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第十七夜

 何だこれ……全然違うじゃないか……



 礼衛(ゆきひろ)の記憶にある黒月玉(シュレストマ)は一つ一つの球体がピンポン玉ほどの大きさだったはず。

 しかし、ザルゼアが生み出した黒い球体は明らかに大きく、礼衛が知っている黒月玉(シュレストマ)の数十倍、もしくは数百倍の大きさだった。

 部屋の壁も一面がかなりの面積だが、それでも黒い球体が数個ほどで外の世界が全く見えずにいる。

 礼衛はにわかには信じられずにいたが、確かにザルゼアは球を出す前に黒月玉(シュレストマ)と言った。

 それを信じるのならば、吸血鬼としての格がたった一つの技で明らかになったことになる。ザルゼアがいかに強力な吸血鬼であるかは、巨大な黒い球体を前に容易に感じ取ることができる。

 ほかの捜査官も礼衛と同じことを感じたのか言葉を失っているようだった。それは米田(よねだ)駕峰(がほう)伊路(いじ)屡御(るみ)の四人でさえも。


「では、礼衛さま。いきますよ」


 ザルゼアの言葉に静かに唾をのみ込んだ。

 球体は、ゆっくりと前方へと進みだし、部屋から見える球体の数が増えていった。

 やはり目視できない部分にも球体はあったらしい。

 前に進むにつれ球体の大きさもだんだんと小さく感じるようになったが、百メートルほど進んだだろうか、球体が一気に速度を上げ、一直線に飛んで行った。

 球体はその一つ一つが確認できないほどに小さくなり、その代わりに建物の外の世界が明らかになった。こちらに向かっている吸血鬼の集団は、その像が確実に大きくなっている。


 球体が急加速してまもなく、聞こえてきたのは衝撃音と鳴き声とも悲鳴とも叫び声ともとれる混沌とした野太い絶叫だった。まだ、こちらに向かっている吸血鬼とは数キロは距離があるように思えるが、はっきりとそれらの音が届いた。


「ま、まずい、落ちる……」


 誰かがそう発した。礼衛も含めその光景を見ている捜査官たちはより前のめりの姿勢となり、注視した。

 距離があるため明確に光景がわかるわけではないが、しかし、ザルゼアの黒月玉(シュレストマ)が効いているのは絶対的だった。それはそれで喜ばしいことだが、数十体の浮遊した大型種の中から次々と地上に向かって大きな像が落下していった。

 当然、集団の真下は人間の生活圏であるはずで、建物もたくさん立っている。どれだけの避難が進んでいるかはわからないが、建物などへの影響も含め、一体一体がかなり巨大な大型種が地上に落ちれば、甚大な被害が出るであろうことは想像にたやすい。


 このままではまずいと礼衛も思った。

 だから、ほかの人間も含め体が前のめりとなった。

 大型種の落下による被害の発生を回避する術は、思いつかない。

 もしかしたら、駕峰や米田ならばなにかすぐに策を閃いているかもしれないが。

 そうでなくとも、あと数秒立っていたらとにかく飛び出していただろう。

 だがしかし、礼衛の心配は杞憂に終わり、誰も飛び出すことはなかった。


 大型種落下の情報が頭をめぐる間に、ザルゼアが外に飛び立ち、上方向に消えていった。その後すぐにまた大きな黒い球が現れ、また飛んで行った。次から次へと大量の球が絶えず飛び出し続けた。時間にして二十秒ほどだろうか。黒月玉(シュレストマ)の出現を突然止まった。


 何も妨げるものがない視界の先には、月だけが浮かんでいた。


 終わった……。


 ついさっきまでいた吸血鬼の影は全くない。たった数十秒で完全に消え去ってしまった。ザルゼアが一人ですべてを終わらせた。


 その現実に誰もが言葉を失った。脅威が去ったのだから歓喜の声にあふれてもいいはずだが、誰も何も発しなかった。


「礼衛さま、終わりました」


 それは何事もなかったかのように戻ってきたザルゼアが確かな化け物だから。それは多分アリベルも同じ。もし二人が人類側の敵となろうものなら、絶対的な脅威となり得るから。

 だから、全く喜べるものではなかった。


 礼衛も大型種とは大学で対したが、その強大な力は実感している。あの巨大種を引き連れていた吸血鬼の黒月玉(シュレストマ)は大型種に対してどれほどの効果を発揮するだろうか。少なくとも、礼衛が米田に放った黒月玉(シュレストマ)では、倒せるにしてもかなり集中的に時間をかけて当て続けなければならないだろう。

 大型種の力を知っているから、自分でも黒月玉(シュレストマ)使ったことがあるから、だから、だから、だから、月光を背中に浴び、自分の目の前に立つ銀髪の若い吸血鬼に圧倒的なものを感じた。その実力は全く底が知れなかった。

 絶対に敵に回してはいけない。ただそれだけわかった。



「礼衛さま、あなたの体には我々の創造主たるブベルブゼさまの血が流れています。ブベルブゼさまは我々よりも強大な力を持っていました。つまり礼衛さまの潜在的な力は私よりもはるかに強大です。まだあなたの体は、意思は流れるブベルブゼさまの力を完全には理解していないため本来の力を発揮することはできないですが、あなたはブベルブゼさまを受け入れた逸材です。いずれブベルブゼさまの力を完全に手に入れることを期待しています。いえ、必ずそうなるでしょう」

 

 目の前に立ったザルゼアは何の前触れもなく淡々と口にした。


「僕が……」

 

 僕がザルゼアを超える力を……。


 ザルゼアの言葉に礼衛は右手の手のひらを広げ見つめた。にわかに信じられる話ではないが、ザルゼアの目に噓を言っているようには感じなかった。


「えぇ、数日前に吸血鬼と戦いましたね」

 大学のことかと思った。

「あの時のことを思い出してください」

 ザルゼアに言われずともあの日のことは忘れられるものではなく、勝手に思い起こしてしまう。

「あの日、吸血鬼と戦った時、まだブベルブゼさまの意識が残っていましたね」

「はい」

「つまり、あの時の血の主導権はまだブベルブゼさまにあったわけです。だから、礼衛さまは二体の吸血鬼を一瞬で殺すことができたわけです。それでも当時、ブベルブゼさまも老いていましたし、意識があるといっても礼衛さまの体です。ですからあの時の力が完全な力とは言いませんが、少なくともあれと同じレベルの攻撃ができるはずです」

 確かに、大学で吸血鬼と戦った時と米田と戦った時では攻撃の威力が全く違っているように感じた。

「ど、どうすれば」

 だからといってどうしたらいいのだろうか。もう、ブベルブゼの意識はとっくに消えているし。

「力を使うんです。吸血鬼と戦うんです。そうすれば、あなた自身がブベルブゼさまの血を完全に理解し、その暁には本来のブベルブゼさまの力を手に入れることになるでしょう」

「吸血鬼と……」

 吸血鬼と戦うといっても、力を取り戻す前に死んでしまうんではないか。礼衛を不安が襲った。その不安がザルゼアに伝わったのだろうか。

「礼衛さま、安心してください。我々二人がいますから。一緒に行動することはできずとも、いつもあなたのことを近くで見守っていますから。礼衛さまの危機には、必ずや力となります」

 ザルゼアが力強い眼差しでそう言った。アリベルもうなずいている。



「ですから、ご安心ください」

 これまでずっと表情を変えることがなく、少々、冷酷な印象を抱いていたザルゼアの顔に少しの笑みが浮かび、表情が崩れた。

 その柔らかな表情に心強さと安堵を感じた。

 

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