第八夜
クソ……やはりいたか……
貫通した穴を再生する。
「大丈夫ですか!」
「はい、大丈夫です」
「私も、問題ありません」
朝織と一緒に戦っていた捜査官二人も人型吸血鬼の攻撃をくらっていたようだった。
人型の吸血鬼はあざ笑うようにこちらを見ていた。
やっぱり巨大種の他に吸血鬼がいた。
周りには黒い小さい球が複数個浮いている。
まずい……
『黒月玉』
『血術・血壁』
朝織は右手の甲を左手の爪で傷をつけ、三人分の防御壁を出し、吸血鬼の攻撃を防いだ。
目の前に配置した『血壁』が攻撃を受け、バラバラと崩れる。
崩れた『血壁』の先では、ずっと人型の吸血鬼が笑みを浮かべている。
「へぇ、やるじゃん」
「二人とも! この吸血鬼は私が対処します。二人はそこの巨大種をお願いします」
「しかし!」
「大丈夫です。そこの吸血鬼は動きが鈍い。あなた方二人だけでも対処できるでしょう」
「蕗守さん!」
朝織は二人から距離を取るよう一気に人型の吸血鬼に突っ込んで首をつかみ移動した。
よし、これだけ離れれば。
あの黒い球の攻撃は、そこまで攻撃範囲が広いわけではないようだった。
二人にあの攻撃が当たらないであろう場所まで離れた。
「おいおい、あいつに三人で手こずってるくせに俺に一対一で勝てると思っているのか? ホントに馬鹿な種族だな」
こいつは多分、あの巨大種の支配主。つまりかなりの上位個体だ。
朝織は緊張感を高めた。
一人で勝てるかはわからない。それでも他の捜査官を守りながら戦うよりは、自分一人で対峙した方が動きやすいだろう。それに、勝てなくても自分の他に上位捜査官が来ている。その応援が来るまで持ちこたえられればいい。
『血術・血星』
首をつかんでいるため吸血鬼とはかなり至近距離にいる。
その状態のまま『血星』を放った。
「クッソ、痛ってーな」
朝織の攻撃の直後、吸血鬼に思いっきり蹴飛ばされ後ろに勢いよく飛んだ。
朝織と吸血鬼の間に距離ができた。
巨大種ほど体が硬いわけではないようで、『血星』吸血鬼を貫いていた。
しかし、それもすぐに再生してしまった。
ただ、朝織は勝機を見た。
一人で勝てない相手ではないと赤い大鎌を作り出す。
「かっ……はっ……」
早い……
距離はあったが一気に詰められ、吸血鬼に腹部を殴られた。
「ハ、ハァハァ」
スピードもさることながらパワーもあった。
さすがに上位種だと朝織は思った。
来る!
『黒月玉』
朝織は黒い球の攻撃を躱した。
ある程度距離があり、来るとわかれば何とか躱すことができた。
次の攻撃が来る前にと、今度は朝織が距離を詰め、大鎌を振った。
しかし、早い。大鎌の攻撃は吸血鬼をかすめただけだった。
「人間ごときが、俺の速さについてこれるわけないだろう」
「くっ、はっ、か、は」
吸血鬼の打撃が次々と朝織にあたる。
『黒月玉』
打撃の次は、黒い球の攻撃が放たれる。
『血術・血壁』
『血術・血星』
何……?
「おいおい、そんなもんか」
さっきは貫通したが、今回は貫通していなかった。
硬度が上がってる……
クソ……強い……
朝織が対峙した吸血鬼は、初めの想定よりも強かった。
『黒月玉』
絶えず黒い球が放たれる。
どうやらこの吸血鬼は魔力を使った攻撃は一つしかないようだったが、これが厄介だった。
躱すためにはある程度距離を保つ必要があり、容易に近づけない。
遠距離攻撃を放とうも、体が硬く致命傷を与えることができない。
攻撃と攻撃の間に少しのタメができるので、その瞬間に近づき近距離で攻撃をしようと思っても、スピードが速いので当てるのが難しかった。
黒い球の攻撃も完璧にかわせるわけではなく、何度か当たっている。
その都度、再生しているがこのまま防戦一方の戦いが続けば、いたずらに体力を消耗するだけだ。そうなれば最終的には吸血鬼に殺されてしまう。
『血術・血戦の夜』
吸血鬼の血を取り入れた人間は、肉体の強度・パワー・スピードが向上する。それは、取り入れた吸血鬼の持っている力に由来する。
朝織が使った『血戦の夜』は、体内で発動する血術で、これにより通常より肉体の強度・パワー・スピードが向上する。
しかし、これはかなり体に負荷がかかるので長時間使用はできない。
『血術・血星』
ただこのままでは、負けてしまうと『血戦の夜』を発動した。『血戦の夜』により攻撃の威力も上がる。
「くっ……何……」
威力の上がった『血星』は、吸血鬼の体を貫通した。
短時間で勝負をつけなければならない。
吸血鬼に接近し、大鎌を振る。
大鎌の攻撃も、吸血鬼にダメージを与えた。
再生する隙も、攻撃を放つ隙も吸血鬼に与えない。
『血術・血雨』
「っぐ、ぐっは、か」
……
………………
………………………………
吸血鬼は、緩まない朝織の攻撃に明らかに弱っていっていた。
よし、よし、いける。
しかし、その時が来た。
「ぐはっ……」
朝織は口から血を吐いた。鼻からも血が出ている。
体がしびれ、力が抜けていく。
完全に『血戦の夜』を発動しすぎた。
『黒月玉』
傷だらけの吸血鬼が放った黒い球をくらってしまった。
「ハァハァハァハァ」
再生が遅い。
傷の再生に集中していると、みるみるうちに吸血鬼が再生していった。
「クソが、人間ごときがよくもやってくれたな」
そこからは、ただ防御に徹するだけだった。
完全に再生した吸血鬼の攻撃が続き、朝織は、防御、逃げる、再生の繰り返しだった。
飛行スピードも落ち、防御壁の強度も低下していった。再生速度もどんどん遅くなっていく。
『黒月玉』
『血術・血壁』
「ぐ、かっ……」
ついには『血壁』を貫通し、そのまま複数の黒い球が朝織の体を貫通した。
朝織は、それにより地上へ落下した。
「ハァハァハァハァ……」
クソクソクソ……応援はまだ来ないのか……
地面に四つん這いになっている朝織に、助けを呼ぶ余裕はない。
「だから言ったじゃん。一人じゃ無理だって。じゃあ、サヨウナラ。君を殺したら次はあの二人だね」
「ハァハァハァハァ……」
ここで終わりか……
見上げる吸血鬼はまたあの笑みを浮かべ、周りを黒い球が囲っている。
朝織は確実な死を確信した。
「ハァハァハァハァ……」
は?
死を覚悟した朝織の前に人間が現れた。
捜査官……じゃない……
聖十字の正装である大きな十字架が背中に描かれた白いをコートを羽織っていなかった。
聖十字でないのであれば、また新たな吸血鬼化とも思ったが、吸血鬼の独特の雰囲気はなかった。目の前に現れたのは確実に人間だった。
それならばなおさら、
「ハァハァ……誰だ?……」