第十一夜
逃げることもできぬまま蒼い炎が体を覆った。
「あぁぁああぁぁああああぁああああぁ」
熱い、熱い、熱い。
炎により体の拘束は解けたが、なおも炎は体を覆い燃え続け、礼衛はその場に倒れ込んだ。
熱さと痛みでのたうち回ることさえできない。
礼衛にはその場で絶鳴を上げることしかできなかった。
「おい! 米田! 何をしている」
「伊路さん、叩けばこいつも正体を露にするでしょう。私がその正体を暴いて見せましょう」
「いや、しかし……」
「本当に体を乗っ取られていた場合、野放しにしたらどんなことが起こるかわかりません。今ここには私と伊路さん、屡御さんに駕峰さんの4人が揃っている。もし、強力な吸血鬼が体を乗っ取ているとしたら確実に殺さなければなりません。だから、まず皆さんは下がっていてください」
礼衛は炎に思考を奪われていたが、なんとか魔力を使って体を覆う炎を消し去った。
「ほら、早く再生して立て」
炎が消えて自分の体がよくわかった。皮膚がただれ、指はもうその肉を失い骨が露出してきていた。
体が焼けた匂いだろうか、鼻に嫌な臭気が入ってきた。
「ハァハァハァハァ……」
再生、再生、再生しなきゃ。
「ハァハァハァハァ……」
皮膚のただれや骨が露出した指がみるみる元に戻っていく。
礼衛が顔を上げると眼鏡の男こと米田だけが近くにいて、他の人間は後方壁際まで下がっていた。
「ハァハァハァハァ……なんで……」
ブベルブゼの血を手に入れた宿命は、始祖の討伐、吸血鬼による支配を止めることだったはず。それすらも覚悟が決まっていないのになぜ人間に敵意を向けられ、殺されかけているんだと礼衛は思った。
自ら血を飲んだわけではない、吸血鬼の力を欲したわけではない。求めたわけではないのに重い枷をかけられ、この血のせいで体が燃やされた。
父と母は吸血鬼に殺され、妹は寝たきりで目覚めない。
吸血鬼が父と母を奪わなければ、ブベルブゼが別の人間の前に現れていれば、いっそ血を飲んだ時そのまま死んでいれば。
今もただの大学生であったなら、吸血鬼がいない世の中であったならば。
蒼い炎に礼衛は、自分の人生を憎み、世界を憎んだ。
「立て」
米田の命令に立ち上がった礼衛は、自然と剣を握っていた。
黒く禍々しい剣を前に構え、その状態のまま米田の方に飛び、切りかかった。
「がはっ……」
飛びかかった礼衛だが、米田に蹴り飛ばされ思いっきり距離のある壁に全身を打ち付けた。
「ハ、ハァ……ハァ……」
うまく息を吐けず吸えない。
呼吸をすると胸のあたりが痛み、何かが刺さるようだった。
頭も痛い、背中も痛い、足も痛い。
今の一撃で礼衛の体の骨はいくつか折れてしまった。
強い……蹴られただけなのに……
米田がゆっくりとこちらに歩いてくる。
このままではやられると急ぐように体を再生させた。
「どうした、蹴っただけだぞ。お前がいった吸血鬼の王とやらの話が本当ならその力を見せてみろ」
「ハァハァハァハァ……」
米田は右手に礼衛と同じように剣を持っていた。
その剣を礼衛に向けて、
『業花』
攻撃を放った。
米田は無数の何かを放った。
それは一直線に礼衛に向かってきた。
礼衛は攻撃だと剣を構え迎え撃とうとしたが、直前でそれは分散し、周りをちらちらと舞った。
周りを舞っているのは花びらのようで、ただそれは炎の花びらだった。
なんだこれ?
一瞬、攻撃であることを忘れ花びらをジッと見つめてしまった。
舞う花びらの先で米田が剣を振ったのが見え、その直後、周りを舞っていた花びらが礼衛を襲った。
無数の炎の花びらは、無規則に礼衛の体を切り裂いていく。
躱せない……
囲った花びらは花吹雪のように荒々しく舞う。
無数で無規則なその攻撃からは抜け出すことができず、剣で振り切ろうとも間に合わない。
大学で戦った吸血鬼の黒い球とは違い、前から後ろから、上から下からと体を削ってくる。
花びらが切り裂いたところは一瞬血が出るがすぐに炎で燃え止まった。
一つ一つの花びらの威力はそこまででもないが、無数の花びらによって毎秒毎秒、痛みと熱さが襲う。
抉られ焼けた体表面を再生させても次から次へと新たな傷が生み出され、キリがない。
次第に再生が追い付かなくなり、再生されていない削られた場所がまた削られ、だんだんと傷が大きくなり、血が噴き出していた。
ヤバい、このままじゃ……
熱さと出血で意識が朦朧としてきて、体の動きも鈍くなっていく。
『黒月玉』
このままでは無駄に体力を消耗するだけだと思い、花びらに囲われた状態で米田に向かって大学で戦った人型吸血鬼と同じ黒い球を放った。
おかげで舞っていた炎の花びらは消えさった。
しかし、黒い球は一つも米田にはあたらず、全て剣で振り切られた。
それを確認してすかさず、
『月花の刃』
傷だらけの体で剣を振った。
え?
大型の吸血鬼を一刀両断した攻撃は、米田に受け止められた。
攻撃を受けた米田は涼しい顔をしている。
効いてない……なんで……
傷一つつけられなかったことに礼衛は動揺した。
確かに傷だらけの状態で放った技だったが、それを考えても明らかに攻撃の威力が落ちていた。
どうして……大学で放った時とは全然違う……
「どうした、そんなものじゃないだろ。お前は大型種と魔力を使う吸血鬼を倒したんだろう。その力を見せてみろ」
米田はそういうと一瞬で礼衛の前に移動した。
「ぐっは……」
そのまま思いっきり腹部を殴られた。
攻撃の手は止まず、殴られ殴られ殴られた。
「ぐはっ、ぐっ、かはっ」
攻撃が早すぎてどこを殴られているかわからない。
ただ全身に激痛があった。
抵抗できずにいると、服をつかまれ空に投げられた。
高い灰色の天井がもう接近する。
まだ接近している途中で米田に蹴り落され硬い床にたたきつけられた。
真上の米田は猛スピードで触れられるほど近くまで下降し、そのまま殴られた。
硬い床に仰向けの礼衛の体に重い打撃が次々と降りてくる。
「かはっ、ぐっ、も、もう」
「ほら、本性を現せ。このままだと死ぬぞ」
米田の攻撃は止まらない。
もう抵抗はできない。なんとか声を出して止めてもらおうとも思ったが、絶えず降る打撃にそれすらもできなかった。
「ほら、ほら、ほら」
礼衛が何もしてこないだろうか、打撃の速度が上がっていく。
すでに礼衛の感覚はほとんど死んでいた。かろうじて殴られる重みはわかったが痛みはない。
何も考えられなかった。
あぁ、もう……
この感じも何度目だろうか。
体の力が抜けていき、飛んでないのに浮遊感があった。
「米田。もうそこまででいいだろう」
薄れる意識の中でうっすらと米田ではない男の声が耳に入ってきた。
「駕峰さん」
礼衛は重い瞼を開けた。
視界はぼやけているが、そこにはあの長髪の男がいた。
「もう、十分わかっただろう。この子は人間だ」
「いや、でも……」
「このままじゃ、本当に死んでしまう。我々が殺していいのは吸血鬼だけだ。もうやめろ」
「はい、わかりました」
米田は駕峰と呼ばれる男に止められ、殴るのをやめた。
助かった……のか?
「ゆっくり呼吸しろ。体の再生だけに集中しろ」
駕峰は礼衛の体に手を置き、そう言ってきた。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
いわれた通り深く呼吸した。
意識が明瞭となるにつれ体の痛みの輪郭がはっきりとする。
視界もはっきりとし、駕峰の他に他の聖十字の人間も近くにいたことがわかった。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「よし、ほら」
ある程度再生が終わり、呼吸も楽になってきた。
それを見てか、駕峰が手を差し出してきたのでその手を握って上体を起こした。
「大丈夫か?」
「はい」
駕峰からは本当に心配している様子が伝わった。
「君の力は見せてもらった。これからよろしく」
「へ?」
これから?何が?
駕峰の言葉の意味がわからなかった。
「君には聖十字に入ってもらう」
「聖十字……?」
聖十字に入る?この僕が?
「さすがに、吸血鬼の力を持っている人間をそのまま返すわけにはいかない。君の話によるとその力は望んで手に入れたわけではないらしいが、手に入れたからにはもう聖十字に入るしかない。これを拒否するなら、それこそ君を吸血鬼として殺さなければいけなくなる。だから、入ってくれるね」
駕峰は穏やかな顔でそう言った。
そんなの答えは決まっている。断ったら殺すといってるんだから。
それに始祖のこともあるし、美香のこともある。
だから、
「はい、聖十字に入ります」
とすぐに答えた。