どうしました?」
手紙を見て思わず大きな声を上げた私にカリカが声をかけて来た。
「見てください。ここ。他はこれまでと大差ない情報ですが、これはありがたい。」
―――――――
私が本来の予定日以外に働いていることは、お弁当の注文をしているとかでわかると思います。
それに、最後に帰った人は建物の鍵閉め担当者のところに名前を書くので、出勤時間と違うことが分かると思います。
―――――――――
「これは……!」
「やっと突合する資料が見つかった。
こういう情報をくれるのは非常にありがたい。
これがあれば、私たちがしてきた張り込みとこの資料で、結構戦える気がする。まだ確証ではないしどんな言い訳が出てくるかわからないけど。」
そこからさらに3日後、ようやく、中央ギルドの者が、カルナック所を訪れた。
「こんにちは。わたくし、中央ギルド庶務部長のエラスミオスと言いまして。
えぐちさんおられますか。」
「わたし、です。」
思わず言葉に詰まった。
そこに立つ男性ドワーフは、この声の低さは、初回に対応した人に違いない。
この者が担当者だというのか。ならば最初に門前払いしたのは何だったのか。
庶務部長という役職がどの程度の地位かはわからない。
しかし、一角の責任者であることは間違いないだろう。それなのにあの対応――。
私は色々考えを巡らせ、こいつが諸悪の根源か、本当に決定権限がないか、上の者から口止めされていたのか、の3つが考えられた。
3番目の可能性が一番高いが、そうなると事務長の教育が行き届きすぎだという不安がよぎった。
ただし、庶務部長であれば、管理監督者ではなく残業代の支払いの対象になるはずだから、このドワーフもある意味被害者であろうから、詰問することは抑えた。
「どうもね、ご連絡が遅くなってね、申し訳ありません。上の者の予定が見えましたのでね、この日とこの日はいかがでしょうかね。」
「――随分と先ですね。」
提示されたのは1か月以上先の予定だった。
「そうですね。何分忙しい方々なのでね。」
「ギルド長がですか?」
「いえね、このような労働条件に関する話はね、ギルド長ではなくね、事務長が対応させていただきます。」
大きすぎる組織だと代表者が対応しないことは通常である。
トロヘラスディーロ工会は会長が来たが、むしろそちらが珍しい。
忙しいだろうし、実務のことを聞いても何もわかっていないだろうし、代表者を強要する必要もないと思っている。
特に調査の段階では。
「ただ、すでに最初にご挨拶してから2週間以上がたっております。それでこのような先の日程。
しかもギルド長が対応されない事案。承服しかねますな。
そもそも、臨検拒否が労働基準法に反することはご存じですか。」
「そうですね。存じ上げております。」
「そうするとその原則にもすでに反しております。
これ以上伸ばしても痛くもないであろう腹を探らないといけないことになります。
来週か再来週の日程で頂きたいところです。頂いた日程では遅すぎます。
対応できません。」
「――わかり、ました。再度調整させていただきます。」
「お願いします。」
帰っていく姿を見て申し訳なさ半分、腹立たしさ半分であった。
おそらく、エラスミオスと名乗った今の人物は、上から言われて小間使い的に来ただけだとは思う。
したがって、上司と国の機関と板挟みになって大変な思いを今後していくだろう。
それが申し訳ないところ。
腹立たしいのは、最初の対応だ。
庶務部長の立場にありながら、なんの権限もないと主張した。
さらに、臨検拒否は違法であると認識しながらこの対応。全く納得がいかない。
一番最初にもう少し説明があってもいいだろうにあまりに邪険な態度すぎだ。
見送る私にカリカが聞いてきた。
「せっかくの機会をよかったんですか?」
「さすがに1か月先は遠すぎるし、たぶん、そんな早くならないだろう。おそらく3週間後だ。」
翌日、再度エラスミオス庶務部長がやってきて、案の定、3週間後になった。
理由が2週間後は給料の計算や依頼の報酬金額の計算とかをやっていて忙しいからということだった。
私は3名を集めて、張り込みはもう不要だということを伝え、今度は別の指示をした。
「約10日間もお疲れ様でした。
ありがたいことに、中央ギルドの担当者に会う日が給料の計算が終わった後なので、皆さんがしてくれた張り込みの結果がそのまま使えますね。」
「おおいいっすね。じゃあもういきなりガツンと行く感じですね。」
「悩ましいんだよね。
張り込みしてたことは初日では言わないか……出たとこ勝負だな。
とりあえず、名前と時間の一覧表を作ってもらっていい?」
「はい。わかりました。」
「イリニさんが作りますか?」
「え~わかりました。」
まさかイリニから「え~」という言葉が出てくるとは思わなかった。
「え、ごめん大変?」
「いえいえいえいえ。大丈夫です。」
大丈夫だろうか。
部下を持った経験があまり長くないので、下の者に対する指示をどうしたらいいか、というところはまだわかっていない。
何を思っているかということになると想像もできないし、どの程度強く言えば良いかというところもまだわからない。
過去の失敗で言うのであれば、やるべきところを強く言わずに代わりにやってあげた結果、何もしない子が出来上がったことだ。
しかもそれで怒られたことが無いので、しなくていいと思ってようだった。
完全な失敗だ。
カリカはすでに何年、いやもしかしたら何十年も仕事をしていて、自分の求められているであろう仕事とか、するべき仕事がある程度見えている。
一方でイリニは歴が浅いからか、その辺が見えていない様子だ。
そこを私が教育する必要があるのか、というのは悩ましいところだ。
ただ、私がここで色々経験するのも私の人生の糧になるとも思える。
そうだ。そう思ってできる限りのことをするとしよう。




