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第16条「安全と衛生」

 ニコラオス議長の仕切りで私が考える法律の趣旨を説明する流れになった。


「この法律の肝は、強制的に守ってもらうことです。

 刑罰でもって強制させるということは、すべての会が守ることができるものでないといけません。そうすると、最低限度を定めるしかないのです。」


「それは困りますっ。」

「フェービ教会補佐……」


「エレフテリア教会長からこの国が理想的な社会になるように法律を作って来いって言われましたっ。

 だから、理想像を形にしないといけませんっ。」

「かようなるは、如何なゆえんたれども認められぬ。

 今しもえぐち殿の述べられたるは、処刑の沙汰を定めるにまこと由あること思われまする。

 それをそなたがたの理想を元に定めるなど、あってはならぬことであります。

 言葉渋りなく申せば、わがままと言うほかなし。」

「何でですかっ。守らない人が悪いと思います。」

「できる、できぬの話をしておりまする。」

「だめですっ。理想的な社会を作るんですっ。」

「今のこの世を分かっておられぬ。

 いかに理想を述べようとも、できぬ会少なからず。

 あるいは、できぬ会をすべて処刑し、勤めし者どもを路頭に迷わせ、よろずの民が死ぬか生きるかの瀬戸に乗っかかっても構わぬと、そういうことか。」

「仕事があるんだから、他の会が引き継ぐと思います。そしたら、素晴らしい会だけがのこる理想郷になりませんかっ。」

「それは認めぬ。それまでに、各会の長、あるいはそこで働いていたもの、そしてその家の者、幾程が死ぬと思われる。」

「それでも理想的な世の中にしないといけないんですっ。」


「私も、最低限度を定めるというところは曲げられません。強制的に従わせる以上、守れない理想を定めることはできないと思います。

 働く人を守る法律ですが、各会の多くを潰してしまうことはより多くの弊害を生むのでそのようなことはあってはならないと思います。」


 この対立は思想信条の違いとでも言うべき対立で、たぶん平行線のままだろうと私は感じていた。

 しかし、私自身の立ち位置を明確にする以外の、打開する一手を見出すこともできず、ただ2人のやり取りを指をくわえてみるしかなない。

 その状態がしばらく続き、2人以外は沈黙を貫くのかと思った矢先、アルキボス土木治水隊長が意見を述べた。


「ちょっといっすか。最低限度ってどれぐらいのことを考えているんすか。」

「労働条件と安全基準の部分ですが、考え方の根幹にあるのは、皆が死なずに、まともな生活ができる、ということでしょうか。」

「具体的には。」

「大前提として、違約金や身体的な拘束、強迫などを用いて強制的に働かせることは禁止です。

 そのうえで、働くことができるのは13歳以上です。さらに、18歳未満は11時から翌朝2時まで働かせるのは禁止です。

 1日の労働時間は4時間にしましょう。

 そして、1日30分は休憩を与えないといけません。

 この休憩というのは、仕事場を離れ家に帰ってもいいし何してもいい時間です。

 1週間の労働時間は20時間です。

 給料は、時間で決めるとして、1時間2000ドラクが最低限にしましょう。

 1日4時間、1週間20時間を超えて働いてもらう時には、給料を25%上乗せして払ってもらいます。

 1日4時間、1週間20時間を超えて働けるのは、1か月40時間までです。

 そして、現金払いしか認めません。

 また、書面による同意がない場合に、給料から食事代とか、服装とか、住んでいるところのお金を引くのは禁止です。

 さらに、休んでも給料がもらえる制度、有給休暇という制度を半年以上働いた人全員に、毎年10日以上与えてください。

 最後に、仕事中に怪我で休んだり、死んだりした場合には、怪我した時は給料の6割を、死んだときには5年分の給料を各会が無条件で負担してください。

 以上が労働条件になります。」


 義務教育は12歳までとのことだったので、13歳からの就労を認めざるを得ないだろう。

 また、この国の1日は12時間、しがって1時間は日本の2時間に相当する。

 通貨は「ドラク」。物価を調べたところ、日本の1円とほぼ同じぐらいの様であった。

 労働基準法上定められた時間を半分にして、時給を倍にする、そうすると時給1000円と同じになる。

 ただ、36協定、それも特別条項の手続きを定めて広めるのはやめた。この国は民主主義ではないし、労働組合の文化は無いようなので、労働者代表という観念から植え付けなければいかないが、それも難しいというのが私の判断だ。

 振込はないはずで、現金手渡しのみ。


 これは、今日の会議までの待機の期間に私がずっと考えていたことだった。

 本来であればこの国の状況を調べ上げて、それに最も適した規制を作るべきである。

 しかし、自身で新しい規制を作る能力を有しているわけではないので、正直、すべて労働基準法の規定をそのまま持ってくる形にした。

 さらに、1年変形とか色々細かいところを削った。優先順位が低いわけではないが、この国の状況が分からない部分が多い以上、これが限界だろう。

 要望があれば必要に応じて変えて行けばいい。


 続けて安全衛生面の説明に入る。


「4キュビより高いところで作業する際は、墜落しないように手すりなどを設置します。

 手すりが設置できないときは保護帽をかぶって命綱を付けてもらいます。

 手や腕を挟むところには、囲いを付けるか近づかない方法を義務付けます。

 動いているものは、止まるまで触ってはいけません。

 そして、岩石や金属を溶かしたり削ったり、大量にどこかに投入したりするときには、呼吸用保護具を着用してもらいます。

 最後に、物を動かす魔法は、国の教育を受けた限られた者だけにします。」


 これも労働安全衛生法の主だった規制をそのまま持ってきただけだ。

 1キュビは50cmに相当し、400キュビで1ディオンになるらしい。

 2mは、4キュビ、もしくは0.01ディオン、ということになって、この長さならキュビを使うのが普通らしい。


 2m以上の高所作業の墜落防止、プレス等の囲い、掃除・調整等の巻き込まれ防止、これらすべて労働安全衛生法のままだ。

 衛生面は本来であれば、身体への有害性を調査する必要があるうえ、動力機械を用いないので、規制する根拠が薄いようにも思っている。

 しかし、粉じんが明らかに舞っているところは、じん肺とかがんとかの病気の医学的根拠がなくとも体にいい影響があるわけないので、呼吸用保護具を使ってもらうことにした。


 物を動かす魔法は、プレスだけではなく、物を浮かせて高いところまで運ぶ作業にも使っていた。

 割と誰でも、それこそ子供でも使えるのだが、未熟な者が使ってしまえば、死者が出る危険な作業である。

 一部のクレーンやフォークリフトと同じように免許とまではいかないでも、技能講習ぐらいの規制は及ぼさなければならない。


 このように提案したところ、一番最初に反応を示したのは、アルキボス土木治水隊補佐だった。


「安全面はおおむね問題ないす。

 高いところから落ちて死ぬ人や、物が落っこちてきて死ぬ人が後を絶たないんで、やってしまっていいと思うす。

 気になったのは、保護帽ってやつっすね。なんすかそれ。」


 私はこの質問に対して、手許に持ってきていた厚労省の文字が入った白いヘルメットを見せながら、


「これが墜落時保護用・飛来落下防止用保護帽です。色々細かい技術的なところはさておき、戦争用の兜の頭の部分だけみたいなやつに、頭と兜の間に緩衝材を入れたものと思っていただいて構いません。

 この白い硬い物質は私の国にしかない特殊な物質で、この国で作り出すことはできません。」


 というか、私がこの樹脂素材と発泡スチロールの作り方が分からない。


「ですので、鉄か何かの金属と、布で似たような物を作っていただく必要があると思います。」

「新しいものを、しかも結構な数作んないといけないすね。」

「それは――」

「人の多くが死にける世なれば、かかる求めも合点致しておりまする。

 さらには、新しき物を作りしは、商売上、いと殊勝なことなりまする。」

「そうですね。確かにディミトリオス直会補佐の言う通り、経済の活性化にもつながるかもしれません。ぜひお願いします。」

「いや、別に反対じゃないすよ。いいと思います。んで、呼吸用保護具ってなんすか。」

「それはもうとりあえず、布を口と鼻の周りにまくしか無いですね。今のところは。

 理想はここにある、防じん用呼吸用保護具なのですが、これも私のあずかり知らない最先端技術の塊なので、作り方が分かりません。」

「ふうん。まあいいすけど。

 んで、一番の問題の魔法すよ。」


「それについてはぁ、私も気になってるのよ。王族特務機関を動かす気ですかって話になるけど。」


「危険性に基づく必要性を考えて発言しましたが、魔法についてはわからない部分が多いので、制度上のご説明とか頂ければ。」


 ニコラオス議長のしゃべり口調がだいぶ肩の力が抜けた感じになっているのは良いことだが、それよりも、王族特務機関を動かす話にまで発展しそうなところが気になるところだ。


 「無機物を自由に動かす魔法」というものを訓練すれば大体の人は使えるらしい。魔法と言うよりは念能力に近いのかもしれないが。

 問題が訓練方法が確立されておらず、知り合いから口頭で受け継がれているところで、独り立ちという場合の基準が何もない。

 それの基準を決める必要が出てくる。

 ただし、魔法は王族特務機関が専門に行っている。ちなみに「無機物を自由に動かす魔法」以外の魔法を使えるのは王族特務機関だけらしい。

 今回、魔法に関する基準を決めるのであれば、少なくとも王族特務機関に確認が必要となるらしい。

 省庁間の合議制度みたいだ。

 場合によっては制度自体を王族特務機関が行うことがありうるという雰囲気だ。王族特務機関が魔法を独占している証拠だろう。


 この独占している状況は少しおかしい気がする。

 もし、戦争を有利に働かせるのであれば、魔法部隊を作って攻撃とかするべきなのに、それをしない。この場だけでなく、各隊の隊長が出る実務者連携会議に顔も出さない。そして、カリカの家での会話のこと――。


 色々気になることが多すぎる。

 合議をするだけならまだいいが、もし、制度の決定と運用を持っていかれれば、王族特務機関の権限が、ある程度独立しておくべき監督行政に及ぶことになる。

 それはするべきではないと考えた私は、独立性の必要性と王族特務機関の実務への介入防止ををここで訴えようとした。

 しかし、ニコラオス議長がそれをさせなかった。


「まぁそうは言ってもここで決めることはできないんで、私が後で調整しておきますよ。みんなそれでいいですかぁね。」


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