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第13条「臨検拒否」

 なんだこのやりとり。まさかと思うが、異世界に来た原因がカリカのおじいさんにあるのか。


 召還魔法が存在するというのか。


 本人は隠居と言ってるし不可能だと否定しているが、少なくとも無関係ではなさそうだから、詳細を聞かないわけにはいかない。


 しかし、この人が実は首謀者だったら、下手を打つともめる。言葉選びや聞くことを慎重に選ばなければならない。


「魔法ですか?」

「まぁそれは、推測の段階を出てないから、いずれ話すと思うよ。」


 はぐらかされた……?


 だとしたら、何か裏があるのではないか、すべてを知っていて、意図的に隠したのだろうか。しかもなぜお父さんの方が答えた?「お父さんの仕事」と言っておきながらなぜ引き取った。あるいはそもそも、はぐらかされたのは本当にわからないだけで、なにか仮説がある。その仮説の真偽がわかったら説明してくれるのか。そんな思いがぐるぐるめぐるなか、カリカのお父さんはまた笑顔に戻り話をつづけた。


「で、さっきの質問だが、僕も父も今はかかわっていないから確定的なことは言えないが、新しい制度を作るときには、まず実務者連携会議事務局が概要を作って族長会議に諮る。これは方針を決めるという意味合いが強い。

 具体的に細かい制度設計を決めるのは当然事務局だけでなく、各隊会補佐のうち必要な人とその部下たちが打ち合わせを繰り返してつくるんだ。

 今回、えぐち君がこの概要作成に参加しないとなると、その後の細かい制度設計か、どちらかに必ず参加すると思うのだよ。そんな話は聞いてないかい?」

「ないですね。」

「ということは、可能性は2つ。これから事務局が作る概要には中身が全くなくてそれでも承認を得て制度設計に参加してもらうか、すでにすべて決まっていてえぐち君は実働部隊に過ぎないか。」

「おそらく前者じゃろう。

 ニコデモス王が指示しているんじゃろうから、族長会議からしてみたら、内容如何よりも、何かしらを作るということが大切で、事務局から何か上げれば、すぐに承認するじゃろう。じゃから概要には数枚の書類しかついてないのじゃろうな。」

「そうだね。そうなると多分すぐに声がかかるよ。

 制度を決めるぞって。」


 これは召還の話は保留するしかなさそうだ。

 確かに作る中身がなければ、あんなにさっくり進めることもできる。一方で裁判隊長の補佐を入れる入れないで少しもめていたのは、既定路線だから今からひっくり返されるのは嫌だったというのも考えられる。

 仮に、すべて決まっていて実働部隊のみ任されるとなると、やりにくさ千万。全然しらない法律の施行となれば、これまで培ってきたことが使えないということで、かなり難しい。

 どうしたものか。


「いずれにしろ、それまでに服装をちゃんとしないとなぁ。エウスタキウスよろしく頼むよ。

 改めてようこそ。声がかかるまではうちでゆっくりしてもらって構わないし、声がかかってからもうちにいても大丈夫だよ。

 さすがに作業を始めたらお金をもらうだろうから、一人暮らしも不可能では無いだろうが、うちは部屋が余っているから好きに使ってもらっていいよ。

 そうだ、さすがに部屋を移さないとね。いいかな。」

「何回も言っておるがこの家の長はお前じゃ。お前が決めたことにわしは口を挟まん。」

「それでもお父さんに意見を聞いてもいいじゃないか。」

「あ、あの、今の部屋がいいです。不自由はありませんし、昔一人で住んでいた部屋と同じぐらいなので、住み慣れています。」

「そうかね。ならばそうしてもらおう。」

「ありがとうございます。」


 そういうと、レフテリスさんは、食後の飲み物を飲み上げて席を立った。

 この世界の礼儀作法はわからなかったので、とりあえず私が知る作法である目上の人が席を立った時は私も立つ、ということを実行したところ、何も言われずに終わった。

 もっとも、そのあとコンスタンティノスさんもすぐ立ったので、私は立ちっぱなしになり、見送ったあと座って飲み物を飲み上げた。紅茶とよく似た風味なので、きっと作り方も同じであろう。

 ただ、砂糖は置いていなかった。

 この屋敷で高価なことを理由として、おかないということはないだろうから、よほど希少なのかまだ発明されてないか、あるいは好みか。


 席を立った私は、エウスタキウスさんに目礼して、自分の部屋に戻った。朝から動きっぱなしだったし、常にだれかと話をしていたので、その疲れが出たのか、作業着のままベッドに倒れこんで寝てしまった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 嶋本労働基準監督署は、管轄する地域内の労働者が45万人を超えており、労働基準法上「事業場」と呼ばれる法人の拠点や個人事業主の店舗などが5万件を超えている。

 この数字は日本全国約320か所の監督署の中でも、多い部類に入る。監督官は一人当たり、毎月10前後の事業場に行き、労働基準法や労働安全衛生法を事業場が守っているか調査し、違反を見つけた場合には、文書指導を行っている。

 こうやって、事業場に行くことを臨検監督というのだが、行くだけでなく、事業場の担当者を監督署に呼び出して話を聞くこともある。


 事業場が多い分、当然色々な人がいるのだが、その日は江口を訪ねてきた病院の院長の怒号が、署内に鳴り響いていた。


「だから、何回も言ってるだろうが!

 なんの権限があって、事前の日程調整もなく病院に来て、そればかりか書類をみて、勝手にカルテまで見たんだ!!

 貴様らは、医師法もナイチンゲール憲章も知らずに、ずかずかやってきて営業妨害して何がしたいんだ一体!!」

「こちらも何回も言っていますが、ILO条約で監督を効果的に行うため、事前の予告なく立ち入ることが定められております。

 また、労基法101条で、帳簿及び書類の提出を求め、労働者に対して尋問することができるとしております。私の行動は当該権限に従ったものです。」

「馬鹿なこと言うんじゃないよ!!

 どこの世界にいきなりくる役所があるんだ。税務署だって保健所だって事前に言ってからくるわ!

 監督官の権限が、医師が守るべき患者の守秘義務を上回って給料とかシフト表、あまつさえカルテを勝手になんの断りもなく見ることができるわけないだろう!!」

「他の省庁の権限は私にはあずかり知らぬところですが、監督官にはそのような権限が与えられております。」


 舌鋒すさまじいのは鈴木院長という人物で、上柳田市で、上柳田病院を運営している。

 いわゆるクリニックではなく、いくつかの診療科を有しており、また、近年は介護やリハビリケアに力を入れているという、経営はあまり健全ではない病院だ。

 江口がこの病院に臨検を行ったのは、労働者から申告制度を利用したいという申し出があったからだ。

 申告の内容は、「院長の妻が副院長をしており、副院長に気に入られなければ、賃金がどんどん下げられてしまう。看護師である申告人は、嶋本県の最低賃金を下回った。さらに、看護師はシフトで働いているが、人員が不足しており、シフトの前後で行った残業代が出ない。医療事務もシフト以外の時間に仕事をしても残業代は出ない」という内容だった。


 このような情報が監督署にもたらされたことは院長に伝えて良いとのことだったが、申告人は病院に名前を明かしてほしくないと言っていた。


 上柳田病院は40年前に鈴木院長が立ち上げた病院であり、地域医療のメインを担っていた時期もあった。

 しかし、鈴木院長の知識が40年間変わらないことから、インターネット上の口コミが悪くなり、客足も遠のき、売り上げが悪化。

 それに対応するべく給料を下げたので医師や看護師が集まらない状態で、結果、患者への治療がおざなりになって評価が下がる、という悪循環に陥っている。

 結果、外来が減り、入院も200床中80床未満とかなり経営は厳しい。


 江口は事前に連絡することなく臨検監督を行った。

 これは江口のモットーなのだが、名前を出さないで欲しいと申告人に言われた場合は、申告人の名前を出さないのは当然のこと、いきなりこちらの知っている情報を全面的に示すことはせず、相手方の対応を見極めることとしていた。

 そうすることでその事業場の問題点を見つけられると思っていたからだ。

 上柳田病院に行ったとき、院長、事務長、看護師長は対応せず、事務員に任せるとの指示を院長は下した。

 江口は担当した事務員から話を聞き、シフト、賃金台帳を確認した。タイムカードはなかったので、労働時間の参考になる患者のカルテやレセプト、領収書の発行時間等を確認して、シフト外に仕事をしているがその分の賃金が支払われないことを確認していた。


 臨検監督の最後に、江口はその事務員に対し、文書による行政指導を行う、院長か責任者に監督署に来てほしいので、日程調整の電話をもらいたいと言づけていた。

 すると、今日、いきなり事前の連絡もなく院長がやってきた。

 そしてあらかじめ準備していた是正勧告書を渡そうとした江口を攻め立てたのだ。


 さきほどの発言を聞いた江口は、鈴木院長がこれだけ文句を言う真意はこちらがカルテを見たというその事実より、サービス残業の指摘を恐れてのことだろうと想像していた。


 しかし、それよりも江口には納得いかないことがあった。


「そもそも認識の齟齬があります。私は、カルテを勝手に見たのではなく、事務員の人の、つまりは病院側の了承を得てみました。

 カルテを勝手に引っ張り出して見られるわけがないじゃないですか。

 そして、当日の対応を拒否して事務員に任せたのはほかならぬ院長ですよ。勝手に見たわけではないですし――」

「事務員がナイチンゲール憲章を知っているわけないだろう!!考えたらわかるだろう!

 監督官がこんな低レベルとは思わなかった。このことは医師会と厚生労働省に訴えてやるからな。」

「それはこちらからどうこうする話ではありませんのでお任せします。それよりも、医療事務の方が誰もいないはずの時間に会計処理をおこなった記録が――」

「それよりもだと!?」

「聞いてください。

 帰ったはずの医療事務員が会計処理をしえいただけでなく、シフト上入ってない看護師がカルテを書いている事実が発覚し、さらには賃金が最低賃金を下回っている人がおり、それだけでなく、放射線技師の方が、24時間連続勤務しているにも関わらず、割増賃金が支払われていませんでした。

 その内容を、ここの是正勧告書に記載しておりますので、内容確認したら、ここに署名をいただけませんか。」

「ふざけるな!そもそも、そんな調査だったら、院内に入れてなかったわ!

 そんな違法な方法で調査したのに何の根拠があって文書を出すのだ!」

「院内に入れないことは臨検拒否に当たり、臨検拒否は労基法第120条で罰則付きで禁止されております。

 そもそも、私が行った行為が、違法な方法とは思っておりません。事業場担当者の許可は得ておりました。

 したがって、署名を。」

「私は法律に従って適正に対応しておるのだ!」

「だったらなぜ法違反が存在しているんですか!

 失礼しました。こちらも法に従って適正に対応させていただいております。

 その中で、賃金不払い状態で時間外労働をさせていること、最賃未満で働かせていることを確認したのです。」

「貴様、何もわかってない。

 病院は患者に診察を求められれば、応諾義務がある。そして、診察したらカルテを作成し、お金をもらう。

 医師も診察する義務があるから、当然看護師や事務員にも対応する義務が生じるだろう。」

「はい、ですから、その時間は賃金を支払う義務があるんですよ。」

「あまりの対応に納得がいかん。文書の受け取りは医師会と厚生労働省に確認してからにする。

 失礼する。」


 そういうと、鈴木院長は何も書かず、何も受け取らずに帰って行った。

 江口は、院長が部屋を出るとき、その場を動かなかった。普通はある程度の見送りをするのだが、江口はあまりに腹が立ってそれができなかったのだ。

 会議室から出てくる鈴木院長を、他の監督官や総合労働相談員が静かに見送っていた。鈴木院長が出ていくのを確認した第2方面に所属する2年目の山口監督官は席を立ち、江口のいる会議室に入って行った。


「なかなかヒートアップしましたね。どかーんって。」


 山口監督官は、自分の理解を超えたことや予想外なことが起こると、思わず笑ってしまう癖がある。悪いタイミングで出てしまいトラブルになりかけたことがあるので、表情を変えないようにするすべを身に着けている途中だが、同郷で年齢もそう遠くない江口の前では、素が出てしまうのた。

 まさしく今回も笑ってしまう事例だった。


「ふふ。まぁ是正勧告書の受領拒否は久しぶりだな。」


 つられて江口も笑った。間違ったことはしていないと考えているし、ないがしろにされて手が震えるほど腹が立っていた。そんななか、山口監督官の反応は心地よかった。


「めっちゃ聞こえてた?

 一応ことの経緯を次長に報告するかぁ。」

「いや聞こえるでしょ。さすがに。」

「さすがに。」


 江口は小林次長に経緯を説明し、臨検監督時の手法に誤りがなかったことを確認したうえで、申告人に電話した。

 申告人は自分の権利救済というよりも、病院内の雰囲気が悪いことをどうにかしたいと考えていた。働きづらい環境は限界だが、周りに残っている人のことを思うと辞めることができないなと感じていた。

 それが故の申告だった。

 江口はその気持ちを知らなかった。しかし、法違反を見つけた以上、何としてでも是正させねばならぬ、ここら上柳田病院と長い付き合いが始まるのだと、そう思った。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「お休みのところ、お妨げ致しまして恐縮に堪えませぬが、食事のお時間で御座います。何卒よろしくお願い申し上げます。」


 エウスタキウスさんのいつもどおり丁寧な挨拶で起こされた。ご飯をさっき食べたばかりと思ったが、もう夜になっていた。

 私は寝ぼけた頭で返事をして慌てて服装もそのままに、食堂に降りて行った。すると、アレクシスとカリカも食卓を囲んでいた。


「アレクシス……さん?」

「ほっほっほ。驚いたのはアレクシスがおることかの。それともアレクシスの恰好かの。」

「はっ。私のようなものがこのような席に申し訳ありません。」

「服装?」


 そういわれてアレクシスをみると、詰襟シャツに折り目のついたズボンを履いていた。これがかれの正装、とまでもいかないでも、こういう場の正式な服装なのだろうか。確かに、この間会ったときとは違うが、驚くほどでもなかった。


「その反応は、彼がここにいることを驚いたということだね。カリカとは幼馴染でね。よくこうやってご飯を食べるのさ。

 まぁ、何かこちらに伝えたいことがあるとき限定だけどね。

 いつももっと来てくればいいのに。」

「はっ。いえ、私は本来であればこのような場で食事する立場ではないものですから。

 お気持ちはありがたく頂戴させていただきます。」

「相変わらず堅物ですね。」


 そう言って、きらきらとした服装をまとったカリカが笑う。


「早速本題に入らせていただきます。

 えぐちよ。貴様に伝言だ。4日後の朝、4時に中央議場庁舎の2階、実務者連携会議事務局に来い。

 新しい法律を決める話し合いに参加してもらう。」

「え、もうそこまで決まったんですか?」


 可能性はあると言われていたが、昨日の今日であまりの手順の速さに私は驚くよりほかなかった。

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