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第1条「安全第一、品質第二、効率第三」

 労働基準監督官とは、労働基準監督機関に置かれ、労基法、安全衛生法、じん肺法、最賃法、家内労働法、作業環境測定法、賃金確保法、CO法及び労働者派遣法の一部の施行にあたる国家公務員。

 監督官の資格及び任免に関する事項は、労働基準監督機関令に定められており、任用は原則として労働基準監督官試験に合格した者について行われ、罷免の際は労働基準監督官分限審査会の同意を必要とする。

 監督官は、労基法、安全衛生法、じん肺法、最賃法、家内労働法、作業環境測定法、賃金確保法、CO法及び労働者派遣法の規定に基づき、事業所、寄宿舎その他付属建築物への臨検、帳簿書類の検査、関係者の尋問、有害物の測定、分析、収去等の権限を有し、医師たる監督官は、就業を禁止するべき疾病にかかった疑いのある労働者を強制検診することができる。

 監督官は、これらの権限を行使するにあたっては、身分を示す証票を携帯しなければならないことになっている。

 監督官は、労基法、安全衛生法、じん肺法、最賃法、家内労働法、作業環境測定法、賃金確保法、CO法及び労働者派遣法違反の罪については、司法警察員の職務を負うとしている。


 労働基準監督機関とは労基法、安全衛生法等各労働保護法の施行に当たる国の行政機関。

 労基法、安全衛生法等各労働保護法は使用者に種々の義務を課しているが、これら労働保護法規が遵守されているかどうかを見、そうでない場合は、遵法を確保するための適切な措置をとることが労働基準監督機関の主たる目的である。

 この目的を達成するために厚生労働省に労働基準局、各都道府県毎に都道府県労働局、各都道府県労働局管内に労働基準監督署が設けられ、その成果を期している。

参考:労働用語辞典

 建設現場の臨検監督に、斎藤君を連れて行くことになった。

 彼は、嶋本労働局嶋本労働基準監督署の第3方面に配属されている2年目の監督官。私は第4方面主任監督官で部下を持たない主任監督官である。

 なので、斎藤君は私の部下ではないが、監督署全体で若手を育てないといけないから、一緒に行ってものを教えてこい、というのが、安全衛生大好きな木下署長の方針なのだ。


 私もそれなりに安全衛生に関する臨検監督は行ってきた。造船所のクレーン崩壊、製鉄所の死亡災害、大きな建設現場での足場倒壊、化学工場の火災。いろいろ見てきたが、私が一人でやってきたわけではないし、今年から主任監督官になったばかりで絶対的な自信があるわけではないが、教える限りのことは教えたいと思っている。


「江口4主任、フルハーネスのつけ方はこれであってますか?」

「ん~大丈夫そうですね。念のために胴ベルトも持っていこう。斎藤君は胴ベルトつけたことありますか?」

「ないです。ちょっとつけて来ますので、お待ちください。」


 胴ベルトつけたことないのか。最近はフルハーネスがメインになっているし、局で特別教育も実施しているのでフルハーネスと違って、つけ方わからない子がいても仕方ないが……


「できました!」

「……うん。ダメ。おへそのところじゃなくて、腰骨のとこでつけてください。」


 といって、私は正しい位置でのつけ方を教えた。


「あと、明日から7月になるから、熱中症対策としてWBGT温度計と、コンベックスと、手袋があったほうがいいかも。今までは、他にどんな道具持って行っていました?」

「記録用にカメラを持っていくこともあったんですが……持って行ってもいいですか?」

「そうか。そんな方法もあるんですね。いいよ持っていこう。」


 そのほかのやり取りをいろいろした後で、法令関係の書籍を大量にカバンに詰め込み、建設現場に向かった。


 ついたのは鉄筋コンクリート造の15階建てマンションを作っている現場。13階のスラブ配筋をしていたので、胴ベルトはもとより不要だったかもしれない。内装まで取り掛かっているフロア、型枠解体しているフロア、型枠を作っているフロア、タワークレーンもロングスパンエレベーターもある。

 盛沢山だ。教える前に自分がちゃんと全部見れるのかこれ。


 現場内に駐車場がないので近くのコインパーキングに車を停め、「厚生労働省」と書かれたヘルメットを被り、フルハーネスを装着して、現場入り。

 斎藤君は監督署で付けたまま車に乗っていた。慣れていないと着けるのに時間がかかるから、ということだが、私個人的には車に座っているときにおしりが痛くなるからしたくない。


 まずは現場代理人に挨拶をする。そして、足場と本設階段を使って、上の階に登ることにした。荷物置く場所がなかったので、カバンを持ったままで。

 現場代理人曰く、事務所は10分ほど歩いたところにあるらしい。よくあるマンションの借り上げだろう。

 そこまで行っていては、現場が変更されるおそれがあるため、カバンを持ったままで現場に入ることにした。カバンを持ったままは危ないし、重たいし、暑いしあまり好みではないのだが、致し方あるまい。


 部屋数が結構あるマンションでエレベーターが2つあるらしい。各フロアのエレベーターの設置部分は開口部になっていることが多く、その危険性が2つもあると考えたら、立ち入り禁止命令を出す可能性がある。見落とさないようにしなければ。


 とりあえず一番上から降りてくるスタイルの私は、まずはということぇ現状の最上階である13階にたどり着いた。外部足場から登ったから結構時間がかかったし、さすがに疲れた。

 さらに長袖を着ているので汗だくになった。空調服を試着したときあまり意味ないだろうと感じたのが正直なとこだが、このときばかりはうらやましく思った。


 やっぱりだ。


 エレベーターのところがぽっかりと穴が開いている。囲いもしてないし、親綱も張ってない。

 やっぱり使用停止命令書を出さないといけないか。


 しかし、おかしい。

 1か所しか穴が開いていない。本設エレベーターが2つらしいから、開口部は2か所あるべきなんだが……


「江口4主任、あれは開口部ですよね。」


 さすがに2年目、いや、これは1年目でも気づくレベルだ。


「そうなんですよ。おそらくエレベーターホールですね。ちょっと行ってみましょうか。ちなみに、1か所空いているということは、他の1つもきっとあると思います」


 と周りを見渡しつつ、歩き出した。配筋屋さんと型枠大工がいろいろ作業していて、型枠材がそこら辺に散らばっている。

 もしかすると、エレベーターホールの穴を型枠材を乗せて蓋をしているのではないか、という疑問が出た。型枠に使われるようなちゃんとした合板ならば、大人一人が乗ったくらいでは全く大丈夫なのだが、薄いものになったり、躓いて動くような状態であれば、墜落の危険性がある。

 その考えに思い至った私は斎藤君に足元に注意して歩くように指示して、代理人さんに残りのエレベーターホールの位置を確認しないと、と思ったのと同じタイミングで斎藤君が型枠材の上に乗った。


「斎藤君、危ない!」


 私がそう叫んだとき、すでに型枠材がガタンという音を立てて斜めになり、大きな穴が顔を見せた。そこからは景色が、脳内がスローモーションになった。


 私が連れて行った現場で、25歳の若手を怪我させてしまったら、何のための監督官か。

 ましてや、死亡するなんてことがあってはならない。という考えが一瞬のうちに巡り、ゆっくりと、体感的には非常にゆっくりと斎藤君のもとへ駆けていた。

 こんなにも私の足は遅かったか。

 傾きかけた彼の身体をを突き飛ばし、床の上に押しやった。


 よかった、間に合った、これで最悪の事態は避けれた。

 そう思うと同時に、私の身体はエレベーターホールへと落下を開始していた。

 13階からの墜落。

 落下する感覚は中学校のころに川に飛び込んでいたのでよくわかる。無重力で落ちているという感覚より、加速している感覚のほうが、強く感じる。

 意外と人間、走馬灯なんて考えずに、生き残るための最善の手段を考えるものだ。

 飛び出ている配筋にでもフルハーネスが引っかかってくれないか、途中で型枠屋さんがごみを置いてくれていないか、最悪自分でひっかける方法があるかもしれない、そんなことを考えながら、すさまじい速度で過ぎていく各フロアの作業員と何回も目が合った。



 全身に痛みを感じる。気を失っていたのか、目を閉じていて、何が起こっているのかわからない。

 具体的に痛みがあるのは脇と股だ。

 この感覚は知っている。

 フルハーネスの吊り下げ体験をしたときに、同じところが痛くなった。


 ――つまり、私は墜落中にどこかに引っかかったのか!手足もぶらぶらしている!よかった。これで嫁を泣かせずに済むと思い目を開けようとしたとき、


「おい」


 腹から出したような低く響く声で呼ばれた。


 「おい、お前。変な人間が倒れているという通報があったが、なんだこの防具は。頭部は防具であろうが、体にまきついているものは防具か、それとも拘束具か?しかし頭部の防具は鉄ではないな。手袋は皮でできているのか。しかし、手首のところのこれはなんだ。何者だお前。」


 目を開けたとき、そこにエレベーターはない。確かに私の身体はフルハーネスで釣り上げられ、ヘルメットをコンコン叩かれていた。どういうことか周りを見渡したら、大男がフルハーネスのD管部分を握って私を片手で持ち上げていた。


 2mをゆうに越え、2.5mほどもありそうな人間。鼻は低く、耳はとがっており、髪の毛はとにかく太く多かった。

 肌の色は真夏の非常に日焼けしたときの私ぐらいのチョコレート色をしていた。体づくりをした俳優とかより、ボディビルをやっている人といっていいくらいの筋肉量が見て取れ、そもそも身長177cm、体重77kgの私を片手で持ち上げるほどの力だから、下手したらボディビルダー以上かもしれない。

 上半身は半そでポロシャツみたいに襟と釦がある楽な印象を受ける格好で、服の上からでも体系がわかり、筋肉粒々の証拠の逆三角形体系が想像できる。

 一方では下半身は体系が全く分からない。それは、ズボンがにっかぽっかというのが一番近いダボっとしたものだからだ。靴は、ブーツを、いや、脚絆を履いている。


「えっと……」


 状況が呑み込めず、なにを言えばいいのか考えていると


「なぜ答えない。拘束具であれば犯罪者か。だが、こんな拘束具は見たことがないが」

「あ、私、江口将臣と申します。」

なぜか、名前を言ってしまった。

「えぐちまさおみ。長い名前だし、聞きなれないな。」

「もしかしたら、フランク・ゴディオン人じゃないですか?」


 隣にいる女性が大男に話しかけた。見た目はほぼ同じだ。声から女性と分かったが。


「カリカ、お前もそう思うか。交流が浅いから名前になじみもないので、可能性はある。しかし、このような不思議な拘束具を見たことはないし、拘束具を身に着けて歩いている人間がいるというのも聞いたことがないぞ。お前、わが国、トロニス=ヘラクレイオンの人間か?」


 なるほど。私は高校で地理を選択し、大学入試共通一次では、地理で86点を取った人間だ。だけど、その国名は知らない。アフリカや中南米、オセアニア当たりの小国の可能性も捨てきれないが、日本語が通じている時点でおかしな話だというもの。つまり、地球上のどこの国でもない。

 はずである。


 そもそも、この顔の形、どっかで見たことあるな、と思ったら、指輪物語のウルクハイじゃあないか。あそこまで汚くはないが、大きさとか印象が重なっていく。

 人間の可能性もなくはないが、耳の先が少しとがっている人種は聞いたことがない。


 周りの様子をみると、そこは街のなかの表通りのようだった。

 目視幅15メートルほどの道路に、2階建てのレンガ造りの建物がいくつも面している。どれも同じぐらいの高さでそろっているのは、そういう規制があるからなのか、あるいは技術的にその高さが限界なのか。このようなレンガ造りは現代日本では見られない。道路はかなりしっかりと固められている土系舗装だ。まるで屋根のない商店街のようなそんな雰囲気だった。


 行きかうのはこれもまた指輪物語でみたエルフ、ウルクハイ、ドワーフ、そして人間がいる。多様な人種がいるようだが生活区が区分されている様子もなく入り混じっているし、人種関係なく話をしている様子が見て取れる。服装は様々だが、兵士のような甲冑を着た人はいない。

 牛のような動物に木でできた荷車を引かせている人もいる。車輪の幅を太くしているのは、土系舗装で埋まらないようにするためだろうか。


 建物は店のようになっているところもあれば、扉があるだけで中がわからないようになっているところもある。扉は鉄枠に木のドアだ。窓にはガラスが入っている。そういえばさっき「鉄ではない」と発言していたことから察するに鉄を作る技術はあるのだろうな。


 店は個人商店のようなものもあれば、いろいろな商品を取り扱っているところもあり、食べ物や工業製品を売っているようだ。店の看板に掲げている文字は楔形文字に似たものであるが、なんて書いてあるのかは一切読むことができない。

 流れてくる香りから察するに飲食店もあるのかもしれない。店ではない建物は住居だろうか。通りの先に目をやればほかの通りと交差しているところがある。


 以上の情報を総合的に考えると、いま私がいるのはファンタジー世界で間違いない。


 世界史を選択していないので、地球の歴史上「フランク・ゴディオン」という国があった可能性は否定できないが、さすがに、人種が色々いるのはおかしいだろう。


 そのうえで現時点で起こっている可能性は次の3つだ。

 墜落して頭を打って昏睡状態で夢を見ているか、あるいは死んで転生したか、エレベーターホールから落っこちてファンタジー世界に迷い込んだか。


 まず、いくら墜落時保護用のヘルメットをしているとはいえ、13階から落ちたら、助かるはずはないので昏睡状態で済むとは思えない。

 では、死んで転生したのか、ということになるが、そこで問題になるのがこの服装だ。嶋本労働局オリジナルの作業着を着て、胸にも「嶋本労働局」という刺繍がされている。着用しているヘルメット、安全靴、フルハーネスもそのままだ。死んで転生するのであればその世界に即した人物になることになるのが通常の話であろう。

 ということは、迷い込んだ説が最有力だろう。時空のはざまに入ったというようなそんな話だろう。


 やはり建設工事の現場では、安全第一でないと。型枠材を踏んで歩くなんて、不安全行動もいいとこである。そうして墜落転落災害が発生した結果、ファンタジー世界につながる穴を見つけてしまった。死亡災害どころではない、超重大災害じゃないか。神隠しを災害というのであれば。


 ここまでの急展開に頭がついてきているのは、そういう作品を読んだことがあるから、というだけでは説明がつかない。

 なぜか受け入れ体勢ができてしまっている。墜落した弊害か、何か変なテンションになってしまっているのか。

 私は自分が空恐ろしくなってきた。さすがにもうちょっと動転してもいいんではないか。

 なぜここまで受け入れてしまっているのだろうか。冷静に考えてみれば、落ちていく途中で気を失ったのもおかしい。

 確かに各階の作業員と目が合っていて、色々なことに思いをはせていたはずだ。それなのに気が付いたら道の真ん中だ。


 などと考えているとそのウルクハイから、次の質問が投げかけられた。


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