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第四夜

「ハァ……ハァ……は、はい?」


 頼み?頼みがある?この僕に?吸血鬼が?


 殺されると思った礼衛は、吸血鬼のその言葉に困惑し、思わず聞き返した。


「あぁ、ハァハァ、少年……頼みだ……儂の血を……儂の血を飲んでくれ(・・・・・・・・・)


「血?……」

 えっ……血……血を飲む?吸血鬼の血を?……いやいやいやいや、待て待て、吸血鬼の血って……

 それが何を意味するか、礼衛にはわかった。

「儂を受け入れろ」

「む……無理です……」

 礼衛は、その頼みを拒否した

 吸血鬼の血は人間にとって猛毒である。人間が一定量吸血鬼の血を摂取すれば、高確率で死ぬ。

 稀に相性が良く、血の取り込みに成功する場合があるが、その場合、吸血鬼の力を手に入れることができる。

 それを利用しているのが聖十字だった。

 聖十字は、対吸血鬼の世界的組織だが、吸血鬼の血を飲み、力を手にすることで吸血鬼討伐を行っている。確かに聖十字の人間のように吸血鬼の血を取り込み死なず、力を手にした例はいくつもある。ただ、それは体を鍛えればいいわけではなく、精神力を極めればいいわけではなく、相性が合えばの話で、ほとんど奇跡に近かった。

 聖十字でさえ血の取り込みに成功した人間は、ごく一部の人間に限られている。


 目の前にいる吸血鬼は、多分、普通の吸血鬼ではない。

 それは、礼衛にも分かっていた。

 吸血鬼の頼み通り、血を飲めば必ず死ぬだろう。

 極短時間で、何度も死を覚悟した礼衛だが、吸血鬼の血を飲んだ先にどのような苦痛が待っているかはわからない。

 だから、その頼みを拒否した。



「少年……もう時間がない……」

 吸血鬼は、見てわかるほどにどんどん衰弱していっている。

 なぜこの吸血鬼は自分に血を飲ませようとするのか、吸血鬼が人間に取り込んでもらおうとしている理由がわからなかった。

 聖十字など吸血鬼の血は、死んだ吸血鬼から回収して利用していた。

 生きている吸血鬼の血を飲み力を得るなんて聞いたこともないし、わざわざそんなことを頼む意味がわからない。

 あくまでも人間は吸血鬼にとってただの殺傷対象なのだから……

 自ら力を渡すなんて……



「我々二人が周りに感知されぬよう術を張っているが……それももう持たない……術が解ければ今暴れている吸血鬼に気づかれ殺しに来るだろう……頼む、儂の血を飲んでくれ……そう遠くない未来、この世界に地獄がもたらせられる……儂はそれを止めなければならない……儂の血を飲み力を手にしてくれ……だから……」

 地獄?なんのことだ?それを止めるために力を渡そうとしている?

 大きく息をつきながら、一言ひとことゆっくり吸血鬼は口にした。

「で、でも……あなたの血を飲めばたぶん私は死にます……私には無理です」

 世界にもたらせられる地獄が何のことかわからなかったが、やはり吸血鬼は礼衛に取り込んでもらおうと思っているらしい。

 そんなの無理に決まっている。

 もう一度、礼衛は拒否した。


「少年……お前の言う通り吸血鬼の血は人間にとって猛毒だ……しかも儂は吸血鬼の王(・・・・・)……そこらの吸血鬼とはわけが違う……儂の血をものにできる人間はゼロに等しいだろう……だが、だからといって、少年、お前もケガをしているではないか……これではお互い死を待つのみ……」

 吸血鬼の王と自ら名乗ったその吸血鬼が、本当に吸血鬼の王であるのかなど疑いもしなかった。それどころか納得した。

「もう分かるな少年……儂もお前に賭ける。だからお前も覚悟を決めて、見事、耐えてみせろ。少年!」

 最後に呼んだ少年という言葉は礼衛を鼓舞するように力が入ったものだった。



 少年と呼ばれたその余韻は、まだ残っていた。

 だが、礼衛の体は宙を浮いていた。

 その様相からは想像もできない速さで、吸血鬼は右手で礼衛の首をつかまえ体を持ち上げた。



「くっ……はっ……」

 吸血鬼の首をつかむ力が強く、うまく呼吸ができない。


「はっ……はっ……はっ……」

「少年……すまない……」

 呼吸もままならず、だんだん思考と視界に霞がかかっていた。

 薄れゆく中、吸血鬼は申し訳なさそうにそう言った。



 顔中に血なまぐさい暖かい感触があった。

 吸血鬼は、血が漠々と流れる欠けた左肩に礼衛の顔を思いっきり押し付けていた。

 飲んじゃだめだ、飲んじゃだめだと思いながら、それでも吸血鬼の力が強く、酸素を探してしまう。

 意志に反して酸素と共に吸血鬼の血が、口の中にどんどん入ってくる。



 ……

 ………………

 ………………………………



 どれほどの血を飲んでしまったかわからない。もうそんなことどうでもいいほどに頭が回らなかった。

 


 それは突然襲った。

 


「あぁああぁああぁああぁああぁぁぁぁぁあああ」

 痛い、痛い、痛い、痛い……熱い、熱い、熱い、熱い……苦しい、苦しい、苦しい、苦しい……


 礼衛に激痛と苦しみが襲い掛かった。

 大学出口前に現れた吸血鬼に受けた攻撃とは比べようにないその痛みは体の内側から支配した。

 その痛みは内側から何かが貫くような痛みで、内臓物が雑巾のように絞られるような痛みで、全身の骨が意志を持ち体中で暴れ体内を傷つけているような痛みだった。

 また、血液に熱湯が流れているような熱さ、体が圧縮されるような苦しみも同時に礼衛を襲った。



「あぁああぁああぁああぁああぁぁぁぁぁあああ」

 ただただ叫びながら、礼衛は悶絶し、吸血鬼に首をつかまれながら暴れた。



 それは礼衛には永遠に感じられたが、実際は全身に地獄が置かれた数秒後のことだった。

 吸血鬼の手から体が離れ、地面に落ちた。

 悶絶する一瞬の視界に、吸血鬼が倒れるのが見えた。

 だがそれどころではない。

 硬い地面の上で、体全体で礼衛は暴れた。

 どれだけ暴れようと痛み苦しみは和らぎはしなかったが……



「少年……耐えろ……」



 微かにそう聞こえた直後、プツンと礼衛の意識が途切れた。




 

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