第十二夜
「よし。立てるか」
駕峰に引っ張られ礼衛は立ちあがり、
「君のことは眠っている間に色々調べさせてもらった。名前は、枦里礼衛で間違いないね」
立ち上がった礼衛に駕峰がそう言った。
駕峰は、自分のことを色々調べたといい、当然名前も知られていたが驚きはしなかった。
どうやら怪しまれていたようだし、さっきも血液検査をしたといっていたし。
個人情報を調べられていても何も不思議なことはないと思った。
「はい、間違いありません」
「私の名前は駕峰吏或だ。君のご両親のことも妹のことも把握している。吸血鬼に対して思うことは君もあるだろう。これからは一緒に戦ってこれ以上吸血鬼によって悲しむ人がいなくなるよう頑張ろう。期待しているよ。よろしく」
名前だけでなく、両親のことや妹のことももう知られているらしい。
駕峰は手を握ったまま表情を崩し、柔らかな笑みをこちらに向けている。
「よろしくお願いします」
あぁ、僕が聖十字に……
ついこの間まで一般人だった礼衛は、自分で聖十字の入ると言ったものの少しまだ信じられない気分だった。
これから、この人たちと吸血鬼を倒すのか。
まじまじと目の前の聖十字の者たちを見つめながらそんなことを考えていると、
「蕗守、面倒を見てやれ」
握った手を放し、駕峰が後ろを向きそう言った。
「え? 私ですか?」
その言葉に赤髪の女性、蕗守が前に一歩出てきた。
蕗守は、虚を突かれた様子だった。
「枦里は今までただの大学生だったんだ。いろいろ教えてやりなさい」
「しかし、なぜ私が……」
「君は枦里に命を助けてもらったのだろう。ならばその恩があるはずだ」
「でも……」
「いいね。蕗守」
「はい……」
少々強引な駕峰に、蕗守は早々に折れ、やれやれといった様子を見せた。
駕峰は蕗守の勘弁したという様子に「うん」といい、相変わらずニコニコしている。
そして「ほら」と蕗守を促すように手招きをした。
駕峰の手招きに一歩二歩とこちらに近づき、
「私は蕗守朝織だ。先日は助かった」
まだ納得していないからかちょっと不愛想に手を差し出してきた。
「枦里礼衛です。よろしくお願いします」
礼衛は恐る恐る手を握った。
こちらの様子を見てまだ駕峰はニコニコしている。
最初、礼衛の前に4人並んでいたときは駕峰にも威圧感を感じていたが、すでにそれは感じなくなっていた。
その駕峰の背後から大柄の男が近づいてきて、
「礼衛、俺は伊路鵜在だ」
と大きく口を開け、ガハガハと笑いながら肩を叩いてきた。
あの髭の男だ。
ちょ、ちょっと強い……
伊路はそのつもりはないだろうが肩を叩く手は結構な強さだった。
大きな掌をバシバシと肩に感じる。
「あ、あ、はい」
叩かれるたび上体が前後する。
そんな礼衛を見てか、
「なんだ、随分体が細いな! ちゃんと飯は食ってるのか。これから吸血鬼と戦うんだからしっかり食べて体を鍛えなきゃやっていけんぞ」
「は、はい……」
より大きな声でガハガハと笑った。
少々遠慮がないようだが、伊路に対する印象も一瞬のやり取りでガラッと変わった。
礼衛はまだ困惑はしているが、いい人ではあるだろうと思った。
「伊路さん、もうその辺で。枦里も困ってますよ」
「おお。そうか」
駕峰が救いの手を差し伸べてくれ、「すまないすまない」と伊路の肩を叩く手が止んだ。
「枦里、君も疲れてるだろう。君の住む場所はこちらで手配してあるからそこで休むといいよ。ベットなどある程度の家具家電も用意してあるからすぐに住めるからね」
どうやら居住所が用意されているようだった。
「蕗守、案内してあげなさい」
「はい」
「じゃ、皆さんももう行きましょうか」
駕峰は振り向き、後方にいる人間にそう言った。
それによって、みんな扉の方に歩き出す。
「ほら、枦里、行くぞ」
礼衛も蕗守に言われ歩き出す。
「礼衛、家に行く前に飯食いに行くぞ。俺がおごるから」
「え……」
「蕗守、いいな。お前も来い」
「いや、私は……」
「いいから、来い」
歩きながら自分の肩に腕を置いて掴んでくる伊路にこれは逃げられないと礼衛は観念した。多分それは蕗守も同じだろう。
駕峰は聞こえていただろうが今度は助けてくれず、すたすたと前を歩いている。
「「礼衛さま」」
そのまま一直線に歩き、いよいよ前方の人間が扉の直前まで来たとき、自分の名を呼ぶ何かが現れた。
その気配は左側に感じ、反射的に礼衛は見た。
同じように右側を歩く伊路や前を歩く駕峰、蕗守そのほかの人間全員がその気配に瞬間的に視線を向けた。
礼衛をはじめ、全員に数秒の沈黙が流れる。
状況理解に静寂は必然だった。
場所は対吸血鬼組織である聖十字本拠地。
そこには礼衛にむかって跪いている二体の吸血鬼がいた。