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第23条「労働時間の上限規制」

「えぐちさん。どうでした?」

「ん~。これだけ死亡者が出るのには理由があるって感じだね。法律に違反もいっぱいあったし。」

「途中めっちゃ白熱しましたね。カリカさんに落ち着いてとか言ってたくせに。」

「あははは。

 どうもね。命と法律を軽視している人を見ると熱くなってしまうよね。」

「すみません。落ち着き失っちゃって。」

「大丈夫ですよ。『同じ境遇の家族を作るつもりですか』っていい言葉だよね。

 今度から使おう。」

「いやもう何も考えずに思わず出てしまって。」

「その気持ちが大事。その気持ちをもって自分ができることをやっていきましょう。

 今後も、こういう安全意識が低い会に出会えば、遠慮なくにやっちゃっていいですよほんと。」

「はい。頑張ります。」


「お待たせしてございます。」


 会議室の扉があき、今度は、カロロス会長とステファナの2名だけでやってきた。


「すみません。わたくし、事務処理の責任者をやってるステファナです。まず、これが働いた時間の記録になります。」

「本人の手書きなんですね。」

「はい。」

「ここの時間に間違いはないですか。」

「はい。」

「――えっとなぜ。」

「本人が書いたからです。」

「何かこう、この時間が間違いないとかの上司や班長の確認ってないんですか。」

「ありません。」

「そしたら、この時間働く根拠みたいなのってあります?」

「ありません。」

「え。工場って毎日やってるんですよね?それも1日中ずっと。」

「はい。」

「例えば、働いている人が、明日は何時出勤だなとか、どうやって知るんですか?」

「交番表があります。」

「見せてもらっていいですか。」

「はい。」


――やりずらい!

 カロロス会長を恐れているのか何なのかはわからないが、ステファナはこちらから聞いたことに対して最小限しか回答してくれない。

 これでは会話の中で、情報を引き出すことが難しい。

 そもそも、私は雑談が上手ではない。

 この雰囲気を感じ取り、過去の失敗を思い出して少し手から血の気が引くのが分かったが、何とかして話をつづけた。


「交代要員は1日を2つに分けて半日ずつやってるんですよね。

 で、今、勤務の実績を見たら、交番表通りになっている。残って仕事をすることはないんですか。」

「ありません。」

「絶対に?」

「異常対応だったり、交代の者が来なかった場合には、あります。」

「そういう場合って、時間はどう確認してます?お給料はどうしてますか?」

「本人の申請のもと払ってます。」

「――後で確認させていただくとして、今年、転炉のところで亡くなった方、いらっしゃいますよね。時間が長くなって。その人の記録見せてください。」

「はい。」


 転炉で亡くなった労働者の労働時間の記録を見ると、死ぬ直前の1か月間の総労働時間数が150時間を超えていた。

 日本の時間数になおせば300時間。

 時間外労働120時間ほどだ。

 それは死ぬ。もしかしたら、人間とオークやドワーフの体力の基準が違うかもしれないが、にしても長い。


 そもそも、交番表どおりでも、1日6時間労働が基本なので、月の総労働時間は、120時間前後となっている。日本で例えれば、月の総労働時間が240時間となり、つまり、60時間以上の時間外労働をさせていたことになる。

それに加えて臨時の対応だ。長くなるに決まっている。


「まず、亡くなった方は働かせすぎです。急に辞めた方が出たということで、事情はあるのでしょうが、一人に集中しないようにしてください。

 今回の法律で上限を決た理由が分かると思います。」


 私はカロロスに対して、労働時間の上限規制を守る必要性を説いた。カロロスは真剣に受け止めているのか不平が募っているのかわからない。

 彼は、労働時間の関係書類を見始めたときから、今まで、表情を一切動かしておらず、今回もその無表情のまま話し始めた。


「働かせすぎたら亡くなってしまう、なんてことがあるのでございますか。」

「現にあるじゃあないですか。」

「――経営するのも楽ではない時代になりますな。」

「そもそもこうあるべきだったんですよ。」

「はあ。」

「あと、法律が変わってからは割増賃金はちゃんと払ってくれているみたいですね。」

「ええ。正直、持ち出しが増えたので人件費増は非常に難しい問題になってございます。」

「これも本来あるべき支出になっただけです。これまでの利益は、労働者の犠牲のもとに成り立っていた部分が大きいということを理解いただき、今後の経営戦略に落とし込んでください。」

「どのようすればいいのでございますか。」

「すみません、そこはさすがに門外漢なもので……。」

「えぐち殿。それはいささか無責任にございませんかね。」


『法律を守れ、やり方はそっちで決めろ。』


 労働基準監督官の指導はよもすればそのように取られかねない。

 時短の方法であれば助言できる部分もあるだろうが、特に金銭的なところについてはこちらからどうこう言うことができない。

 それは、知識がないからと権限がないから。

 労働基準法のことであれば責任もって発言できる。有権解釈というやつだ。

 一方で経営判断を責任もって言うことができるか。

 否だ。

 賃上げ原資をどこから持ってくる?労務管理費をどこから捻出する?赤字に転落したらどう責任を取る?それで株価が下がったら?

 こうすればいいのではないかと思うところはある。

 しかし、それが合っているのかわからないし、そもそも、国の機関として助言する権限と責任を有していない。

 だから、私の場合、こういうときに取る方法は一つ。丁寧に我々のできることを説明する。


「正直、会を経営したことがない私は、何もわかりません。そして労働基準監督隊は、各会に対して労働基準法の遵守を求めるのが仕事です。

 だから、どのようにするのが会社の利益になるか、ということを発言することはできないのです。

 ただ、こんな方法は労働基準法上問題になるか、ということについてはお答えできるので、そういう疑問が出た時にはいつでもおしゃっていただければと思います。」


 カロロス会長は大きくため息をついた。


「なかなか難しいところでございますな。わかりました又おいおい。」

「ご理解いただきありがとうございます。」


 その後、いくつかの書類を確認して、翌日の午後に文書を渡すこととし、我々は宿に戻った。


「えぐちさん、カロロス会長のことどう思います。」


 夕食の席で、カリカが私に質問してきた。


「ん~まああんなもんでしょう。いきなりできた新組織と法律にいやがうえにも従わされているのだから、多少納得がいかないことを言うこともあるでしょう。」

「それもそうですが、そうではなくて、なにかこう考え方というか――」

「あぁそれはね、すぐには無理だし、あの歳になるとなかなか変わらないんじゃないかな。

 でもそれを変えていくのが、我々の仕事だよ。」

「いや~やっぱりかっこいいですねこの仕事。」

「テオーネはそう思うかい?」

「はい!

 ああいう間違った考えを持ってる会長は徹底的にやっつけないと。」

「はは。それは頼もしいけど、ちょっと違うよ。」

「違うんですか?」


 カリカが目を丸くして聞いてきた。

 カリカはそもそも、労働者を殺すような会を罰したいということでこの仕事に就くことを希望していた。

 警邏隊で働いていて亡くなった労働者の遺族に話を聞いたことがきっかけだ。確かに罰することも一つの仕事ではあるから、今後はその正義感をぶつける機会も回ってくるだろう。

 ただし、今回の仕事はそこが本分ではないと私は考える。


「うん違うと教わってきたし私も違うと思っている。例えば、だ。さっきのトロヘラスディーロ工会に何名の労働者が居たか覚えているかい?」

「はい。500名ほどと言っていたと思います。」

「うん。じゃあ仮にトロヘラスディーロ工会が無くなったら影響が出るのは何名くらいになると思うかい?」

「500名、じゃないんですね。」

「そうなんですよ。

 500名には家族がいるかもしれない。また、例えばこのカッサーラにはトロヘラスディーロ工会の人がいるおかげで成り立っている店が多い。

 このご飯処も宿もそうだよ。

 それだけじゃなく、ここにある様々な工会だってそう。だから、トロヘラスディーロ工会が無くなると、誇張じゃなく何万もの人々に影響が出る。

 じゃあ会を無くすわけにはいかない。

 一方で処罰したところで一過性かもしれない。

 だから私たちの仕事は、将来に向かって、トロヘラスディーロ工会の働く環境をよくすることなんだ。そしたら、逆に何万もの人々にいい影響が出る。」

「なんか、めちゃくちゃちゃんと考えてますね。」

「こらテオーネ!失礼ですよ。」

「ごめんなさい。」

「いやいや。ちょっと脱線したけど、そういう考えに立った時、うかつに処罰するだけでは駄目なんだよね。」

「すみません……」

「なんでカリカが謝るんですか。」

「いや、その。なんか、浅はかな考えを示してしまった自分が情けないというか、仕事に対して足りて無いなって思ったというか。」

「ははっ。浅はかなんてそんなわけないじゃないですか。」

「ほんとですか?」

「うん。処罰する権限というのは、伝家の宝刀として持ってないといけない。

 将来に向かって指導するのに、言うことを聞かない人がいる。そういう人を斬るためには絶対に要るからね。

 あ、斬ると言ってもほんとに斬るんじゃないよ?」

「わかってます。」

「ほんと?ならよかったです。

 労働基準監督隊の処罰権限は、絶対に持っておかないといけない。

 これを手放してしまうと、制御ができなくなる。

 そして、その伝家の宝刀を抜くとき、一番大事になるのが、カリカが思っているような『許してなるものか』という感情なんだ。

 だから浅はかではなくて一番大事なものとして持ち続けるべきものだよ。」

「――ありがとうございますっ!」

「えぐちさん、私みたいにあんまり持てない人はどうしたらいいですか?」

「それは実際にそういう場面になってみないとわからないから、今から持てないなって否定しないことです。」

「また怒られちゃった。」

「怒ってないよ。」


 そう。


 伝家の宝刀。


 これを持たずして何が労働基準監督官か。

 そう私は思っている。

 そしてその思いをここで二人に伝えることができて、それを受け取ってもらえた。もしかしたら今回のことで一番の収穫はそれかもしれない。

 きっと、いや必ず私は元の世界に帰るつもりでいる。


 その時までに、私がここで伝えられることの全てを伝えて、今後このトロニス=へラクレイオンという国が、この国の労働基準監督隊が通常に機能し続ける道筋を作って行こう、そう思ってその日は床に就いた。

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