第28条の1「管理監督者」
翌日、カリカと二人でカルナック所に行くと、執務机が用意されていた。
そこに座って資料を広げたとき、フィリナ所長に呼ばれた。
「早速来ましたよ。これ。昨日の夜、郵便受けにおそらく直接入れられてたみたいです。」
そう言うとフィリナ所長は、投書を2通示した。内容を読むと1通はこれまでと変わらないが、もう1通は明らかに違った。
「『こんばんは。私はニコレッタと言います。前にも手紙を送らせてもらいました。
今日同僚から今朝の訪問者は労基隊の人だと聞きました。
状況は何も変わっていません。
今11時24分で、仕事が終わってそのままこの手紙を書いて投函しています。
毎日これぐらいの時間です。けれど、労働時間は10時までで申請しています。この状況を何とかしてください。』、と。
ニコレッタは確か朝から――。」
「はい。いました。」
「中央ギルドからここまで15分ぐらいだから、4時から11時まで仕事してたのか……。」
日本に直せば、8時から22時。14時間労働である。それが毎日でしかも残業代未払。
「結構、あれですよね。気合入ってますよね。」
フィリナ所長の言い方に思わず笑ってしまった。
この場合の気合が入っているのは中央ギルドのことで、法違反を平気でしていると言った意味になる。
「そうですね。証拠が無いので全面的に信じるのは。
特に『毎日』というところは誇張しているかもしれないですし、慎重に行くべきですが、全面的に嘘ということもあり得ないでしょう。」
「確かに。」
「いずれにしろ、労働者の中で『労基隊が来た』ということは知れ渡り、おそらく環境を良くしてくれるという期待を持っているはず。
気合入れて行かないとですね。」
「はい!」
カリカとテオファニスが元気よく挨拶してくれた。
イリニも自信なさげだが、大きくうなずいた。
その反応に頼もしい仲間を持ったことをうれしく思った。
それから1週間。中央ギルドから音沙汰がない。
まさか中央ギルドぐらいに大きい組織がこんな対応とは予想外すぎた。
そこで私は、仕事が終わった後に再度訪問することにした。
「こんばんは~。」
中央ギルドについたのは、9時40分。営業終了の20分前。
あたりは暗くなり、今回は、人があまり並んでいなかったので、直接受付に声をかけた。
前回と同じように、窓口に5名、後ろに20名ほど座っている。
前回対応した偉そうな人は今日はおらず、別の方が対応した。
「すみませぇん。今ほんと話分かる人いなくって。
前回対応した者から事務長とかには報告しているんですけど。連絡行ってないですかぁ?」
「そうですね頂いてないので、こうやってお邪魔させていただいた次第で。」
「そうですよねぇ。いや、分かりました。私からも言っておきますので、ほんとすみませんねぇ。」
「ありがとうございます。ちなみにお名前を頂戴してもいいですか?」
「あ、私、ヴァンゲリスと言います。労基隊のえぐちさんですよね。」
「はい。ありがとうございます。では、連絡お待ちしています。」
同行した3名には、前回と同じように、できる限り多くの人の名前を控えてもらったが、「ヴァンゲリス」の名前に驚きを隠せなかったようだ。
「えぐちさんあの方って……。」
「うん。でも偶然同名の方かもしれないからね。
下手にこっちから『手紙くれましたよね?』とか聞いて人違いだったら大事件だから、絶対に聞いたらだめだよ?」
「そうですよね。わかりました。」
カルナック所に戻ると、私は3名に対して3つの指示をした。
1つ目。張り込み。
私も含めた4名のうち2名ずつで中央ギルドの裏口で待機して、最後に帰った人の時間を確認すること。
中央ギルドから連絡があるまでそれを続けることとする。
2つ目。出てくる人の顔と名前が分かるときには、その人の時間を別途確認すること。
3つ目。窓口や投書で中央ギルドの相談があったときには全て私に報告すること。
日本では、ここまでしっかりと長期間の内偵を行うことは、逮捕の場合以外にはない。
なぜなら、働いた痕跡が何かしら残っているのが通常だからだ。
パソコンや交通系ICの履歴、短期間であれば防犯カメラなど。
その辺を調べればわかる。しかし、この国ではそういった履歴が取れない。
しかも、中央ギルドの対応は1週間以上放置しているというあまり好意的には取れないものだ。
私も人間なので、こういう対応をしてくる雇い主に対しては勘ぐってしまう。だから、しっかりと確認しようと思った。
数日張り込みをしていると、最終退勤者は12時前後ということが分かった。
10時が営業終了時刻だから、2時間、日本時間にして4時間は残っている人がいるということと、日付が変わる前後まで残っている人が居る。
私がこの国で労働基準法を作るにあたって、管理監督者の適用除外をかなり厳しく定めた。
日本ではあれを隠れ蓑に「名ばかり管理職」が横行していることから、あまりいい制度ではないと個人的に思っていたからだ。
雇い主であれば当然労働基準法の適用がない。
雇い主が普段いない場合に代行できる立場にある者、雇用主から明確な委任を受けている者、そこぐらいまでは管理監督者として、残業代を払わなくていいという適用除外を定めた。
だから、今回中央ギルドの労働者のうち、事務長を除いた全員が労働者になると考えていた。
張り込み開始から5日。1通の手紙が届いた。
「これだ!待っていたぞこの情報。」
私は思わず声を上げた。




