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第12条「王族特務機関」

 議場を出ると、太陽は高い位置にあり、私の腹具合からも昼は過ぎたのが分かる。このままご飯でも食べさせてもらえるのかと思ったが、すぐに車に乗せられ、カリカの家まで送ると言われた。


 帰りの車内も、沈黙の出発であった。

 隣にアレクシスはおらず、議場に行くときに後ろに乗っていた警邏隊のうちの1人が隣に座っていた。

 沈黙は得意なほうではないので、私は彼女に「今後はどうなるか聞いてますか」と聞いたが、「何も」、と返事があるのみで、そこから会話が再開されることはなかった。


 カリカの家につくと、プラトンさんのお出迎えを受けた。


「長い時間お疲れさまでした。エウスタキウスが食事の準備をしてございます。」


 そういうと、私の部屋ではなく、いつもカリカや家の面々が食事をしている食堂に通された。ここで食事をさせてもらうのは初めてのことだ。

 エウスタキウスさんが深々と礼をし、


「実務者連携会議でのご発言、至極お疲れが出ましたことでしょう。どうぞこちらにお座りください。

 今までの非礼な行為を謝罪申し上げますとともに、大変なご不便な思いをさせてしまいましたこと、重ねて陳謝申し上げる次第にございます。

 これより、えぐち様におかれましては、当家のご客人として迎え入れさせていただきますので、ご不便やご要望ございましたら、この不肖にお申し付け頂きますようお願い申し上げる次第です。」


 そのように挨拶をうけ、長机の下座の上位の席に座らせてもらった。しかし、私は作業着でこのような部屋に沿う格好をしていない。

 そのことを聞こうとしたら、老齢と中年の男性エルフが入ってきて、それぞれ誕生日席と上座に座った。

 服装は2人とも襟付きの肌着に上着、さらにそこに裾の長い外套のようなものを羽織っていた。上着は単色だが、外套は緑地にきれいな金糸の刺繍が施されていた。

 明らかにこれまで見て来た人とは服装が異なる。座ったままで、老齢の方が私に挨拶をした。


「あらためて、歓迎する。私がコンスタンティノス、こっちが息子のレフテリウスじゃ。」

「やぁ。娘のカリカがだいぶ世話をかけさせてもらっているようだね。」


 カリカの父親とおじいさんか。見た目年齢80歳と50歳くらいだ。どちらもエルフなのでこの見た目で実年齢がいくつかはわからない。

 むしろ、エルフって老けるのかと驚いたところでもある。


「初めまして。江口将臣です。このような服装で申し訳ありません。」

「うむ聞いておる。何やらこことは全然ちがう世界からきおったとのことじゃな。構わんよ、その恰好しかないんじゃから。」


 作業着であることを謝罪したところ、「構わん」と回答が来たということはやはり無礼だったか。


「ありがとうございます。確定ではないですが、私のいた国とは人種や動物が違いますので、違う次元と言うか異世界から来たと考えるのが妥当です。

 さらに、トロニス=へラクレイオンという国名も初めて聞きます。」

「不思議なことじゃ。400年生きてきて初めて聞く。」

「400年……私の世界ではエルフは長寿、場合によっては不老不死ということも聞きますが、そんなことはないのですね。」


 以前、カリカがエルフの寿命は400年と言ってたことから、この人はもうすぐなのだという思いから、そのような質問が出てしまった。


「はっはっは。いいね、不老不死。なってみたいもんですねお父さん。」

「まったくじゃ。エルフの寿命は400年前後、わしもそろそろじゃと思っておるところ。

 息子に家督を譲って隠居しておるんじゃが、家の中の席の位置を変えようとせんのじゃ。」

「いあやまだ早いよ。せめて家の中だけでも楽させてくれ。

 ちなみにえぐち君。この世界ではエルフが寿命を前に戦争や事故で死ぬ例も少なくないんだよ。だから誰もエルフを不老不死と思う人なんていないよ。

 あ、病気で死ぬというのは聞いたことないけどね。ちなみに僕は今年263歳になるよ。

 もっとちなみに言えばカリカは95歳だ。」

「そう、なんですね――」


 人間の寿命が70年前後と考えると、5倍から6倍くらいか。そうすると、カリカは20歳にもなっていないということになる。


「ちなみに、何歳からが大人、というか結婚は何歳ぐらいにする、という概念はあるのですか?」

「50年も生きれば一人前という感覚だね。そのころには結婚しだす人が多い。カリカは少し遅いかもしれないね。

 あ、カリカには内緒だよ。年齢を言ったことが知られたら怒られてしまうからね。えぐち君はいくつだい?」

「はい。36歳になります。」

「人間だと働き盛りのころだ。そんなときに異世界に来るのはさぞ大変なことだろう?」

「そうですね、妻子もいますし。」

「妻子が居るんだね!可愛いかい?」

「ええ。」

「それは良いことじゃ。いや、残念と言うべきかのぅ。」

「はっはっは。どうだろうねぇ。ーーえぐちくん?」

「ーー美味しい」


 非常に拍子抜けするくらいに自然に話が進んだ。

 それだけでなく、私の出自を自然に受け入れていることも不思議であった。

 そんな不思議に思う気持ちとは裏腹に次から次に運ばれてくる正餐形式の美味しい料理に気分はどんどん向上し思わず美味しさの感想が口に出てしまった。


「はっはっは。私の話もおいしい料理には勝てなかったかな。」

「あっ、すみません!!」


 結果としては勝てなかったわけだが、失礼千万なことをしてしまった。自然な感じの雰囲気に気が緩んでしまったのかもしれない。


「構わないよ。」

「そうじゃ。朝から何も食べずにニコラウスの前で色々しゃべらされて、大変だったじゃろう。しっかりと食べるといい。

 会議はどうじゃった?大方、イウリオスが事前の段取りも無視して言いたいことを言って無理やりな幕引きとなったところか。」


 あまりに物腰が柔らかであまりに優しすぎる二人は非常に柔和な表情で私を見てくれている。


「ありがとうございます。よくわかりますね。

 イウリオス裁判隊長がすごく色々言って来て、警邏隊長と言い合いになりかける場面もありました。」

「キリアキか。彼もだいぶ丸くなったほうなんだがね。相変わらず嫌みの一つでも言わないとおなかを壊す性格は変わっていないようだ。」

「お二方とも実務者連携会議の人々に詳しいんですね。」

「そうだよ。父は元王族特務機関の首脳だし、私はこないだまで民族会長を務めていたからね。一応顔は知っているよ。」

「王族特務機関――。」


 今回の会議では聞かなかった名前だ。名前から察するに英国の近衛兵のような仕事だろうか。


「大仰な名前をいただいたもんじゃが、王族の身の回りの世話役といったもんじゃよ。」

「そうなんですね。ちなみに、キリアキさんは人間と聞きましたが、ニコラウス議長もイウリオス裁判長も人間ですか。」

「ニコラウスは人間だが、イウリオスはオークだね。他に誰が話をしたかい?」

「あとは、女性の直会長と、同じく女性の教会長が話をされていました。あ、最後に男性の……あの、建設関係とかを担当されている……」


 誰かと聞かれても名前が出てこなかったので、役職名で答えるしかなかったし、最後に少しだけ話した人は役職名すら思い出せなかった。


「ヨルゴス治水土木隊長かい?馴れ馴れしい態度で背が低い人だったなら。」

「あ、そうです。」

「ヨルゴスは相変わらずじゃな。いいとこでもあるが、周りに対する敬意がたりん。」

「そう見えるだけだよお父さん。彼は彼なりに考えている。

 彼はドワーフでね。種族を超えてみんな仲間だという考えを持っているんだ。

 だから敵意はないが、自分の思うところを包み隠すこともしない。」


 そんな感じだった。自分の仕事ではないと判断したら絶対に作業をしないが、自分のやるべきことだと考えると必ずやり遂げそうだ。


「直会長の名前はバシラ、彼女はドワーフの烈女でね。非常に大きな商会の長を務めるとともに、各会をまとめる立場にある。

 そのこともあってか元々の性格か、決まりに厳格で正しさのもとに自分のやるべきことを律しているんだ。

 同じドワーフでもまじめ一貫のバシラとその場の雰囲気を重視するヨルゴスと正反対のように私は感じている。」

「確かに直会長からは色々細かく指摘を受けました。おかげで足りていないことをしっかりと説明することもできましたが。」

「謙虚じゃのう。彼女の追及はよもすれば嫌がらせの部類になろうに。」

「そうとらえる人もいるかもしれませんが、そこまでは感じませんでしたね。おそらく、この仕事がら、いろいろ言ってくる人が多いのでそういう経験はたくさんさせてもらっているからでしょう。」


 これは本当に感じなかった話だ。

 労働基準法というのは使用者に多くの義務を強いるものであるから、制定され施行されれば、会社に大きな影響が及ぶ。

 そのことを考えれば、どのような制度趣旨になるかというのは知っておいて然るべきであろうし、やる必要のないことは全力で拒否していかなければならないと考えるのも会社の代表としてはまた当然のことだ。

 その考えに基づけばバシラ直会長の質問も納得できる。


「素晴らしい考えの持ち主だね。

 そうするとエレフテリア教会長が優しすぎるという評価になったのかな?」

「いえ、あの方もしっかりと考えを持っていそうでした。」

「考えを持っていそう、か。そうじゃな確かに持っておる。

 しかし、教育を担当しているからか、慈愛こそ最良という考え方から動こうとせんのじゃ。

 彼女が反対に回ると話が進まんくて困る。」

「慈愛が大事なのはわかるが、強固だよね。

 それに、自分たち人間こそ優位種族という認識がたまに見え隠れするのはいただけないね。

 ちなみに僕が務めていた民族会は、民族間のもめ事を解決するのが仕事だ。ここだけは代々エルフがやっていてね、それもエレフテリアからしてみたら間違っているようだ。」


 物腰が柔らかだからと、考え方も柔軟とは限らない、というのは過去の経験からよくわかっている話だ。

 むしろ物腰が柔らかな人のほうが説得は難しいことがある。


 ということは意外と今後法律を作る上での障壁は彼女になるということかもしれない。

 そういえば、先ほどの会議の終わり方を振り返ってみれば、労働基準法を作る話で動いているのは確実。おそらく私が参加していくに違いない。

 そう思って期待していて全然違ったら悲しいがそれは仕方あるまい。とはいえ――


「そういえば、働く人を守る制度を族長会議に諮るとニコラウス議長が言っていましたが、具体的に何をするんでしょうか。」

「隠居の身じゃからな。その辺の話は意図的に入れんようにしておるが、族長会議に諮るか。ということは、制度設計と法制化じゃろうかね。」

「そうだねお父さん。

 しかし、もうすでに実務者連携会議で決裁を取るところまで話が進んでいたということは、どこからか圧力があったか。」

「おそらくニコデモス王が族長会議に下したのじゃろう。毎年何かしらの国力増強をとしておるからの。」

「で、族長会議が実務者連携会議に押し付けた。

 それと時期を同じくしてえぐち君が来たのか。」

「勘ぐるの。」

「王族特務機関の仕事ですよお父さん。」

「あれは魔法陣が高度すぎて無理じゃった。そう。無理なのじゃよ。ましてや人間、それも妻子がおる者など倫理に反する――。

 ニコデモス王の指示を曲解したとしてもできるものではない。」


「本当にそうだろうかね。」


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