第25条「労働者性」
中央ギルド。
この国のほぼ中央に位置する商業都市カルナックに所在する国内最大のギルドで、同時に国内のギルドを取りまとめているところでもある。
この国で、冒険者として収入を得るには、ギルドを通して、ダンジョン攻略をはじめとしたさまざまな依頼を受ける必要があるとされており、ギルドを通さない直接契約が認められていない。
理由としては、不当に安い価格で仕事を受けることで生じる過当競争の防止をするためというのが一つ。
もう一つは、有事の際に冒険者を傭兵として招へいするためだ。ギルドに登録させることでどれくらいの兵力が国内にいるのかということを知るための方法というところである。
そして、中央ギルドに登録したら、基本的に中央ギルドの仕事を優先的に受けなければならず、地方ギルドの仕事は地方ギルドに登録している冒険者が優先的に仕事を受ける。
「というのが、私が知っているところなので、大きな組織なうえに、ちゃんとした組織と思っていたのですが。」
「確かにその通りです。先の大戦のときには、中央ギルドがまとめ上げてくれた、ギルドの冒険者がいなければ、勝てなかったと聞いています。
また、警邏隊に私がいたときには、警邏隊が権限上できない仕事を中央ギルドに発注することで、適切に対処することができました。」
「つまり外聞は全く問題ないってことですね。こまったな。この情報もなかなか難しいし。」
「何でですか?」
「まず、3割も取っているというところ。労働基準法ではあくまで労働者と雇い主との関係性を規制する法律だから、違反とは言えないんだ。」
「中央ギルドが雇い主で冒険者が労働者ってことはないんですか?」
「――難しいと思うよ。労働者は『拘束性』と『仕事を拒否する自由がないこと』が必要になるけど、冒険者は時間的・場所的拘束はないし、仕事を断れるでしょう?
あと、『指揮監督があること』が必要になるけど、依頼の達成のための具体的な方法は中央ギルドが決めるのではなく、冒険者のパーティが決められるでしょ。」
「はい。依頼によっては期限と場所を定めていますので、時間的場所的な拘束はあるかもしれません。仕事は断れます。たしかに、パーティごとにやり方は自由ですね。あくまで仕事の依頼の達成が目的なので。おそらくですけど。」
労働基準法上の労働者であるかどうかは、日本では裁判例が蓄積されているが、現場で判断することは非常に難しい。
判断基準の要素として、仕事の依頼業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無、業務遂行上の指揮監督の有無、拘束性の有無、代替性の有無、「報酬の労務対償性」があること、事業者性の有無、専属性の程度などが挙げられていることから、今回も似たような判断基準を置いた。
そのうえで、中央ギルドと冒険者の関係性を見ると、先ほどの私とカリカの会話に加え、仕事に対する報酬であることから労務対償性もないと思われる。したがって、中央ギルドから仕事をもらう冒険者を労働者とみるのは不可能だと判断した。
「――ということで、労働者ではないです。
仮に労働者としても、依頼主との間で何割の報酬を中央ギルドが貰うかとかまで法律では規制できないですから。2割って決まってるのは法律ですかね。」
「すみませんちょっとわからないです。」
「まぁ今回は関係ないのでほおっておきましょう。
それよりも、残業時間を少なくしていることです。
働いていた記録を改ざんしているなら改ざん前の記録を何とか抑えればいいんですよ。
今回は、改ざんではなく『記録上は働いていないようにしている。』なんですよ。
てことは働いている記録がないのに、働いてただろって雇用主に認めさせないといけないんですよ。
これは難しいほんと難しい。
労働者への聞き取りをするか、何かしらの証拠を突き付けるかしないといけないなぁ。」
「それは、確かにそうですね。」
そうなのだ。
今回は、働いた記録が完全に消されている。
現代日本であれば、仕事をしていた人がその痕跡をすべて消しきることは不可能である。
一方、この世界は何も記録が残らない可能性が高い。
目撃情報を集めてもいいが、雇用主から「労働者同士で口裏を合わせているだけだ」と言われてしまったら指導をすることができないし、それ以上の証拠を集めることができないので、二の手がない。
それくらい労働者からの聞き取りというのは、両刃の剣である。
だから何かしらの証拠がないといけないのだが、この世界の労働の状況には不明点が多すぎる。
そうなると――
「とりあえず中央ギルドに行って、話を聞いてみるしかないか。」
「行きますか。商業都市カルナックへ。」
「予告なく突然行くんだけど、戦略を考えないと。とりあえず今わかる限りギルドの情報を頂戴。」
「わかりました。数日いただけますか?集めますので。」
「2日ね。3日後には話を聞いて、4日後には出発。」
3日後、カリカとカルナック所のイリニとテオファニスの4名で、打ち合わせを行うことになった。
カリカだけでは集める情報に限界があるということで、この2名に事前調査に協力してもらって、今日の打ち合わせのために商業都市カルナックから王都カッサーラまで来てもらっている。
「どうぞよろしく。じゃあまず、中央ギルドの営業時間から報告して。」
「はい、まず年中無休、年末年始も営業しています。営業時間は、4時から10時までです。」
「年中無休なのか。営業時間が1日の半分以上は長いね。その営業時間っていうのは、受付時間みたいなの?」
「そうですね。ギルドは登録している冒険者に対して仕事を依頼したい人が仕事を持ってきます。
ギルドは仕事の内容の審査をして、受け付ける、受け付けないの判断を決めます。
そして、冒険者は掲示されている仕事から自分が受けるものを選んで申し込むといった感じです。」
「なるほど。依頼から掲示まではどれぐらいの期間があくの?」
「え〜っと…」
「翌々日の昼っすね。」
ここまでは調査した結果を取りまとめたものを見ながらカリカが説明していたが、予想外の質問だったのか答えに詰まった。そこですかさず、カルナック所から来たテオファニスが代わりに答えてくれた。
「ふむ…仕事を受ける受けないの判断はどうやって出すんです?」
「えっとまずは、受け付けた者が内容を整理した書類をつくって危険度と困難度、費用対効果を認定しますね。それで、各階級わけの査定してますね。」
「階級わけ?」
「そっすね。
超級、特級、上級、中級、下級。
そんなに困難でも危険でもないのに費用対効果がいいと、人気なんで上の級になったりするんで、受け付けた者の査定が大事す。」
「結構基準か経験が大事になりそう。」
「経験といよりは国内の全てのギルドで同じ基準になるように、ギルド内で基準がしっかり決まってて、担当者はそれをいちいち確認しなきゃいけないのに時間がかかるらしいすよ。」
「そうなんだね。それをいつまでに?」
「いつまで――。イリニさん分かる?」
テオファニスは一緒にカルナック所から来たイリニに声をかけた。
彼女はエルフがまじっているのか、体系的にも、性格的にもとても線が細い印象を与える女性だ。こんな子が労基隊でやっていけるのかと不安になってしまうくらいだ。
「はい。なんか次の日の昼?6時まで?みたいです。」
想定通り声が小さく自信がなさそうな喋り方だ。その言い方から情報が合っているのか心配にもなる。
しかし、とりあえず信用して話を進めるしかない。
「なるほど。夜の締切間近の9時30分とかに来られたらたまったもんじゃないわけだ。」
「うん。そうみたい、ですね――」
「それで受付の人の仕事は終わり?」
「あいえ、中央ギルドの幹部数名の決裁をうけて?掲示します。」
「そうです。効率悪いっすよね。」
「悪いねぇ実に悪い。」
なぜか厚生労働省と労働基準行政の問題点を的確に一言で刺された気がした。それはそれとして、もう少し話を進める。
「で、さらに次の日の昼に掲示す。」
「なるほど。件数が立て込んだりしたら大変そうですね。受け付けの仕事はそれくらいですか?」
「あとは、冒険者の会員登録です。
ギルドの会員になってないと仕事もらえないです。
それに、会員は初段から五段まで格付けされていて、特級の依頼は五段でないと受けることができません。」
「その管理とか必要なのか。書類だけでもすごい量になりそうですね。」
「はい。
特に中央ギルドは国内全てのギルドの依頼と冒険者を記録してるので大変みたいです。」
「まじで?冒険者って何人ぐらいるの。」
「4000名ほどと聞いています。」
「それをすべて管理するのは大変だ。
中央ギルドで働いてる数は?」
「全て合わせて約100名。部署は、依頼部門、冒険者部門、総務部の3つ、それぞれ20名、20名、60名です。」
「人員が足りてるのか不足してるのかはよくわからんな。
けど、年中無休と考えると、同時に出勤する人数はそんな多くないか。労働時間の管理方法は?」
「あの〜ちょっといいすか?」
「ん?テオファニスくん。どしました?」
「その辺って、中央ギルドの人に聞いたらよくないんですかね?」
「それもそうかもだけど、僕があまりにギルドのことを知らなすぎるのが不安でね。
製鉄所みたいに行ったことがあって労働者の1日の動きがある程度わかってるところだったら、見落としも少なくなるんだ。
けど、知らなすぎると見落としも多くなる。
特に今回、手書きで嘘の労働時間を書かされてるって情報だから、事前に準備しておかないと、突然行っても隠されてしまう可能性があるんだ。それが怖くてこうして聞いてるんですよ。」
これは私のこだわりではあるんだが、初めての業種でわからないことが多いととにかく事前に調べる。
「監督なんて準備8割」と言っていた上司も居たぐらいに事前準備はしすぎることはない。
そんなに準備しなくてもよかったねとなることは確かにある。
しかし、我々の努力が無駄になったとしても法違反がなく適正に管理されていたのであればそれはそれで良いことなのだと考えている。
「なるほどっすね。」
「めんどい?」
「いやいや。なんでかなぁって思ったのと聞いてすごく納得しました。
で、おっしゃった通り、全員が同時に仕事をするってことはほぼないみたいです。
あと、労働時間の管理方法は、出勤時間を自分で報告して、総務部の人事班が集計して給料を払ってるみたいです。
流石に、労基隊の名前を出さずに調べられたのはこれぐらいですね。」
「大丈夫大丈夫。ありがとう。だいたいわかった。他になにか気になることあります?」
「あの。」
「イリニさん。どうしましたか?」
「えっと、休憩時間?受付の方の。取れて無くてお昼の6時とかでもずっと開いてるみたいです。」
「なるほどなるほど。休憩時間も調べるのはこれは難しいですね。う〜ん……」




