第十八夜
ザルゼアとアリベルがいてくれるなら……
ザルゼアの眼差しに、吸血鬼と戦うことへの恐怖が少しは薄れた。なぜなら自分には二体の強力な吸血鬼がついていてくれているからと。
ザルゼアとアリベルがいてくれるなら大丈夫だと思った。
そのため今の礼衛にはある意味、油断があった。さきほどまで迫っていた吸血鬼集団の危機は免れ、ザルゼアとアリベルという味方をつけたのだからそれは当然のことで、周りの捜査官たちもそれは同じようだった。さきほどまでの緊迫感を考えれば明らかに部屋の空気が緩んでいる。ザルゼアとアリベル対する恐れや敵対心も心なしか薄れているように感じた。
だから、それは仕方がないことだった。
ザルゼアの姿が大部分を占める視界の端で、何らかの青い光が1~2秒ほど現れた。
異様な閃光は全く無視できるものではなく、反射的にそちらに顔が向いた。
一瞬の閃光はもちろんもうそこにはなかった。
顔を向けた先にあるのは、捜査官が三人。
一人は右腕が欠損し、一人は左わき腹あたりから血を流している。そしてもう一人。ちょうど二人の間に立つ捜査官は、首から上が消え去り、血が噴き出ている。
「……う、うっが……は……」
その光景が視界に現れてすぐに、右腕と左わき腹に傷を負った二人が声を漏らすようにその場に倒れこみ、頭のないもう一人は後ろに背中から意思なく倒れた。
「お、おい!」
「今の光はなんだ」
「大丈夫か!」
三人がそれぞれ倒れるのと同時に、捜査官たちが騒ぎたち、三人に一気に駆け寄った。上部の部屋からはより一層の騒がしさが聞こえ、喚き声や悲鳴のようなものが落ちてきた。
なんだ、なんだ、何が起こった? 今の光は……?
「おい、ザルゼア」
「あぁ」
捜査官三人の様子に頭は回れど体は動かない。倒れこむ人。人体から溢れ出る尋常ではない血液量。このような光景は大学でブベルブゼに出会ったあの日以来。以来といってしまえば、つい数日前のことだが、その衝撃は決して見慣れるものではなく、礼衛は硬直した。
右腕と左わき腹に傷を負った二人はなんとか再生を試みているようだが、背中から倒れた男は、もう完全に死んでいる。目の前で人が死んでいる。
「吸血鬼でしょう」
ザルゼアのその言葉は呆然とする礼衛に向けたものであろう。
「吸血鬼?」
だから、礼衛はまたザルゼアの方に顔を振り向け、尋ねた。
「えぇ。今の光は吸血鬼による攻撃でしょう。さっきの集団の中にいた吸血鬼か、あるいはまた別の新しい吸血鬼かはわかりませんが」
このような光景になれているのか、そもそも吸血鬼とは根本的にそういう性質の存在なのか、それはわからないが、騒々しく沸き立つ人間たちと異なり、倒れ血を流す三人の方を見つめながら、淡々とザルゼアは言った。
吸血鬼……そういえばさっきの青い光は……
ザルゼアは、吸血鬼の所在がわからないといったが、確かこちらに向かっていた吸血鬼集団から青い閃光が放たれていた。今回はしっかりその姿を捉えたわけではないが、視界の隅に映ったのは青色だった。今でもその残像が頭に残っている。だから、もしかするとと思った。
「おいおい、なんで吸血鬼がここにいる」
青い閃光は事故ではない。吸血鬼による意図的な攻撃。つまり攻撃者は近くにいることは冷静に考えれば当然のことだった。
なので、本来ならば次、来るかもしれない攻撃を、吸血鬼の存在を警戒しなければいけなかった。ただ、血を流す捜査官に気を取られたせいか、ほかの捜査官たちの騒ぎに集中がそがれたせいか、またはザルゼアやアリベルに対する安心感によるものか、十分な警戒心を持っていなかった。
そんな礼衛にとって、異質は突然のことだった。
突如、背後から首を何者かにつかまれた。到底、生き物とは思えないひどく冷たい感触が、首から全身に伝わる。そして、不気味でしゃがれた声がすぐ後ろから聞こえた。
なになになに……
いきなりのことに、思考がそがれる。その冷たい手に、不気味な声に身動きが取れなくなった。少しでも動いたら殺されるといった根拠はないが、確かな恐怖を感じたから。
「吸血鬼だ!」
誰かがそう叫んだ。
やはり首をつかむ存在は吸血鬼のようで、緊迫感が増す。
周りの捜査官たちの注目が一気にこちらに向けられているのがわかる。
身動きをとることができないので、首を握られたまま目を動かすことしかできないが、捜査官たちは一斉にこちらに飛び掛かろうとした。
「動くな。殺すぞ」
だが、吸血鬼のその言葉にピタリと止まってしまった。
「礼衛さまを離せ」
目の前のザルゼアからは憤りを感じた。淡々としているザルゼアが、今はこちらを睨みつけている。
「もう一度聞く。なぜ吸血鬼がここにいる。しかも二体も」
「礼衛さまから離れろ」
「礼衛さま? まさかコイツのことか」
吸血鬼はそういいながら、礼衛を前後に揺らした。
「そうだ」
「吸血鬼が人間ごときに「さま」だと? どういった了見だ」
「お前には関係ない」
「まさか、人間に味方する吸血鬼がいるとは。ここに向かっている途中、攻撃を受けて俺の配下が全滅したが、お前じゃないだろうな」
やはり、さっきの大型種を引き連れていた吸血鬼のようだった。
「私がやった」
「そうか、そうか。死ね」
首を握る手が一気に強くなる。
「ぐはっあ……」
息ができない。首を絞めれれるとともに、吸血鬼の爪だろうか、首にめり込んできて、血が垂れるのが感じ取れた。
死ぬ……