第七夜
蕗守朝織は、数日前、大型の吸血鬼が現れたとして鹿児島に来ていた。
「蕗守さん、わざわざありがとうございます」
鹿児島について早々、地域を担当する男性二人が迎え入れてくれた。
「仕事ですから。それであれから吸血鬼は?」
「初めて観測されてから以降、一度も現れていません」
朝織と同じくらいの年齢だろうか、若い男が答えた。
「警備を強化し、我々のほかに鹿児島にいる中位・下位捜査官で捜査しているんですが……」
中年の男性が、申し訳なさそうにしていた。
「いえ、見つからないものは仕方がないでしょう。しかし、大型種ですか……。大型種の他に吸血鬼の目撃情報はないんですよね」
「はい、それはありません」
朝織は違和感を覚えた。
知能の低い大型種がそれだけ見事に姿を隠せるのだろうか。
「他に目撃情報はないということですが、もしかしたらより上位の個体がいるかもしれませんね。私以外にも上位捜査官は鹿児島入りしているんでしたよね」
「はい、蕗守さんの他に先に三名の上位捜査官が来てくださっています」
「わかりました。それでは私も捜査にあたります」
「はい、お願いします」
たとえ、強力な個体が複数現れたとしても自分の他に上位捜査官が入っているならそこまで心配する必要はないかと思った。
朝織は、二人と別れ捜査にあたることにした。
朝織と先ほどの二人は、聖十字の人間である。
聖十字とは吸血鬼を討伐するために設立された国家組織である。
国家組織ではあるが、あらゆる情報に制限がかけられ、一般人には多くが明かされていない。それは、組織の内情が吸血鬼に漏れないようにするためであった。
吸血鬼の討伐にあたる捜査官は、大きく上位・中位・下位に分けられ、それぞれが1級から3級の階級があり、階級としては全部で9つとなる。階級は上がるにつれて捜査官の数は少なくなる。
下位捜査官は、吸血鬼の力を持たず、中位捜査官・上位捜査官の補助、混合種など極めて低級の吸血鬼の討伐、吸血鬼遺体の回収などを担う。多くの捜査官はここで聖十字捜査官としてのキャリアを終える。
中位捜査官は、吸血鬼の血を取り込み力を手に入れた捜査官で、中位捜査官から本格的に吸血鬼の討伐を行う。中位捜査官になるとその数はグッと減る。中位1級捜査官ともなれば、それ以下の捜査官からの尊敬の色も濃くなる。朝織を迎えてくれた二人は、中位捜査官にあたる。
そして、上位捜査官は吸血鬼の中でも上位個体の力を持った捜査官で、強力個体の討伐にあたる。現在、上位捜査官に数えられる捜査官は34人だけである。朝織はその中でも上位2級捜査官に位置する。
下位・中位捜査官は、日本各地に分散し、それぞれが担当地域を持つ。中位捜査官は基本的に二人一組で任務にあたり、そこに下位捜査官が加わる場合もある。下位捜査官だけでも操作は行うが、多人数で行動する。
朝織をはじめとする上位捜査官は、聖十字の拠点がある東京に常駐し、強力個体が現れた場合、命を受け任務を行う。上位捜査官は一人での任務が認められているが、強力な個体を相手にするため複数での任務も多い。
今回の任務は、朝織は一人で来ていたが、先に三人の上位捜査官が現場入りしているようだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
昨日は、鹿児島に来てからすぐに捜査開始したが大型種は現れなかった。
今日も午前中から捜査しているが、もう20時を過ぎている。
今日も現れないか……まさか、もうどこかへ移動している?
上空を飛行しながら、探しているが大型種どころか吸血鬼に出会わない。
吸血鬼は基本的に大きく離れた移動はしない。
それぞれがいわゆる縄張り的な限定的な場所で生活する。
なぜなら、一局に吸血鬼が集中すると競合が起こるからであった。
しかし、ここまで見つからないとなるとすでに移動しているか、やはり上位種が他にいて隠している可能性がある。
それを視野に入れながら、朝織は操作を続けた。
あれは……いた!
上空を飛んでいると、進行方向に吸血鬼が浮遊していた。
すこし距離があり、今の朝織からは小さく見えたが、月明かりに照らされたその姿は間違いなく吸血鬼だった。
朝織は飛行スピードを上げる。
目下に吸血鬼をとらえた。
かなり大型の吸血鬼が、大学内で暴れている。
構内に残る人間が逃げ回り、人の悲鳴と吸血鬼の咆哮が混ざり合っていた。
先日、現れた吸血鬼はこいつで間違いないだろう。
朝織は構内に降り立った。
その際、自分の人差し指に傷をつけ、
『血術・血星』
下降しながら、あいさつ代わりに攻撃を放った。
それが効いたのだろう。
悲鳴に似た声を吸血鬼が上げた。
吸血鬼は地団駄を踏んでいる。
「蕗守さん! よかった!」
朝織が到着するより先に、あの二人の捜査官がいち早く着いていたようだった。
「さぁ、早くこいつを倒しましょう。私とあなた方がいれば倒せるでしょう」
構内は周りの建物が損壊し、学生だろうか何人も倒れていた。
早く倒さなければと、すでに再生している先ほど傷をつけた人差し指にもう一度傷をつけ、
『血術・血星』
を放った。
朝織が取り込んだ血の持ち主は、血術の使い手だった。
血術とは、魔力と血を混ぜて放つ技である。
この操作はかなり難しく、上位種の吸血鬼でも血で物質を創造するなど簡単な操作はできても、戦闘技として使える者は限られている。
その中でも、朝織が血を取り込んだ吸血鬼は、血の操作に長け、完成度の高い血術を使う強力な吸血鬼だった。
ただ、この血術は圧倒的に吸血鬼側の技であり、それは高い再生能力を持つからである。
吸血鬼の力を手に入れた人間は、再生能力も手に入れるが、しかし、その能力は元来の吸血鬼よりは劣る。
吸血鬼は自分の血を大いに使えるが、朝織はそうではなかった。あまり血を使いすぎると再生が追い付かず、最悪死んでしまう。
『血術・血雨』
人間にとってはそれだけ不利な技ではあるが、血術において攻撃の物質量はイコール血液量ではない。魔力を混ぜることによって血液の物質量自体が増えるため、攻撃の物質量はそれに依存する。
そのため、失血死の恐れがあるほどまで血を使うことは基本的にはない。
血術は、すぐに再生できるほどの少量の血でも強力な攻撃が可能となる。
朝織は攻撃を続け、他二人の捜査官も攻撃をし続けた。
対峙している大型種は動きが鈍く攻撃を当てるのは容易だったが、やはり大型種らしく体が硬くなかなか倒すことができない。
それでも攻撃を当て続ければと戦いを続ける。
「クッ……ハッ……」
空中から攻撃を放っていると、何かが体を貫いた。
腹部に穴が開き、出血している。
なんだ?
「ハハハハハ、おいおい来るのが早いな」
腹部を手で押さえながら振り向くとそこには、人型の吸血鬼がいた。