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第十六夜

「吸血鬼が向かっている方角は」


「あ、あちらです!」

 

 吸血鬼であるザルゼに突如問われ、上部の人間が先ほど礼衛が拘束されていたベッドが置かれている方向を指さした。

 反射的に指をさしたのは若い女性。明らかに声が震えていた。

 声の震えが、こちらに吸血鬼の集団が向かっているためか、ザルゼアに対する恐怖心か、または両方か、それはわからない。


 礼衛(ゆきひろ)が女性の指さした方向を振り向くと、すでに視線の先にはザルゼアがいた。誰よりも早く、一瞬で。    

 まだ、礼衛の頭の中では女性の震える声がはっきりと反芻しているというのに。 

 こちらに背を向け壁際に立つザルゼアは、ゆっくりと右腕を動かし、壁に手のひらを当てた。

 何をしようとしているのかわからない。それはたぶん他の者も。

 誰も動かず、何も発さず、ただザルゼアを見つめていた。


 

 反応が遅れたのはザルゼアの挙動に意識を持ちすぎたせいだろうか。


 壁……壁は?


 ザルゼアの手が触れた瞬間、灰色の壁が風に変わった。

 静寂に涼やかな風が流れ込む。


 礼衛は絞った焦点をゆっくり拡大させた。

 

 一向に灰色の無機質な壁は現れず、そこには外の世界があった。壁は一面きれいに消えている。


 揺れるザルゼアの髪。

 冷たさを感じる彼の銀髪は、部屋に入り込む暖かな月光に照らされ、より冷たさを深くした。




「なんだ……」



 面前に広がる光景に理解が追い付かなかったのは礼衛だけではなく、全員がそうだった。

 だから、壁が消えた後もしばらくの沈黙だけが置かれていた。

 

 沈黙を破ったのは誰かの静かなつぶやき。

 そのつぶやきを起点に徐々に部屋が騒がしくなる。


「お、おい」

「壁は!」

「何をした!」


 騒がしさとともに、捜査官たちが続々とザルゼアに駆け寄った。

 ザルゼアに駆け寄る捜査官たちに対して、まだ動けずにいる礼衛。


 一瞬の騒ぎに視覚の集中が解け、全身に血液が回りだす。

 


 悲鳴……?

 

 

 そのおかげで呆然とする礼衛の耳にうっすらと悲鳴と破壊音が入ってきた。

 吸血鬼の集団がこちらへ向かっている。

 風に運ばれる悲鳴の理由は礼衛にもすぐにわかった。


 捜査官たちに遅れて、悲鳴に突き動かされるようにザルゼアたちの方へ駆け寄った。


 ここには意識を失っている間に連れてこられたのでどこだかはわからない。いや、正確には聖十字本部であることはわかっているが、壁の外から見える景色に全くの馴染みはない。だから、普段の様子など知らないが、ただ、今、見下ろした先に広がる光景が異様であることは間違いがなかった。

 建物の外では、多くの人が悲鳴や怒声を出しながら右往左往と走り回っている。どこかに向かっているわけではないようでとにかく逃げているようだった。

 

 壁に近づいてまず目に入ったのはそんな光景だった。

 第二に視線上に現れたのは吸血鬼の集団。


 礼衛が視線を上げると月光に照らされた黒い集団がこちらに向かっていた。

 まだ少し距離があるためか、その全容はわからない。ただ、事前の情報の通り、明らかな大型種が複数飛んでいることと、集団の中のある一点から青い閃光が地上に向けて放たれていることがわかった。攻撃を放っている吸血鬼の姿を捉えることはできないが、見る限りでは攻撃をしているのは青い閃光を放っている吸血鬼だけのようだった。大型種は、ただこちらに向かって飛んでいるだけ。


 大型種は魔力を使えない。魔力を使う吸血鬼は上位種。


 礼衛は、ブベルブゼに教わったことを思い出した。

 やはり大型種を引き連れる上位個体がいる。


 大学で遭遇した吸血鬼が引き連れる大型種は一体だけだった。アリベルとザルゼアの話を信じるならば二人には配下がいない。だから、配下の数と吸血鬼の強さは決して比例はしないのだろうが、少なくともあの強大な破壊力を持つ大型種を支配できるだけの吸血鬼ということになる。


 そんな化け物を前に、足がすくんだ。

 それは、部屋にいる大多数も同じようで、完全に言葉を失っていた。

 ただ、うち四人を除いて。


 米田(よねだ)駕峰(がほう)伊路(いじ)屡御(るみ)の四名は、礼衛を含めほかの捜査官が目の前の光景にひるむなか、びりびりと肌を痺れさせるほどの殺気を漂わせ、今にも飛び立たんと前傾姿勢をとっている。



「おい」

 三人に呼び掛けるような伊路の声は、果てしなく深く、

「はい」

 それにこたえるように、米田、駕峰、屡御が揃って声を発した。


 四人はこちらに向かっている吸血鬼に向かうつもりであることがわかった。


 現在、この部屋の中ではアリベルの『無価値な夜(ルベリア)』によってあらゆる攻撃、戦闘行為が不能となっている。しかし、それも半径20メートルという限られた範囲のなかでのことのようなので、吸血鬼の集団まで行けば、その効果も対象外となるはずである。


 礼衛は、米田としか戦ったことはないため、伊路、駕峰、屡御の強さはわからないが、四人が漂わせる殺気に妙な安心感があった。四人が行ってくれるなら多分大丈夫だと。

 それは他の者も同じはず。

 四人の戦闘態勢に、空気が軽くなったように感じた。



「お待ちください」



 そのような殺気と期待が混ざり合うなか、静かに四人を制止するものがいた。

 銀髪の吸血鬼ザルゼア、彼が四人を制止するように左手を横に広げていた。



「なんだ」

 答える米田の声には、明らかに苛立ちがみえる。


「私にお任せください」

「うるさい」


 米田はザルゼアの伸ばした手を払い、飛び立とうとする。


「あの吸血鬼どもと共に死にたくなければ、どうかここにいてください」

「なに?」


 ザルゼアの言葉に米田は止まり、ザルゼアの顔を見た。


「アリベル」

 

 米田を制したザルゼアは、隣のアリベルの名前を呼んだ。


「あぁ」


 名前を呼ばれたアリベルは、ただそれだけ答えた。

 二人の間で何かが通じたようだが、もちろん礼衛にはわからない。


「礼衛さま」

「へ? は、はい」


 すると今度は礼衛が名前を呼ばれた。

 突然のことに虚を突かれたが、何とか返事をした。


「見ていてください。これが本当の『黒月玉(シュレストマ)』です」


 今は魔力は使えないんじゃと一瞬考えたが、さっきのザルゼアとアリベルのやり取りからその考えは消えた。



 『無価値な夜(ルベリア)』が切れてる?



 ザルゼアの言葉と共に月光の差し込みが遮られた。

 なぜなら部屋の外に両手を広げたほどの直径の大きな球体が現れたから。どれくらいの数かはわからない。だが、少なくとも壁から見える世界を埋め尽くすほどはそれが目の前にあった。




 これが『黒月玉(シュレストマ)』……?




 その黒い球は大学で戦った吸血鬼と礼衛が米田との戦いで放ったものとは全くの別物だった。





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