第65条「退職」
「只今より、えぐちさまがご入場されます。」
満場の拍手で迎え入れられた私は、さながら新郎のように開かれた扉から赤い絨毯の上を歩いていく。
そして、ニコデモス王とイリサ王妃の並ぶ高座の前で敬礼をしようとしゃがみかけたところで、ニコデモス王に制された。
そして、ニコデモス王は立ち上がり、そこに居た全員がニコデモス王に注目する。
「我が国は先の大戦からの復興の途上であることは間違いない。
復興を加速させるには、国力増加が不可欠であるところ、国の礎である、経済の担い手である労働者がないがしろにされていたのが我が国の事実であった。
その労働者に光明を与え、国民の命、身体を守り、それだけではない。
国民が亡くなること、怪我をすることの経済的損失を考えれば、労働者の死亡を減少させたその事実だけでも、国の発展にどれほど寄与してくれているかわからぬ。
わが国民である労働者を、家族を救い、国力を増強させる。
そのすべては、この者助けが無ければ成立しえなかった。
皆の者、改めて紹介する。
にほんより来られた労働基準監督官、えぐちまさおみ殿だ。
明日えぐち殿がにほんへ帰る。此度はその門出に当たり、皆に集まってもらった。
えぐち殿。本来であれば国を挙げて送るべきところ、事情が事情だけにこのような形になってしまったことは許していただきたい。
そして改めて感謝の意を述べさせてもらう。」
ちょっと偉い方、とは、ニコデモス王の事だったのだ。
晩餐会、とは私を送り出すためだったのだ。
全てが私のための準備だった。
ニコデモス王に頭を下げ、一言発言を求める。
ニコデモス王にだけではなく、全員に向けても言いたいので、少し横にずれて振り返る。
カリカの家の方々や労働基準監督隊の面々だけでなく、シーマ王族特務機関首脳、アエネアス魔法部隊長、ニコラオス実務者連携会議議長、実務者連携会議の面々がいる。
この国の要職の方ばかりだ。
イウリオス裁判長が来ているのは驚きだし、エレフテリア教会長やフェービ教会補佐が居るんだったら挨拶行く必要なかったなとか、色々な思いが交錯する中、口を開く。
「まずは私のためにこうやって集まっていただいてありがとうございます。
今こうやって皆さんの前で話していると、実務者連携会議で発言させていただいたことを昨日のように思い出します。
ニコデモス王の取り計らいを賜ったとはいえ、どこの者とも知れない私の話に耳を傾けてくださったこと、改めて感謝を致します。
この国に来て3年、労働者の保護の必要性を訴えてきました。
先ほどのニコデモス王のご発言にその内容が含まれていたことが、本当にありがたい限りです。
この考えはきっと労働基準監督隊をはじめ、皆様にも共有していただけていると思います。
そう思えば、帰るのは非常に寂しくも悲しいものではありますが、思い残すところはありません。
本当にありがとうございました。」
そう言って深々と頭を下げたとき、涙が鼻を通って落ちたのが分かった。
ニコデモス王の前を失礼して、そこに集まってくれた全員と言葉を交わしていく。
思い出は美しいものだ、という言葉を聞いたことがあるが、まさしくその通りだということを今実感している。
アエネアス魔法部隊長に声をかけた瞬間、頭を深々と下げられた。
「すまなかった。」
「えぇ!?大丈夫ですよ。
どうしましたいきなり。」
「結果としては一部の、しかしもしかしたら全部のえぐちの人生を奪うことになってしまっていたことについて、謝罪をしていなかった。」
「大丈夫です。
結果として楽しい人生経験が増えたんですから。」
「そうじゃそうじゃ。全く思慮に欠けるのう。」
横からコンスタンティノスさんが茶々を入れてきた。
「どうじゃ、わしの元に戻る魔法は。」
「見ればわかる。外形だけ取り繕った欠陥だな。」
「ふぉっふぉっふぉ。それすらできなかったことの負け惜しみかの?」
このふたりの雪解けはないのだろうかと思いつつ、この際だから、何があったか聞いてみることにする。
「あの~おふたりってどういう関係ですか?」
「アエネアスはわしの教え子じゃ。
しかし、わしが先の大戦で参戦しなかったことで、アエネアスの大事な者を亡くした。そのことでわしの――。」
「違う。あれはこちらの力量不足だった。わかっている。」
「――大切な方を亡くすのはどんな理由があれ、悲しいものです。
それを乗り越えるために、隊長は先生を超える魔法使いになろう、そう強く心に誓ってこれまで研鑽をされてきました。」
「なんじゃそういうことじゃったのか。安心せい。
わしの魔法は攻撃に特化じゃ。
平和の時代の魔法使いとしては、アエネアスはわしをも超えておる。」
途中でシーマ王族特務機関首脳がアエネアス魔法部隊長の気持ちを代弁したことで、期せずしてコンスタンティノスさんから認める発言が出た。
お酒が入っているからか、コンスタンティノスさんは気付いていないようだ。
アエネアス魔法部隊長は「ふん」とだけ言って離れていった。
そんな感じで次から次に挨拶が終わってあっという間に時間は過ぎていく。
私は最後にカリカに声をかけた。
「ありがとうね。今までの全部。」
「前も聞きましたよ。」
「そうだっけか。ふう。
……寂しいな。」
「はい。そうですね。」
「あれ?カリカは寂しくないの?」
「もちろん寂しいですし、居てほしいですよ。
でもそれはわがままなんで。
それとも、えぐちさんは会えないからって忘れちゃう方なんですか?」
「いやいや、そんなことはないよ。ここでの出来事は深く刻まれているから。」
「じゃあ充分です。
こっちもありがとうございました。」
「うん。じゃあ、今はさようなら、だね。」
「またね、ですよ。」
「そうなるといいね。」
「ふふふ。」
今私は、魔法部隊の地下実験室の魔法陣の上に立っている。
来た時と同じように安全靴に作業着に安全帯をつけて。
周りには前回と同じように魔法陣のふちにしゃがむ面々。
「いくぞ。」
「はい。本当に最後ですね。
ありがとうございました。」
魔法陣が光りだし、私の意識は消えた。
少しののち、全身に痛みを感じる。
気を失っていたのか、目を閉じていて、何が起こっているのかわからない。
しかし、具体的に痛みがあるのは脇と股だ。
この感覚は知っている。
フルハーネスの吊り下げ体験をしたときに、同じところが痛くなった。
――つまり、私は墜落中にどこかに引っかかったのか!
手足もぶらぶらしている!
よかった。これで――。
「いやあ、落ちたと聞いたときはどうなることかと思ったけど、ランヤードつけるD管が引っかかってよかったねぇ。」
是正勧告書と使用停止等命令書を建設現場の代理人に渡し、嶋本署に帰ってきて、木下署長にことの顛末を報告している。
「すみません。どうも、私の不注意で。」
「うん。今回、怪我がなかったからいいけど、次から同様のことが無いように気を付けてね。ほんと。」
「はい。大変失礼しました。」
署長室から退出し、自席に戻ったのち、一緒に行っていた斎藤君に謝る。
「ごめんね。」
「いえ、私の不注意ですから。すみません。」
トロニス=ヘラクレイオンから帰ってきてまだ2時間くらいしか経っていない。
日本に帰ってきたし、私が希望した通り、落ちた瞬間に戻っていた。
周りから見ればいつもの一コマだろうが、私は全く頭が整理できていない。
「すみません、早退します。」
そう岡田第1方面主任監督官に伝えて、家に帰った。
3年ぶりの我が家、3年ぶりの妻子に会える。
急いで帰って妻と娘を思わず抱きしめる。
「どしたの?なんかあった?」
「――うん。」
そう言って、私は起こったことをすべて正直に話した。
あれから3年。
色々な事業場に臨検監督に行った。
今の時代、コンプライアンスという言葉が浸透していることに感謝しかない。
門前払いをする頻度も低ければ、法律が悪いとか、急にルール作りやがってとか言われることもない。
しかし、それが当たり前になってはいけないと感じる。
労働基準法が労働者の最低基準を定めたものであり、それを守らせるために労働基準監督官は居るのだと。
そんなことを考えて監督署で仕事をしていると、角野相談員から声がかかった。
「江口監督官すみません。
なんか、昔、お世話になったということで挨拶したいという方が、窓口に来てまして。
白人の方なんですけど。」
「あ、はい、わかりました出ます出ます。」
白人?そんな人に心当たりはないな。
「はいはい。すみません。
えっと、どちら様で――。」
「ふふふ。
忘れないって言ったじゃないですか。
おじいさまに人間に見せる魔法をかけてもらって来ちゃいました。」
そこには、尖った耳と高い背ではないことがアンバランスに感じる、美しいエルフが立っていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この話を書きだすにあたり、目標を2つ立てました。
1つは完結まで書ききること、1つは労働基準監督官と言う仕事を1人でも多くの人に知ってもらうことです。
本当は、もうちょっと色々エピソードを書くつもりでしたが、力及ばずここで終わりになります。
ちなみに、私が会った労働基準監督官が、「1つ1つの会社で、エピソードトークできそうなくらい色々ありますよ。」と言っていましたので、もっと書けたはずだろうなと思います。
私は労働基準監督官に触れる機会があり、色々なことをやってもらいました。
もちろんできないと言われたことも多くありますが。
いずれにしろ非常に多くの事をやってもらったので、こんな仕事をしている人がいるんだということをできるだけ多くの人に知ってもらいたいと思いました。
私は小説書きではないです。普段、文章を作る仕事をしていたので、知ってもらう方法として、ここを選びました。
物語を書くのは初めてですし、古い人間なのでこんな文章になってしまい、読みにくかったかもしれません。
また、もっとキャラが立つような書き方をできればよかったのに、それができず。
なかなかキャラが生き生きとした様子を描くのが難しいなと感じました。
それでも、話を更新するたびに読んでいただいている方がいることが私の力になり完結まで書ききることができました。
本当にありがとうございます。
どれだけいってもブラック企業は無くならないと思います。
それでもそれをなくすために頑張っている人がたくさんいるということの感謝を胸に私は日々を送りたいと思います。
私に色々教えてくれた労働基準監督官への感謝を記して、この物語は終わりにします。
が、コンスタンティノスさんが気に入ったので、スピンオフ前日譚をいつか書くと思います。
今の頭の中では、魔法最強おじいちゃんの最強エピソードです。過去のことを描くから、おじさんになるかも。
魔法バトルものになるので、労働基準法とかまったく関係ないですが、もし書いたときにはそちらもお付き合いいただけると幸いです。




