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第十五夜

 突如降り注いだ声に、全員が上部に設けられている部屋を見上げた。



「なんだ!」


 

 米田(よねだ)は大きく声を上げ、見上げた先にいる人間たちに聞き返した。

 その声に一瞬で空気が今一度引き締まる。


 部屋には複数の人間がおり、先程までは静かにこちらの状況を見ていたようだったが、今、見上げた先にいる人間は鬼気迫る様子だった。


 どうしたんだろう、すごい慌ててるけど。


 礼衛(ゆきひろ)も上部に置かれた部屋の様子からただ事ではないと感じ取った。



「吸血鬼が上空に出現しました」


 吸血鬼……!

 吸血鬼という言葉に礼衛に緊張感が走った。


「なに! 吸血鬼だと! 数は!」

「数は正確にはわかりませんが、少なくとも大型種が十体以上観測されています。現在はまだ観測されていませんが、大型種を引き連れている上位個体もいる可能性が高いです」

 大型種と言えば大学に現れたあの……それが複数体も……

 それがどれだけのことかは礼衛も容易に想像できた。一度、大型種とは対峙しているのだから。上の人間の慌てた様子も納得できるものだった。

「大型種が十体以上だと! そんな馬鹿な。それで、その吸血鬼集団はどこに現れたんだ!」

 米田の声がどんどん大きくなる。

「ここ聖十字本部数キロ先に現れ、集団はこちらに向かっているようです!」

 吸血鬼が複数体現れ、それがここ聖十字本部に向かっている。上部の部屋の人間からの報告を受け、部屋には殺気と困惑が充満した。

 実際にこれまで多くの吸血鬼と対峙してきたからだろう。捜査官達は礼衛以上に張り詰めた様子だった。捜査官達には戸惑いも見えるがそれ以上に今にも聖十字本部の外へ駆け出さんとしている。


「なんだと……貴様らか!」


 米田も一瞬の困惑を見せたが、ある考えに至ったというように、アリベルとザルゼアの方を振り返り向いた。

 この場を去ろうとしていたアリベルとザルゼアは、この騒ぎのせいかまだ残っている。

 そのアリベルとザルゼアを米田はものすごい剣幕で睨みつけている。

 米田の様相に言わんとすることは礼衛にもすぐにわかった。


「貴様らが吸血鬼を向かわせているのか!」


 突如出現した吸血鬼集団。

 今この部屋にはブベルブゼの配下を名乗る二体の吸血鬼がいる。

 アリベルは魔力を使う、おそらくそれはザルゼアも。つまり吸血鬼の中でも上位個体となる。

 そんなアリベルとザルゼアのことを真っ先に疑うのはごく自然なことだった。


「違います。我々ではありません」

 

 ここにいる全員がアリベルとザルゼアに疑いの目を受けている。

 この状況で米田の言葉を否定したのはアリベルだった。


「私たち二人には配下など一体たりともいません。他の下賤な吸血鬼とは違い、ブベルブゼさまに絶対的な忠誠がある私たちには、自らも吸血鬼の主になろうなど汚らわしい考えはありません」

「では、今こちらに向かっている吸血鬼はなんだ」

「それは……私にも分かりません……」

 米田の問いにアリベルは口ごもり、俯いた。

 アリベルの姿に、捜査官から「嘘をつくな」「お前らの仕業だろ」と言葉が浴びせられる。



「ブベルブゼさまがいなくなった影響でしょう」



 黙るアリベルに代わって今度はザルゼアが口を開いた。



「影響?」

「えぇ、ブベルブゼさまの殺しを禁ずる命に強制力はなくとも、多くの吸血鬼がその欲求を抑えていたのは事実です。それは、それだけブベルブゼさまの存在が大きいからです。我々にとって、ブベルブゼさまは絶対的で本能的に吸血鬼たちはブベルブゼさまの命に縛られていました」

「しかし、お前らはさっき他の吸血鬼はその命令を反故にしてきたと言ったじゃないか。これまでどれだけの人間が吸血鬼に殺されたと思っている!」

「それも確かです。吸血鬼にとって殺戮欲求はその血に刻まれてますから。多くの吸血鬼が全く人を殺さなかったといっているわけではありません。ブベルブゼさまの命に完璧に従っていたのは私とアリベルぐらいでしょう。ただ私が言いたいのは、ブベルブゼさまの存在により、吸血鬼たちが殺戮活動を制限していたということです」

「つまり、何が言いたい」

「初めに言った通り、吸血鬼がこちらに向かっているのはブベルブゼさまがいなくなったためだということです。ブベルブゼさまという我々の絶対的な主がいなくなった今、吸血鬼たちを突き動かすのは血に刻まれた殺戮欲求という本能のみです。制限する存在がありませんから。アリベルもさっき言いましたが、これから世界各地で吸血鬼の活動が活発化するでしょう」

「だからと言って、吸血鬼集団がこちらに向かっている理由にはならない」

「我々のいるここは何ですか」

「聖十字本部に決まっているだろう。なぜそんなことを聞く」

「理由はそれです。対吸血鬼組織である聖十字の本部に吸血鬼が襲来するのはごく自然なことでしょう。本部を落とせば一気に吸血鬼は動きやすくなる」

「ここを落とす? そんなことできるわけないだろう。確かに大型種が十体以上というのは我々もこれまでに経験がない大集団だが、たかがそれだけで」

「まぁ、吸血鬼は基本的に人間を見下してますから。蟻がいくら集まっても自分が負ける姿が想像できないのが人間で、人間がいくら集まっても自分が負ける姿が想像できないのが吸血鬼です」


 米田とザルゼアは、周りの捜査官達を気にすることなく問答を続けた。詰めるような米田に対し、ザルゼアはいたって冷静な様子で、米田の問いに答えていた。

 その二人の問答を礼衛も含めて全員が静かに聞いている。



「皆さん! もう、すぐ近くまで吸血鬼が迫っています」



 米田とザルゼアに意識が向いているその時、先程より緊迫度の高まった声が上部の部屋から発せられた。

 向き合っていた米田とザルゼアを含めて下の人間全員が部屋の方を見上げる。



「吸血鬼はこちらに向かいながら上空から地上へ魔力を使った攻撃を繰り広げています。やはり大型種を引き連れる上位個体がいるようです。現段階では数はわかりませんが。かなりの被害が出ています」



 告げられた内容に一層、空気が張り詰める。

 魔力を使った攻撃……

 礼衛の頭に浮かんだのは大学で蕗守(ふきもり)が苦戦していたあの吸血鬼だった。礼衛は一撃でその吸血鬼を倒したが、やはり蕗守との戦いを見ている分、身が引き締まった。加えてさっき米田と戦った時、放った攻撃の威力が明らかに落ちいたのもずっと気になっている。

 もし、また吸血鬼と対峙したとき勝てるだろうかと不安を感じた。



「米田、そこの吸血鬼の疑惑を追及している場合ではない」

屡御(るみ)さん……」


 そんな中、口を開いたのは屡御だった。


「とにかく今は、こちらに向かっている吸血鬼の対処が先だ。皆、行こう。枦里(はぜり)、お前も来い」


 屡御の号令に、複数の捜査官が「はい」と返事をした。

 礼衛も来いと言われた。その意味は自分も戦わないといけないことであることは当然分かった。

 礼衛の体で不安が存在感を増す。


 周りの捜査官が今にも駆け出そうとしたその時、



「お待ちください」



 ザルゼアがそれを引き留めた。


「なんだ」

 

 扉の先へ一歩踏み出す前の屡御が振り返った。





「こちらに向かっている吸血鬼の対処は私に任せていただけませんか」








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