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第17条「文化的な生活」


 ニコラオス議長の提案に、次々と異議はないという発言をしている中、


「安全衛生は別にそれでいいですっ。でも、労働条件が気になりますっ。」


 相変わらずフェービ教会補佐が相変わらず引き下がらず意見を言い出したので、ニコラオス議長が話を聞く姿勢を見せた。


「なんでどこが気になるのよ。」

「理想的な会の条件をこの法律に盛り込むんですっ。」

「理想的って何ですか?具体的にはどんなですか?」


 繰り返しのやり取りになっているが、理想的な条件を法で規制することは好ましくない。

 ディミトリオス直会補佐が言ったように、会社がつぶれてしまい、どれほどの人が路頭に迷うかわからない。問題が起これば規制を厳しくすることはあるかもしれないが、それでも最低限であるという考えに変わりない。


 だから、今から彼女を説得に係る必要がある。

 説得の前にはまず相手の主張をすべて聞くことから始まる、と私は思い、質問をした。


「働いている全員が幸せになることですっ!怪我をしないことは当然で、働いていることで癒しを得られるそんな会がこの国に溢れればいいと思いますっ!」

「なるほどですね。で、具体的にはどんな会ですか。」

「人々の心にしみわたる慈愛に満ちた気持ちであふれる会です。」


 フェービ教会補佐が論理武装してきたら危なかったが、この程度ならおそらく説得できるのではないか。

 私はそう感じていた。

 私はフェービ教会補佐以外の3人に視線を送り、ここからは私が対応するという意思表示を見せ、続けて発言した。


「なるほど博愛精神大変結構ですが、具体性が何もありません。

 再度聞きます。

 具体的にどういう会が理想的で、どういう規制をすればいいと思いますか。」

「そんなことも話さないとわからないんですか?」

「ええ。お願いします。」

「例えば、あなたは朝起きて何をします?

 私は今日も起きることができたこと、この世に生きていることに感謝します。

 そして、教会の事務所についたら、仕事に行けたこと、仕事をいただいていること、仕事で回りの人が助けてくれることに感謝をします。

 その感謝を持って仕事をして、終われば1日の感謝でもって職場を去ります。

 この気持ちが全員にあれば、そこは癒しの空間になりますっ!そんな会を作る法律にしましょう!」

「なるほど。まず前提が私と違うのですね。

 私は、仕事は最も生産的な暇つぶしだと思っています。他にもっと生産的なものがあればそっちをやります。

 なので、朝起きたら『今日は仕事だなぁ』ぐらいしか思わないです。

 そして、そこまで深い感謝を持っているわけではないです。ありがたいとは思いますが。

 私が大事にしていることは周りに迷惑をかけないことです。

 それを大事にするだけで、職場の人間関係なら円満に進みます。

 あと、暇つぶしなので、職場に癒しの空間は求めてないです。

 何なら、激動があってもいいくらいに思います。

 そう、いうなれば暇つぶしに最適な程度に刺激的な職場、それが理想ですか。

 こういうように、あなたの理想と私の理想が異なる場合はどうします。」

「あなたの考えは理想的ではありませんっ。同じように考えないとだめなんですっ。」

「それは法律がすることではない。

 教育がやってもならない。

 その考えに賛同する人が集まった単一的な組織においてのみ成立する。と、私は思います。」

「あ、それなら大丈夫です。この国のひとはみんなエリー=レラ教の信徒ですっ。

 教義である感謝の心をもって生活していますっ。」


――これがこの国の教育をつかさどる行政機関の2番手か。

 教育の組織が宗教的な主張を出しているということは、この国の学校教育は宗教から始まった歴史があるのかもしれない。

 教会内部は、エリー=レラ教を信じる人で固められているかもしれない。

 エリー=レラ教が最大宗教であることは学んだが、どのような宗教でどのような教義なのかは不明だ。おそらくは感謝というところが一つ重要な教義になるのだろう。

 たしか、カリカのお父さんがエレフテリア教会長に癖があるみたいな話をしていたと思うが、フェービ教会補佐も癖がありそうだ。


「本当に全国民が信徒で、教義を守っているなら、なおのこと法律で規制する必要はないですね。

 法律で規制しようとするのは、教義が守られていない証拠、あるいは信徒なのは『みんな』というのは、この国の多数というではないですか?」

「……信徒あるいは教義への冒涜ですか?」

「いえ。

 教義がもし守られなかったら、エリー=レラ教の教戒によるべきであり、法律で罰則をもって規制してはいけません、という話をしています。

 信徒でない人がいるのであれば、全員に適用される法律で、教義に基づく基準を入れ込んで処罰してはなりません。

 先ほど『みんな』とおっしゃられたのは、この国の国民全員ではないですよね?」

「――っ。それでも、理想の姿に近づけないといけませんっ。」

「その意見は否定しません。

 でも、今回の法律に導入しない理由は、『罰則をもって規制する』というところなんです。

 何をすれば犯罪に該当するのかというのは具体的に明確性を持たないといけません。

 『感謝』という行為は非常に素晴らしいものですが、人によって感謝の意味が異なります。そのようなことを罰則でもって規制することはできないのです。」

「それでもっそれでもっ――。」

「いつか、罰則付きではない別の法律を作ればいいじゃないですか。

 最低限度を定めたものが労働基準法、理想を定めたものが労働環境改善法、みたいな名前にして。」

「――――。」

「まぁまぁ、先の話はその辺にして規制の内容の大枠はとりあえずこれで行くのでいいじゃないの。で、その罰則はどうするの。」


 フェービ教会補佐が押し黙った瞬間を見計らって、ニコラオス議長がもう二度と話をさせないかのように、議題を変えて来たので、私はすかさずそれに呼応した。


「強制労働と12歳以下を労働させたときと、安全措置を講じずに労働者を死なせた場合には、身体刑と罰金刑を。

 それ以外に給料を払わないとか時間を長く働かせるといったとき、安全面の措置を講じなかったときにはには、罰金刑を科すべきだと思います。」

「いかほどで考えて御座ろう。」

「身体刑は他の刑罰との調整が必要ですが、罰金刑はいずれも100万ドラグから500万ドラクが妥当かと。

 払えないのであれば、労働刑を科すべきです。」

「いとど高値に御座いまする。ききめはありましょうが。」

「効果がないと意味がありませんので。」


 そう、意味がない。


 労働基準法上、例えば賃金不払いの場合は懲役刑がなく罰金刑のみ。

 それも30万円以下だ。


 30万円。


 1万人雇って1億円未払を起こしても30万円の罰金を払えばその未払の罪は償った事になりそれ以上の指導を受けること無く人を雇うことができる。

 長時間労働だと懲役6月又は30万円以下の罰金。

 1年間残業代払わずに長時間労働させたとしても懲役6月だし、罰金は30万円だ。


 これは個人的に厳罰化すべきではないかと思ってきた。

 しかし、世論が変わらない限り、厳罰化はあり得ない。


 過労死という言葉をなくしたい、などと言う人もいるが、そのための厳罰化という方法は一つありなのではないか。

 こういう考えを私は個人的にずっと持っていた。

 日本と同じにするなら30万ドラクであるところを、500万ドラクへの引き上げは個人的なわがままでもある。


「うむ。それぐらいでないと、意味をなさぬであろう。」

「アレクシスさん、ありがとうございます。」

「身体刑だが、監禁した場合が杖打ち10回、殺した場合が断首刑か追放刑だ。強制労働と死なせた場合で同じでいいのか。」

「私がいた国では、故意に人を殺したのではなく、仕事をしていて死なせてしまった場合、業務上過失致死と呼んでいますが、そのにも処罰するという考えがあります。

 その刑は、故意に人を殺したものよりだいぶ軽く設定されています。

 安全措置を講じなくて労働者を死なせた場合はこの業務上過失致死と同じ考え方になるので、杖打ち10回でいいかと。」

「杖打ち刑は残忍すぎるのでほんとはやめたほうがいいと思いますっ。」

「確かに、私の国の考え方では、杖打ち刑と言った身体刑は禁止され、代わりに一所に収容して、自由をはく奪する自由刑があります。

 しかしこの国では自由刑は定められていないようですが、その理解であってますか。」

「うむ。尋問などのために一時的に拘束する場所はあるが、何十年も拘束することはできない。」

「ではっ、作ればいいのです!」

「ちょっとちょっとフェービさん。今はその話はやめないと。ごっちゃになるから。杖打ち10回でいいんじゃないかな。」


「それがしがこれより反対するは、軽はずみなことを独り決めで言うわけになりまするが、これだけははっきりと断っておきまする。

 実に重き刑にて、首肯かねつる。できるものならばこの願い取り上げ下さいますよう。」

「そしたら、そのような意見があったことを含めて案としてあげてみたらいいじゃない。他にはないかな。」


 ニコラオス議長が締めに入ろうとしたので、私からどうしても気になっていたことを聞いた。


「最後に、いいですか。労基隊が持ち歩く身分を証明するものはどのような形式にしましょうか。偽造されない方法がいいのですが。」


 日本では、監督官証票は、顔写真つきでさらに、個別番号が振られ、それは官報に掲載されている。写真は無理であろうが、何かしらの偽造対策が欲しい。


「我ら警邏隊の紀章と同じようなものを準備してはいかがか。」

「それが一番だね。じゃあそれでいきましょう。では、とりあえず今日の話はこれまでとして、今後繰り返し細かいところを詰めていきましょう。」


 そうして、ニコラオス議長が話を終わらせた。


 1か月後、数次に及ぶ事務局における検討会に続いて、実務者連携会議で成立案がまとめられ、族長会議を経て、ほぼ私が提案した通りの内容で決着がついた。



 そして、王族特務機関に話を持っていたところ、私は王族特務機関執務室に呼び出しを受けた。


 「魔法について話がある」とのことだった。


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