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第二夜

 夜になると心がざわつく。

 あれからもう数か月に経ったのに、いまだ慣れない。



 枦里礼衛(はぜりゆきひろ)は、いつものように図書館で閉館時間ギリギリまで時間を過ごし、大学構内を歩いていた。

 もうすっかり空も暗いが、構内にはまだ結構な人が残っており、話し声や笑い声があたりから聞こえてくる。さすがに教室の電気はついておらず、構内に漏れる光の量はそこまでだが、図書館はまだ電気がついているし、サークル棟にもどうやら学生たちがいるようで、また、設置されている外灯もあって、十分明るかった。

 ただそれでも、夜特有の空気感、冷たさ、薄暗さは確かにあったが。


 礼衛は歩きながら、いつものように父と母のことを考えていた。

 夜が連れて行った父と母のことを。

 夜になるとどうしても二人の姿がチラつく。

 

 数日前、近くに大型の吸血鬼が現れ、散々暴れた末、どこかへ消えた。

 また現れる可能性があると、東京から対吸血鬼の組織である聖十字の人間が、やってきて警戒を高めているようで、登下校中何度か見かけた。

 

 聖十字に対する安心感か、まさか自分たちの前に吸血鬼が現れるはずがないという危機感の低さからか、周りの人間から吸血鬼のことを気にする様子は見られなかった。


 そんな周りをよそに、礼衛はひとり、家へ向かう足を早めていた。

 


 吸血鬼……

 それは数か月前のことだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 土曜日の夜。

 礼衛は、家で趣味である読書に耽っていた。

 物語へ没頭している最中に、スマホに着信があった。

 画面には「父親」という文字があった。礼衛は、大学入学を機に地元を離れ、一人暮らしをしていた。現在、離れて暮らしている父親から電話がかかってくるなんて珍しいと思ったが、別に出ない理由はないので、電話に出た。


 聞こえてきたのは父親とは違う別人の男の声。

「礼衛、俺だ!」

 電話越しの男からは、随分慌てている様子が短い言葉から伝わってきた。


「俺?」

 その一言では声の主がわからなかったため、反射的に聞き返した。

「俺だ、お前の叔父さんの孝道(たかみち)だ」

「あぁ、孝道叔父さん。どうしたの、これ父さんのスマホだよね」


 電話越しの男は、自らを孝道と名乗り、礼衛の中で人物が一致した。

 確かに、この声は孝道叔父さんだ。

 ただ、叔父さんがどうして父親のスマホから電話をかけてきたのだろうか。


「今から俺が言うことを落ち着いて聞くんだ」

「え? う、うん」


 叔父さんの慌てた様子、どこかで聞いたような前置き、ドラマか何かみたいだと思った。



「お前のお父さん、お母さんが吸血鬼に殺された」



「え?」



 叔父さんが何を言っているのか、礼衛にはわからなかった。わからないからその言葉を聞いても別に取り乱したりはしなかった。

 それこそ叔父さんに言われた通り、妙に落ち着いていた。


「さっき、俺のもとに警察から連絡があって、お前のお父さんとお母さん、妹が吸血鬼に襲われたらしい。今、身元確認のために病院に来ているんだが、残念ながら間違いない」

 最初気づかなかったが、電話越しに叔父の声の向こうで、女性の泣いている声がうっすら聞こえてきた。

 頭が真っ白になるといったことはなく、叔父の言葉と共にその泣き声が頭に残った。

 礼衛は、冷静に言葉を反芻した。

 お父さんと、お母さんが死んだ? 

 吸血鬼に殺された?

 でも襲われたときに妹も居たということだし、じゃあ妹は?


「礼衛、動揺するのもわかる。正直、俺もなにが何か……、ただ、とりあえず今からこっちに帰ってきてくれ。駅には俺が迎えに行くから」

 礼衛の静かさを、どうやら叔父は動揺ととらえたようで、その叔父から、帰ってくるようにと言われた。

「うん分かった」

 淡々と返事した。



 もちろん、大学に入学してから夏休みや春休みなど長期休みには帰省も何度かしていたため、これまでと同じように手順を踏んで新幹線に乗り込んだ。まだ何本か便が残っていたようで、一番早く来る新幹線のチケットを買った。

 いつもなら駅でお土産を買うので、大量の荷物と共に新幹線に乗り込むが、この時の礼衛はリュックだけ。

 新幹線に乗っている最中は、窓のお外をみたり、文字盤に流れる文字を眺めたりと、父親や母親のことはあまり考えなかった。

 それが意識をしてか、無意識かはわからない。


 地元の駅に到着すると、すでに叔父の姿があった。


「大丈夫か」

「うん」


 叔父と交わしたのはそれだけで、車に乗り、病院に向かった。

 道中は、お互い無言だった。



 通されたのは、霊安室と書かれた部屋だった。


 病院に着くと、警察、聖十字の人間に向かい入れられ、その中に叔母の姿があった。さっき電話越しに聞こえた泣いている女性の正体はどうやら叔母のようだった。

 叔母は、礼衛が病院に着いた時も、まだ少し涙を浮かべており、涙を浮かべながら

「大丈夫だから、大丈夫だから……」

 と背中をさすってきた。

 礼衛は叔母に背中をさすられながら、そのまま霊安室に足を踏み入れた。


 部屋には台が置かれ、その上に白い布がかけられた何かが置かれていた。当然、布の下に遺体があることはわかっている。

 礼衛は、立ち止まることなく台のそばまで行き、白い布をめくった。

 そこには、血色のない父親と母親の姿があり、顔から体の方に視線を流すと、父親の腹部には大きな穴が開いており、母親の下半身は、無かった。



「うゔゔぉおゔぉおおおぉおおおぉお……」



 その無残な二人の姿を見て、礼衛は膝と手を床に突き、嘔吐した。

 

 父さん、母さん、父さん、母さん、父さん、母さん……


 口の中に気持ち悪さを残しながら、礼衛はもう一度、顔を上げ、立ち上がり、父と母の姿を見た。


「うう、う、父さん、う、、母さん! なんでなんでなんで……、うぅぅ、う、うぅぅぅ、う、う」

 先ほどまでの妙な落ち着きが嘘のように、父親と母親の手を握りしめ、大粒の涙を流しながら、嗚咽交じりの声を上げた。


 握った手は、人間のものとは思えないほど冷たく、その冷たさにはっきりと両親の死を理解した。



 それは夜に似た冷たさだった。



 霊安室に入って、どれだけの時が過ぎたかわからないが、一通り泣くとだんだん落ち着きを取り戻した。

 すると、背中に暖かな存在を感じた。

 礼衛が振り返ると、叔父さんと叔母さんが真後ろにいた。どうやら、ずっと背中をさすってくれていたみたいだった。

 泣きすぎたせいか、頭が少し痛かった。

 だがその頭の痛みは、あることを思い出させてくれた。


「叔父さん、叔母さん、そういえば美香(みか)は? 襲われたとき一緒にいたんだよね」


 美香とは、礼衛の三歳下の妹だ。

 叔父さんの話によれば、美香も父さんと母さんと一緒にいたらしいが……


「あぁ……う、うん」


 美香のことを聞くと、目の前の叔父と叔母の顔の暗さが、一層濃くなった。


 何も言われず、案内された個室のベッドに美香は眠っていた。

 眠っているだけなら、別に特別なことではないが、その体は顔以外を白い絹糸のようなものに包まれていた。


「こ、これは?」


 不思議なその様子に、礼衛は戸惑った。


「これは、繭病っていうの」

「美香ちゃんは、兄さんたちの遺体のそばでこの状態で眠っていたらしい」

 

 繭……?

 確かに言われてみれば、美香のその姿は繭のようだった。

 礼衛も、繭病については聞いたことがあったが、そこまで詳しいわけでもなく、実際はじめてみた。


 その後の医者の話によると、繭病は世界各地で確認されている症状だが、その原因究明には至ってなく、治療方法もないらしい。

 心臓は、微弱ながらちゃんと動いており、死んでいるわけではないが、これまで繭病になった人間の中で、目を覚ましたものはいまだ一人もいないということだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 礼衛は今でもあの日のことを、鮮明に覚えている。今思えば、父と母の死を知ったあの時の落ち着き、冷静さは、そのことを記憶にしっかり刻ませるためのものだったのかもしれない。それほどまでに、あの日の一連の記憶がいやに明確に刻まれていた。


 夜になると余計に記憶の色は、鮮やかで、嫌でも思い返してしまう。

 

 今の礼衛の救いは、妹が生きていることだけだった。だが、その妹もいまだ目覚めてはいない。

 なんとか、妹を目覚めさせられないかと毎日、吸血鬼や繭病について調べていた。今日、閉館ギリギリまで図書館にいたのもそのためだった。

 しかし、まだなにもつかめていない……



「お、おい、あれ」

「あれって、まさか」

「キャー」


 礼衛が、父や母、妹のことを考えていると、何やら急に周りが一段と騒がしくなり、ただならぬ空気を感じた。

 なんだ?

 騒がしい方を向くと、学生たちが、上を見上げ、空に手を上げ指で刺している者もいた。


 自然と礼衛の視線が夜空に向かう。



「え?……」



 見上げた夜空には、大きな大きな吸血鬼が浮遊していた。


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