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第三夜

 あれが……吸血鬼……



 礼衛は初めて実物の吸血鬼をその視界にとらえた。

 吸血鬼は、人間ほどの大きさのものから大型のものまでいるが、上空を浮遊している吸血鬼は明らかに大型種だった。


 あっ!痛った!


 ボーっと上空の吸血鬼に気を取られていると、こちらに走ってきた男がぶつかってきた。

 その勢いに礼衛は、地面に倒れたが男はそのまま走って行った。

 礼衛にぶつかった男のほかにも、多数の人間がなりふり構わず吸血鬼とは別の方向に走っていた。


 そうだ、僕も逃げなきゃ……


 礼衛もすぐさまに立ち上がり、吸血鬼から逃げるよう走った……



 途端、背後で大きな破壊音がした。

 逃げなければいけないのに、ほぼ反射的に振り向くと、背丈が大学構内のどの建物よりも大きい化け物がいた。

 上空の吸血鬼は、急降下し構内に降り立ったようで、四足歩行の黒い化け物は尻尾のようなもので建物を破壊し、それに多くの構内に残る人間が巻き添えになっていた。


 やばいやばいやばい……


 礼衛は、またすぐさま逃げていた方に走った。

 幸運なことに背後で暴れている吸血鬼とはある程度距離もあり、どうやらその場所で暴れまわっているだけで移動している様子はなかった。

 背後からは、人の叫び声と共に怪物のものであろう哮り立つ声が聞こえてきた。

 それらを背に受け、ただひたすら走った。


 このまま逃げれば助かる……


 無我夢中で走った。

 あと数メートルで大学の敷地を出る。

 とりあえず、大学を出れば……

 あと少し、あと少し……



 へぇっ……?



 一直線に大学出口に向かう礼衛の前には、複数の人間が走る後ろ姿があったが、先頭の方からバタバタと倒れていき、こちらに引き返してくる者もいた。


 何が起こっているかわからない。


 ただその異変に礼衛は立ち止まって、20メートルほど先の出口を少し視線を上げ、見た。



 そこには翼を持った人間が浮かんでいた。


 

 浮かんでる?……人間?……じゃない!



 それは当然人間ではなく、ただ、直前に大型の吸血鬼を見てしまった礼衛にはその姿が残っており、出口付近に浮かんでいる者が一瞬、吸血鬼であることに気づくのが遅れた。


 人型の吸血鬼は無数の何かを放ち、それにより目の前の人間がどんどん倒れて行った。

 

 瞬間、猛スピードで吸血鬼がこちらに向かってくる。

 同じくこちらに引き返して走ってきた人間を倒しながら。


 ど、どう、どうしよう……


 礼衛は、判断もままならぬままとりあえず先ほど走ってきた方向を向いて走った。

 考えがあるわけではない。体が勝手に動いた。


 引き返して数メートル。


 礼衛に激痛が走った。

 何かが体を貫き、貫き、貫き、貫いた。


 地面に倒れる寸前、その地面にピンポン玉ほどのくぼみがいくつかできていた。


 前倒れに倒れた礼衛は、何とか体を仰向けにした。


 痛い、痛い、痛い……


 体中が痛く、熱く、呼吸も早くなる。

 もはや何をされたかは当然だが、どこが痛むのかさえ分からない。

 激痛の中、両手で上半身に手を置いてみる。

 生暖かさが手の皮膚を伝った。

 ゆっくりと掌を顔の真上に持ってくると、薄暗い中でも確実なほど真っ赤に染まっていた。

 

 血……


 赤く染まった掌を見て、全てに諦めてしまったせいか、次第に頭がぼーっとし、痛みよりもその赤に気を取られ、ぼやける視界のなか見つめていた。


 だんだん瞼も重くなり、ついに閉じたその時、体がグッと軽くなった。


 あぁ、もう死ぬんだな。


 このまま死ぬのを待つだけと礼衛がそう思っていると、父と母の姿があった。



 父さん……母さん……?



 礼衛の中で、父と母がその姿を見せ、二人は礼衛に向かって笑って手を振っていた。


 父さん! 母さん!



 礼衛は、走った。

 


 巨大な吸血鬼から逃げるためではない、得体のしれない攻撃を放つ吸血鬼から逃げるためではない。いつものように優しい笑顔を向けてくれる父と母に向かって走った。



 父さん! 母さん!

 会いたかった……会いたかった……



「お兄ちゃん!」


 

 美香?



 突如美香の声が礼衛に聞こえた。

 礼衛はその声に立ち止まった。


 美香?美香?だって美香はいないし、どこから……

 

 笑って手を振っているのは、父と母だけ。そこに美香の姿はない。


 だって美香は繭病で今寝たきりで……


 繭病……繭病?

 


 そうだ!まだ美香がいるじゃないか。僕がここで死んだら美香は……ダメだ……


 突如聞こえた美香の声に、冷静になった。このまま自分が死んだら寝たきりの美香を一人残してしまう。もし美香が目覚めても自分が死んでしまったら美香は一人じゃないか。



 もうそこに父と母の姿はなかった。



 礼衛は重い瞼を開ける。

 先ほどより頭もすっきりしていたが、同時に体の痛み、熱さが蘇る。


 だがこれでいい、これでいいと礼衛は思った。まだ生きていると。


「……み……みか……」


 痛みをこらえ、まずなんとか力を振り絞り、体をもう一度、うつ伏せ状態にした。

 血の付いた手を地面に突き、体を起こそうとしたとき、誰かが目の前に立っていることがわかった。

 目の前の足元には血が溜まっており、今もなお、頭上からポタポタと血が降ってきていた。


 なんだ?誰?


 足元の向き的にそれは礼衛の方向いていたし、どうやらケガもしているようだ。


 礼衛は、重い頭を上げ足元からゆっくり目線を上げていく。



 えっ……



 そこには、左肩を欠損した老いた吸血鬼が立っていた。

 その吸血鬼は恐怖を帯び、死の匂いを漂わせていた。それは大学に襲来した先ほどの二体の吸血鬼とは比べ物にならないほどに。


「まっ……へ……はぁはぁはぁ……」


 まともに声を出せず恐怖が言葉にならなかった。

 一瞬、逃げることも考えたが、今のこの状況、目の前の化け物、礼衛は確実な死を感じ、逃げるという選択肢はすぐに消えてしまった。



 あぁ……ごめん……美香……



 ……

 ………………

 ………………………………



 ……なんだ……



 礼衛は、死を覚悟して頭を下げ地面を見つめていたが一向に何もしてこない。

 もう一度、目の前の吸血鬼を見る。

 

 左肩が欠け、今の礼衛と同じように「ゼェ……ゼェ……」と体全体で呼吸していた。


 そういえば、どうしたんだ。


 なぜ、目の前の吸血鬼は右肩が欠損しているのか疑問がわいた。血も大量に出ているし、明らかにケガをしていた。


 その姿を見つめていると、静かに吸血鬼が口を開いた。


「少年……生きていたか……ハァハァ……」

 

 随分と老いた吸血鬼、発せられた声は夜のように冷たく深かった。

 その声に、体が硬直した。体の痛みなんてどうでもいいほどに。


 そしてそんな礼衛を前に、もう一度、吸血鬼が口を開く。



「ハァハァ……少年……お前に、頼みがある……」




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