第22条「使用停止等命令書」
ダニエラは淡々と説明を続けている。
「次いで、鋳造工程だ。転炉から出てきた鉄を鋳型に流し込んで、板状にする。」
「作っているのは板だけですか?」
「ああ。ある程度厚みがある板だ。」
「棒とかは作らないんですね。」
「板を切れば作れるからな。ここで棒状にする意味はない。」
「なるほど。」
この説明で落ち着きを取り戻した私は、鉄がまだ赤い状態で送り出されている工程を横目で見ながら、ダニエラと一緒に歩いた。
日本の製鉄所よりかはかなり遅い速度で送り出されている。さすがに現代の製鉄所よりかは生産効率が低いのはこの辺に出てくるのであろう。
カリカとテオーネは私の後ろをついて歩いているのだが、表情がどんどんとこわばっていきひたすらにメモを取るばかりで、発言するに至ってはない。
すでに8名が死んだ場所を案内されている。
そういうことに慣れていない者からしてみれば「ここで命が失われた」と聞けば通常の精神状態ではいられない。
監督官の仕事をしていて、死亡災害の現場には何度もいってきた。
脳しょうの血だまりを見た1年生が言葉を失い、その日の夜は何も食べられなくなったということがあった。
そういった痕跡がなくとも、死を直視させられたら表情も変わっていく。
私はそれでいいと思っている。
カリカの感受性が高いことは色々話して知っている。テオーネはわからなかったが同じような感覚を持っているようだ。
監督官として、その感覚を失ってはいけないと思う。
労働者がここで死んでいる。
その人と遺族のためにも原因を明らかにし、然るべき者に然るべき罰を与え、そして、もう二度と同じことが無いようにする。
それは非常に大変な道のりなので、この今の感情を、最後まで失わず持ち続けるということが大切だと思うし、そう教わってきた。
「ここが圧延工程だ。この工具を使って、回転具の高さを変えることで、板の厚さを変え、4名が魔法を使って回しながら鉄を送り出している。」
「そうですね。ここで、1名が亡くなっています。
回転具の高さを調整中であることに気づかず次の鉄を送り込んで回転具を回してしまい、挟まれてしまいました。」
「調整中は止めないと。」
安全担当のタネクがすかさず災害の状況を説明してきたので、こちらからもすかさず指摘をしてまった。
「そういう指示まではしていなかった。」
「まったく、自分で考えて動かない者が多く困るばかりでございます。」
「作業中は機械を止める」という大前提すらここでは、共通認識としてできていないということに驚いた。
いや、もしかしたら認識しているのかもしれないが、それを防止するすべが全く行われていない。
私は、カロロス会長の「自分達は悪くない」という考えに辟易しており、指摘をすることすら諦めている。そのかわり、文書でさんざんに書いて渡すつもりだ。
「それはそうと、現在働いている者は500名ということでしたが、これまであまり労働者を見なかったように思われます。どちらにいらっしゃるので。」
「大部分はこの先に居る。」
そういってダニエラが案内したのは、直径2メートル近い鉄のコイルが大量に保管されているところだった。
「ここでできた巻鉄を一時保管して、周辺の工場に運んでいる。軌道装置を使って運ぶのだが、さすがに少人数では押せない重さなので、多くの者に働いてもらっている。」
「まきてつ?」
「これだ。」
「あ、コイルを巻鉄って言うんですね。なるほど。
でこれを、協力会社、じゃないや、えっと周辺の工会に持っていくわけですね。軌道装置への載せ替えは魔法ですか?」
「うむ。ここでも1名亡くなった。
軌道装置に巻鉄を載せる際に固定用の枕木の位置がずれて倒れてしまったのだ。」
「横倒しに乗せられなかったのですか。」
「工程の効率を考えると、縦置きにしていたほうがいい。」
「そういうことですか。」
日本では天井クレーンで運ぶ都合上、横倒しにしたら穴に治具が通せず、不便しかない。
したがって、立てて横持ちの車両とかに乗せるのが普通だ。
一方で、魔法で移動させるのであれば、横倒しでも何の問題もないはずだ。これは法違反ではないが、徹底してもらおうと思い、赤字で「横倒し、コイル」と記録した。
これで全部の工程が終わり、というように思えたころ、カリカが「ちょっといいですか」と声を上げた。
「15年前くらいの話ですが、高いところから落ちて亡くなった労働者が居たはずです。
そのとき私が調査させてもらいましたが、そこを見せてもらってません。その場所を見せてください。」
「あの時の警邏隊の方でございましたか。こちらにございます。」
そういって、カロロス会長が案内したのは、鉄の材料、おそらく鉄鉱石や石炭に相当するもの、の保管場所だった。
屋外に高さ5メートルを超えるレンガ造りの壁に囲まれた、1辺10メートルほどの升があり、その中に材料が保管されている。
労働者が数名がその壁の上に乗っているのが見えた。
材料を升の中に保管するには上から投入する必要があるとのこと。具体的には、材料が入ったかごを背負って、壁に設置している階段を登り、壁の上に立って投入するらしい。
まさしくその作業をしているところだった。
そのうち1名だけ命綱を付けており、他の者は着けていなかった。
「ここは材料場だ。階段で上まで行けば状況がよくわかる。」
と言って壁に設置された階段を登りだしたダニエラだが、私は思わず登るのを止めてしまった。
「待ってください。この階段、手すりがありません。5メートルの高さまで登るのに手すりもないんですか。」
「うむ。労働者たちは、材料を入れたかごを背負って上がっていく。ここに手すりがあったら邪魔なのだ。
15年前に起こった死亡事故は、登っている途中で、階段を踏み外して横に落ちて死んだ。」
「それが分かっててなぜ何もしていないんですかっ。
その人が死んだことで家族が路頭に迷う羽目になったということが分からないんですか。
もう一つ同じ家族を、いや一つじゃない。いくつも同じ境遇の家族を作るつもりですかっ!」
「カリカ、落ち着いて。
我々の仕事は叱責することではない。理解と納得の元、法律を守ってもらうことだ。
――失礼しました。しかし、感情論を抜きにして今回の事案を見ることはできません。なぜ何も対策していないのですか。」
私はカリカを御し、トロヘラスディーロ工会の面々に向き直って、カリカの気持ちを含めて質問をした。
「過去にここで亡くなったのはその者だけでございます。優先度は低いと考えてございます。」
「では、2名亡くなればするのですかな。
それもと3名ですかな。
先ほどからずっと気になっておるところですが、『安全はすべてに優先する』という考えを一から全員が身に着けたほうがよろしいかと。
例えばこの場所に手すりを作らない理由、作業の効率を優先しているのでしょう。
幅が狭い階段ですからね。
手すりはないほうが融通が利きますし、効率がいいように思えるでしょう。
しかし、それが原因で労働者が死ぬのであれば、そちらのほうの損失が計り知れない。
効率は悪くなるだけです。
一方で、手すりを付けることで、皆が不安なく上り下りできるようになり、移動速度が上がって効率が上がる可能性があります。
安全を優先することで、効率が下がるのが絶対に起こり得る話とは言えません。
死亡者が出ているのに『優先度が低い』という安全対策はないのです。
今からここを手すりがつくまで立ち入り禁止とするべく、使用停止等命令書を書きます。
階段だけでなく、塀の上もです。」
今回、法律を作る際に、立入禁止と使用停止の命令権限だけは絶対に外せないということで、定めを置いた。
日本の労働基準法でも、使用停止等命令書は、労働基準監督署の調査の結果、施設や設備の不備や不具合で、労働者に緊迫した危険があり、緊急を要すると判断した場合に交付されるようになっており、命令に従わない場合は、6ヵ月以下の懲役または50万円以下の罰金という罰則がある。
「ご無体な判断でございます。毎日作業がございます。それを止めると、鉄が作れなくなってしまうのでございます。
そもそも、登らずにどうやって、手すりを付けられるのでございいましょう。」
「下の段から順に鉄の棒でもつけて行けばよろしいかと。
毎日作業があるのであれば、今からでも作業に取り掛かればよろしいではないですか。」
「くっ――。タネク!今すぐに取り掛かれ!」
おや。これまで非常に丁寧な物言いだったカロロス会長が声を荒げたということは、こちらが本性か。
どうも丁寧すぎることに違和感があったのは、間違っていないらしい。
「えぐちさま。どうか出来上がるまでこちらでお待ちいただけませんか。」
建設現場でよく見る光景だ。
「手すりを今からつけるから使用停止は出さないでほしい。できるまで待ってほしい。」過去には足場屋を呼んで付けるまで1時間待たされたこともあった。
是正してもらえるなら是非もないので私はこういうとき待つようにしている。
タネクは人を呼んで鉄の棒を大量に持ってきた。レンガ造りの階段にどうやってすぐにつける気なのだろうか。
スタンションが立てられるわけでもないだろうに、と思っていたら、横から鉄の棒を打ち付け、手すりの支柱を作った。そのうえで、手すり用の鉄を加熱して接続していく。
瞬く間に足場の送り出しのように作っていき、ついには塀の上まで出来上がった。
「これでよろしゅうございますか。」
「すぐできるじゃないですか。最初からしていただかないと。一回登ってみてください。不便ですか?」
「――大丈夫ですね。」
「こういうことです。こういう整備をいくつかやっていただくことになりますので、そのつもりで。」
「――かしこまりましてございます。」
カロロスの苦虫を噛み潰したような顔を完全に無視し、工場内の残りの箇所をみて、事務所に戻った。
やはり、予告して言ってもこれくらいの問題は当然見つかるものだ。
むしろ安全衛生について慣れていないところに行くのだから、見つけられないほうがおかしいとも思う。
これから事務所に戻って、労務管理の書類を見るのだが、何が出るのだろうか。
事務所に戻ったところ、工会側が書類の準備と打ち合わせで少し時間が欲しいとのことだったので、我々3名が残されている。
3人で無言が少し続いた。
その中で、最初に口火を切ったのはテオーネだった。




