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第18条「特定技能講習」

 呼び出しの日、私はカリカと二人で王宮殿についた。昼は過ぎ、夕方に差し掛かろうとしていた。


 ここ1か月、常にカリカと行動を共にしている。会議では議事録的なメモを取ってくれたり、私が知らないことを調べてくれたり、色々な連絡とかの窓口もしてくれた。

 当初は、「手伝い」などと言っていたが、立派な秘書業務的なことをしてくれている。

 私はそのおかげで?どれほど円滑に会議をすすめることができたか、どれほど自分の考えをまとめるのに役立っているか、言い表しようのないぐらいである。


 今日も王宮殿の場所が分からない私を引いて連れてきてくれている。


 王宮殿は、いつもの城壁をくぐり、この1か月缶詰になっていた中央議場庁舎を通り過ぎ、奥まったところにある一層荘厳な建物だ。

 中央議場庁舎の外観に施された意匠は立派であるが、壁は黄白色のレンガの素材の色そのままという感じだった。

 一方で王宮殿は、意匠はあまりないが、真っ白に塗り固められた壁に緑色の屋根、その屋根や各階30ほどある窓やひさしなどに金の縁取りがされていた。

 防衛を考えての造りなのか、壁にベランダや凹凸はない。その均一な壁の見た目は、5階建て以上の高さと相まって、まるで周りを威圧するように屹立していた。


 王宮殿の正面玄関からは入らずに、正面玄関の右、1分ほど歩いたところにある、関係者入口から入り、1階の会議室に通された。

 長机が向かい合わせに2列用意され、我々は入り口側の下手に座らされた。


 我々が入るとちょっとして、ニコラオス議長、ヨルゴス治水土木隊長、バシラ直会長が入ってきた。

 ニコラウス議長は人間で46歳とのことだったが、身長は高くない。165cmぐらいか。

 一方で、ヨルゴス治水土木隊長もバシラ直会長もドワーフで身長は低い。バシラ直会長は女性ドワーフなのでさらに低い。


 比較対象があったからか、私の隣に立つ190cmのカリカが異様に美しく、それでいてスタイルもよく見えた。


 いつもは軽口を言っていたニコラオス議長も、フランクなしゃべり方のヨルゴス治水土木長も、静かに王族特務機関の担当者の入場を待っていた。


 次いで入ってきたのは3名。全員が裁判官が着るような法服、ただし全身真っ白なものを着て、左胸には勲章のようなものが一つ付けられている。

 一番大きい勲章を付けているのが、男性のオーク。

 中央に座り、そのサイドに男性のエルフと女性のオークが座った。

 いずれも見た目の年齢は50代と言ったところ。身長の高さとその服装の雰囲気から、こちらに対して威圧的に映ってしまう。


 ニコラオス議長を通じて、事前の打ち合わせは行っていたので、今日は手はず通りすればいいのだが、この威圧感の中でうまく話せるのか不安になっていた。


 そして着席とほぼ同時に人間の老人男性が入ってきた。


「ふぉっふぉ。皆様お揃いで。儂は魔法官吏のベルセフォネと申しますじゃ。

 真ん中が魔法部隊長のアエネアス、両隣が副部隊長のアヴラアムとフィリッパでございますじゃ。

 今日は色々話させていただきますでの、なにとぞよろしう。

 さて、前置きは省いて話しますぞ。

 お主らに聞くのじゃが、魔法を規制しようとはどういう目的かのう。」


 厳しい口調と共に、長く伸びた眉毛の下から見える目からは、懐疑心に満ちた視線がこちらにもたらされている。


「え~それはですねぇ、こちらの担当者のえぐちから説明させてもらいます。」

「説明させていただく機会を頂戴し、ありがとうございます。

 まずもって説明したいのは、魔法を規制したいのではなく、仕事で物を動かす魔法を使う方には、講習を受けて、実技訓練をしてほしい、というだけなのです。

 そしてその講習の内容と実技訓練の内容を法律で決めたい、というところです。」

「その講習と訓練を受けなかったものは、使ってはならない、そういうことじゃろ?それを規制と言わずに何という。」

「あくまでも産業労働における場面に限ってです。」

「限定的とはいえ、規制しようとしているのに違いはあるまい。そのような権限がお主らに与えられると思っておるかの?」

「安全はすべてに優先する。

 ものづくりの現場の常識です。

 我々はそれを定着させるための規制権限を持たないといけません。

 そして、物を浮かせる魔法は危険が伴います。危険な行為は規制するべきです。」

「ふぉっふぉっふぉ。今や国民の大部分が使える『物を動かす魔法』。それのどこが危ない。」

「じゃあ、今からこの机を浮かせるので、その真下に立ってください。」

「――お主、使えるのか。」

「コンスタンティノスさんに教わって、1回小石を浮かせることができました。さぁ、どうぞ。」

「貴様っ……!」



―――――――――――――


「魔法陣というのはの、魔力を込めるために必要な集中力を高める儀式みたいなもんじゃ。

 高度な魔法になると複雑な魔法陣を書く必要ある。あまりに複雑で口伝することができないんじゃ。

 高度な魔法陣の書き方は、王族特務機関だけが知るところ。

 そんななか、『物を動かす魔法』は、ごく単純な魔法陣で、場合によっては魔法陣なしで使えるようになった。やり方はこうじゃ。」


 そういうと、コンスタンティノスさんは、伸ばした右手で空中に十字を切り、手のひらを庭にあった鉢植えに向けると、結構な重さがありそうなのにいとも簡単に浮かせて見せた。


 労働基準法の骨子を作る会議に出席している間、私は会議に出るほかにすることが無いので、家の中を散策することがほとんどだった。

 私と同じように家の中を散策するしかすることがない、と言ったら失礼になるかもしれないが、カリカのおじいさんのコンスタンティノスさんとは、よく家の中で遭遇した。


 色々な話をするようになり、私が魔法を使ってみたいと伝えると、「教ええてやろうかの」ということで教えてもらえる運びとなったのだ。


「今見たとおり、この魔法の魔法陣は十字じゃ。」

「先ほど、場合によっては魔法陣なしでと言っていましたが、簡単にできるもんなのですか?」

「うむ。」


 コンスタンティノスさんは庭にあった鉄製の長椅子を浮かせたのだが、十字を切るどころか手をかざすこともしなかった。


「単純な魔法は、込める魔力が少なくて済む。じゃから、今みたいに慣れれば動作なしで動かすことができる。

 動かす大きさと時間は、魔力量に比例するんじゃ。」

「コンスタンティノスさんはどれぐらいの大きさまで動かすことができるんですか?」

「街1つかの。」

「まちひとつ?」

「うむ。地面からごっそり行くとしたら、今はそれぐらいが限界じゃ。」


 そういえば、王族特務機関の首脳をやっていたということだったので、コンスタンティノスさんはこの国でも指折りの魔法使いなのかもしれない。

 それにしても、街一つを浮かせることができる力をもつ魔法使いを有しているにもかかわらず、巨人族との戦争でかなりの命が失われたということは、巨人族の戦闘能力はすさまじいものに違いない。

 私がこの国に来た当初、巨人の国の人間だと疑われかなり警戒されたのも頷ける。


「それじゃひとつやってみなされ。」

「え、私に魔力なんてないですよ。」

「そんなことはない。

 すべての生き物は多少なりとも魔力を有しておる。一切ないということはない。

 そこの小さい石ならだれでも動かせる。十字を切り、手をかざし念ずるのだよ。」

「わかりました。」


 そういわれて私は、庭に落ちていた石を椅子の上に置き、数歩離れて十字を切り手をかざし浮くように念じた。


 すると石は細かく震えかたかた音を立てた。


 これは行けるのかもしれないと思い、さらに力を込めると、浮き上がり、10センチメートルほど上がったところでこと切れたように落っこちた。


「はぁはぁはぁ…でき、た?」

「うむ。当然じゃ。」

「できたのはいいんですが、すごく疲れました。こんなもんなんですか。」

「石が落ちたということは、魔力の残量が少なくなった証拠じゃろな。

 魔力を使うと同時に体力も削られるからの。

 今日はしっかりと休むがいい。体力が回復するとともに魔力も回復するであろう。」


 体力も削られるのか。

 ということは、最初に行ったところで、プレスを何回も使っていたあの人は、すさまじい魔力量を有していたか、疲れ切っても働いていたに違いない。


―――――――――――――



「儂を殺す気じゃな!?」

「なぜそう思いました?危ないと感じたからですよね?私が未熟だからですよね?もし、これで私が『魔法を使えます』と言って、建設現場に入ったらどうなります?

 多くの労働者が死ぬ。

 それだけでなく、通行人にも被害が及ぶかもしれない。

 そういうことを辞めさせたいのです。」

「くっ。――しかし、産業労働の場に限るとはどういうことじゃ。

 その定義次第では、無限に規制できるじゃろ。」

「働く人々がいる場です。働き方に限らず、お金をもらっているというのであれば、全員がこの講習を受けてもらう必要があります。」


 労働安全衛生法は、基本的には労働者に何かをさせるときの規制である。

 しかし、クレーンの運転などの就業制限だけは、事業主、労働者、一人親方をとわず、全員に規制を及ぼしている。それほど、危険が大きい作業だからである。


 この国にきて、政府がそこまで大きくないので、免許を管理するのは不可能と感じたため、免許制度を作るつもりはない。

 しかし一方で、技能講習制度であれば、定めることができると考えていた。

 すでに多くの者が『物を動かす魔法』と使っているのであるから、できる限り多くの者が使えたほうがいい。

 かといって特別教育にしてしまうと我流で教える人が増えてしまって、制御ができない可能性がある。

 そうすると、こちらで指定した者がこちらで指定した科目を講習させるのが最適であろう。そう考えたのだ。


「講習とは何じゃ。」

「魔法の使い方、危険範囲の考え方、そして法律上の規制について座学を受けていただき、その後実務訓練をしてもらいます。」

「魔法の使い方じゃと……?お主らが魔法の使い方を知っておるとでも言うつもりなのじゃな?」

「まさかまさか。

 最初は王族特務機関、直会、及び治水土木隊から熟練した方々を出してもらい、教える項目を決めて実際に教えてもらいます。

 また、今後はその人たちが、講習をできる人を見定めて、この国の主だったところに、講習を受けることができる施設と人員を配置していきたいと思います。」

「結局はこちら頼みなのじゃな。

 虫がいい話じゃの。

 規制ができないからそうするのじゃろ?

 できもしないことを最初から言うなど片腹痛い話じゃよ。

 それに――」

「待ちたまえベルセフォネ。品位に欠ける。

 えぐちよ。何故そちらだけでやらぬ。」


 魔法部隊長が重く響くような声を発し、それまで話していたベルセフォネを御した。ベルセフォネは嫌味をいってやろう、という感情が満面に広がった顔が一瞬で硬直し、一歩下がった。


「この制度の根幹は安全対策です。最も効果的で確実な方法をとるべきです。

 そのためには王族特務機関の方に対応していただくべきと判断しました。」

「――ニコラオス。」

「えぇえぇ。我々の総意ととらえてもらって大丈夫です。」

「良かろう。

 それでやりたまえ。

 こちらの具体的な人選はフィリッパに一任する。以上。」


 そういうと、魔法部隊長は立ち上がり、4人そろって会議室を後にした。

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