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第21条「過労死」

 トロヘラスディーロ工会の製鉄所には高炉が2基あり、さらに、驚いたことに転炉・連続鋳造・圧延がそろっていると事前の打ち合わせで説明があった。

 動力が無いのによくもここまでできるものだ。

 今回はそのすべての工程を見せてもらって、危険な場所や不安全行動を指摘。そのうえで事務所に行って給料や労働時間の関係を確認する話になっている。


 電話がないので、手紙でのやり取りをしたのだが、非常に苦労した。


「お初にお目にかかります。わたくし、トロヘラスディーロ工会の会長、カロロスでございます。今回、こちらに臨検頂きありがとうございます。

 1年間をかけて当会の環境を改善していただけるということで、感謝する次第で御座います。

 本日はその足掛かりとして様々ご指摘ご指導あろうかと思いますが、どうかよろしくお願いします。」


 抵抗があるかと思ったのに、会長の挨拶が非常に低姿勢で受け入れ体制だったので私は驚いてしまっている。


「これはご丁寧にどうも。どうかよろしくお願いします。

 こちらが改善するというよりも、ぜひとも一緒に、いやむしろトロヘラスディーロ工会が主となって改善いただき、我々がお手伝いさせていただく立場として進めていきたいと思います。」


 こちらも丁寧にあいさつをして、話をつづけた。


「有難いお言葉でございます。こちら工場責任者のダニエラでございます。

 そして、今回、事前に配置するように指示がありました、安全に関する責任者のタネク、労働に関する責任者のステファナ、でございます。

 今から、ダニエラより、この製鉄所について報告がございます。」


 見たところ4名ともドワーフの様だが、ダニエラは人間が混じってそうで、3人に比べて背が高った。

 とはいえ身長160センチメートルと言ったところ。

 それにしても女性を工場責任者にしているとは意外だった。

 日本で製鉄所と言えば男の職場、という印象が強い。そんな常識もところ変われば変わってしまうのだろう。


「失礼する。」


 動きやすい長袖長ズボンを着たダニエラの見た目は、長い髪を後ろの高いところで1つにまとめており、非常に美しい女性だ。

 筋骨隆々ではあるが、女性らしい線の細さが残っている。そしてその声の低さが、むしろ女性らしさを際立たせる。


「現在、こちらの会では、2つの高炉を持っている。

 このそれぞれに、転炉・鋳造・圧延工程がある。

 高炉を中心に工場の東側と西側で2つに分かれており、それぞれ時計回り、反時計回りに鉄が流れていき、最終的には1枚の板となって、この周辺の各工会に運ばれ、加工される。年間の生産量は、200万タレト――」

「200万!?」

「なにかございましたか。」

「い、いえ。」


 思わず声をあげてしまった。そもそも、たたら場ではない完全な製鉄であることに驚愕していた。

 さらに、1タレトが大体2.5kgなので、200万タレトとは、5万トン。現代の高炉には全く及ばないが、八幡製鉄所の創業当時の半分以上の性能があるということになる。

 製鉄工場ができていることといい、生産能力と言い、動力が発明されていないこの世界では驚愕でしかない。


「しかし、多いですね。そんなに使いますか。」

「先の戦争で色々な物が壊れてございます。それに併せて防護壁の建設が急務となってございます。

 しからば、これでも足りないのでございます。」

「そ、そうですか。説明の途中ですみません。」

「今日これから見ていただくのは、東側の工程となる。具体的な工程は現地で説明させていただく。」

「相変わらず愛想のないことでございますな。追加で安全担当のタネクより現在の当会の状況の説明がございます。」

「タネクです。どうぞよろしく。

 さて、我がトロヘラスディーロ工会製鉄所にはおよそ500名の労働者がおり、昼夜2交代で働いております。

 高炉は一度火入れをしますと止められないものですから、休みもなく働いております。

 さて、先日、えぐち様からのご指示で、過去1年間の死亡者数と怪我した人数を調べましたら、死亡が10名、怪我が50名でした。

「以上の通りでございます。今回の法律で、この働いていない者たちにかなりの金額を支払う必要が出てきており、頭を痛めておるところでございます。」


 怪我した人や死んだ人はお荷物だという認識があるらしい。

 仕事しているときに死なせてしまって申し訳ないとか、作業効率的にもよろしくないとかではなく、支払う金額のことしか発言に出てこなかったのが証拠だ。


 働いている人の怪我は労働から利益を得ている人が負担するのが当然のことということから、労災の規定がある。

 しかし、怪我なんて自己管理だという考えや、怪我したことで手続きが増えたり他の人の仕事が増えたりすることが理由で、邪見に扱う人は少なくない。

 これは現代日本でも抱える問題であるから、どうにかしてその認識を変えるように、これからの活動が肝になってくる。


「本日の行程は先に工場内で、ということでようございましたかな。」

「はい。よろしくお願いします。そのあとに、書類関係を見たいと思っています。賃金とかその辺ですね。」

「はい、こちらに準備してございます。」

「ありがとうございます。とりあえずこれは後で。

 今から工場内に入ると思うのですが、死亡した方の働いていたところは今日すべて見させていただくことは可能ですか?」

「さようでございますか。ダニエラ。」

「お連れする。」

「よろしゅうございますか。」

「よろしくおねがいします。」


 そうして、保護具を身に着け、トロヘラスディーロ工会の4名と我々3名の7名で製鉄所内に入って行き、高炉の上のほうにやってきた。


「ここが高炉に材料を投入する場所だ。投入口に転落して2名が亡くなっている。」

「投入は魔法ではなく手動なんですね。」

「単純作業なので、魔法を使える者を置く理由がないからな。」


 投入口は高炉の真上ではなく少し横にずれたところにあるとはいえ、熱が上がってきており、それなりの温度がある。

 体感40度ぐらいか。

 さらに、鉱物を大量に投入しているので、騒音だけでなく、粉じんがものすごく舞っている。

 今回、我々が来るということで、労働者に対しては呼吸用保護具をするように指示していたであろうにも関わらず、暑いからか半分くらいの労働者が外していた。

 私は、のちの文書指導用に手元の書類に赤字で「投入口、呼吸用保護具」とだけ書き記しもう一つ気になることを聞いた。


「転落防止は何を行っていますか。」

「注意喚起だ。ここに転落注意と記載している。」


――2名も死んでいるのにまさかの対策なし。命を軽視しているのか。

 ここの工場、いや、トロヘラスディーロ工会の考え方を根本から変えなければいけないかもしれない。

 それに安全対策の基本がなっていないのでこれも説明しなければならない。同じように赤字で「投入口、墜落防止策」と書いたうえで、一言言うことにした。


「対策が不十分ですので、追加の対策をお願いすることになります。具体的には、物理的に人が落ちないように設備を変えていただく必要があります。」

「さようでございますか。どのようなものですかな。あまり大規模になるとなかなか金銭的な余裕もないので難しいところではございます。」

「事情はあるでしょうが、とはいえやっていただかないと。また説明します。」


 私は大きな声でふざけるな、と言いたかったがここで感情的になってはならないし、騒音もあるのであまり話も聞こえにくい。事務所に戻って色々と説くことにしたい。


 我々の会話が終わったのを見計らって、工場責任者のダニエラは次に進むために、階段を下りながら超巨大な火力装置とふいごについて説明している。

 おそらく石炭を燃やして熱を作り、ふいごで高炉内にその熱を送り込んでいるらしい。

 ここも人力ではあるが、特に危険はなさそうだ。さらに降りて行って、銑鉄の取り出し口にたどり着いた。


「さすがに暑いですね。」

「なので、普段は人がいない。取り出し口を開けてこの巨大な容器に入れ、そのまま転炉に投入する。」


 さすがにトーピードカーはなかったので一安心。

 高炉の下から転炉の上までおよそ20メートル、銑鉄を入れた容器を持ち上げて転炉に投入している。

 この投入用の容器、完全に宙に浮いている。


「この容器、中身が入ると1万タレトになるので、15人がかりの魔法で浮かせている。

 東側で4名、西側で2名死んだ。東側の事故は、集中力を欠いた者がいて、魔法の力の入れ方を間違ってな。容器が変な方向に傾き、溶けた鉄がかかってしまった。」


 1万タレト……25トンか。どこかからか吊るしているのであればまだしも完全に宙に浮いているのだから、傾けば銑鉄がこぼれ出て大災害だ。

 むしろ死亡が4名で済んで少ないほうだ。


 いや、大災害なのだが、淡々と説明してくるダニエラのせいで、さも当然のように思えてしまった。

 それはよくないと自分の中に言い聞かせ、ここについても再発防止対策を聞いた。


「以前は、もっと低く、近い位置に置いていた作業者を、転炉の一番高い位置にまで移動させた。これで、容器がひっくり返ってもかかる心配はない。

 ただ、それも問題だったらしい。」

「というと?」

「西側も同じように高い位置まで上げた。魔法は遠くなれば力が弱くなる。

 下の位置にある容器を持ち上げようと力を入れすぎた1名が死んだ。

 その1名の欠員の補充がままならない中で、もう1名死んだ。」

「まさか、その2人目って長い時間働いてたりしなかったですか。」

「あぁ、交代要員が足りなかったからな。」


 まさかの過労死がいた。日本の労災認定基準にあるような、脳・心臓疾患に該当するかというところまではわからないが、魔法の出力を上げて、長時間働けば身体にかかる負担は計り知れない。

 私が小石を少し浮かせるのですら、あれだけ疲れたのだから、過労死に至るのは当然のことだろう。


「最近は魔法を使う者の練度が低くなってございます。これもまた対策せねばと考えております。」

「つまり、彼らは未熟だから死んだと……!?」


 怒鳴るのを我慢するのが精いっぱいで、私の声は完全に震えていた。

 カロロス会長の発言が、この会がどれほど命を軽視しているかを明らかにするものであったこと、そのことが私の理性の堰を外してきた。


「そうでございます。まったく未熟で困りますな。」

「――っ。」


 カロロス会長のこの発言に、私は言葉が続かなかった。


 私が一番言いたい言葉がなにかもわからない。


 安全対策を何もせずに無茶な働き方をさせていたから死んだんだ。未熟だからとか本人が下手だったからとか、そのような考え方はあってはならない。

 怒りにも失望にもとれるこの感情をどうぶつけるべきか。

 ここで感情に任せて罵倒することもできるが、それでは相手の考え方を変えることはできない。

 だから、「転炉安全対策、過労死対策、交代制見直し」とだけ指摘事項を赤字で書いて、後で渡す文書にできるだけ落とし込むことに決めた。


 赤く溶ける鉄の横で書いた赤い字はいつもと違って、血の色に見えた。それは私の血涙だったのか、亡くなった人の流した血だったのか。震える手でペンを袖のポケットに入れながらそんなことを考えていた。

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