第十夜
今自分の体が仰向けに寝かされていることだけがわかった。
体を起こそうとするも全く動かすことができない。
どうやら体が拘束されているようだった。
どこだここ?確か大型の吸血鬼を倒して……倒してすぐブベルブゼの声が聞こえなくなった……それで僕はどうなったんだっけ。
礼衛は、吸血鬼を倒した後のことを思い出せなかった。だから、今の自分の状況もわからない。
かろうじて頭が少しだけ動かせたので、無機質な灰色の壁に囲われていることはわかった。左右の壁との距離を考えるにかなり広い部屋のようだ。
どうすることもできないので、両壁と同じように灰色の天井を見つめた。
僕が吸血鬼を倒すなんて。聖十字の人間が苦戦していた吸血鬼を一撃で……とんでもない力を手に入れてしまったんじゃ……これからどうなるんだろう。
無機質な部屋に体を固定されている一連の記憶はなかったが、吸血鬼との戦いは鮮明に覚えていた。今でも対峙した吸血鬼に少し恐怖を覚えるほどに。
しかし、その吸血鬼を倒したのは自分自身で、それほどまでの力を手に入れたことに礼衛は自分のことが怖くなった。一瞬であの邪悪な吸血鬼を倒す力をただの大学生だった自分が持っているなんて。
その自分への怖さはあのことを思い出させた。ブベルブゼに聞いた話だった。
ブベルブゼと同じレベルの吸血鬼が4体も他にいる。どうやらそのうち3体はまだ封印が解かれてないみたいだけど……1体はもう封印が解かれている。勝てるのか?この僕が……
ブベルブゼによると封印が解かれた始祖と呼ばれる吸血鬼は、一緒に封印された眷属の復活を今は待っているという。だから、すぐに暴れ出すことはないといっていたが、いずれ確実に礼衛の前に現れるともいっていた。礼衛が取り込んだブベルブゼの血に惹かれるようにと。
ブベルブゼ級の吸血鬼……勝てるのか?この僕が……
ブベルブゼの声はもう聞こえない。
礼衛は自分にブベルブゼの話にあった始祖を止められる気も他の3体の吸血鬼の封印が解かれるのを防ぐことができる自信がなかった。
ブベルブゼの声が聞こえないということは、自分一人で力を使わなければならない。
自然と力は使えるとブベルブゼにいわれた。実感はないがあの大型の吸血鬼は多分、ブベルブゼじゃなくて自分の意志で攻撃し、倒した。
確かに、確かにそうだが礼衛はこれから訪れるであろう災厄に不安になった。
またブベルブゼは、自分の眷属たちの活動も今まで以上に活発になるだろうともいっていた。それらとも戦わなければならない。
正直全く覚悟は決まらなかった。
目覚めてどれくらいの時間が経っただろうか。この状況じゃ時間の経過が全くわからない。結構な時間が過ぎたようにも感じるし、そんなに時間が経っていないようにも思える。
ただ静かなこの空間に、何かの音が響いた。
体が動かせないので聴覚を研ぎ澄ませる。
複数の足音がこちらに静かに向かってくる。
なんだ?誰か近づいてくる……
「おい、起こせ」
「はい」
足音は止み、礼衛の体が自動的に起こされ、拘束されたまま座る形となった。
起こされた先には、4人の男女を先頭に後ろに何人かの人間がいた。全員、聖十字の服を着ている。
体が起こされたことで、周りの環境がよく分かった。
やはり、灰色の壁で囲われ、数台の監視カメラらしきものが設置されている。
目の前の人間が入ってきたであろう先には扉が開いており、そこから視線を上にあげると部屋の上部に透明張りの部屋があり、こちらを見下ろす形となっている。
監視部屋のようなその部屋にも何人か人がいた。
「随分と長く寝ていたな。ここは聖十字本部だ」
先頭4人のうち、体格の一番良い髭を生やした男が口を開いた。
全員聖十字の服を着ていたのでもしかしたらとは思ったが、やはり聖十字の施設だった。
4人は礼衛から見て、左から眼鏡の男、髪を結んだ女、長髪の男、そして髭を生やした男の順で立っている。
多分、顔の皺から髭を生やした男が4人の中では年長だろうと思った。
「三日も意識を失ってたぞ」
三日?意識を失っていた?
髭の男性が言うには、三日意識を失っていたようで、だからあれからの記憶がないのかと思った。
「お前のことはそこの蕗守に聞いた」
今度は眼鏡の男が口を開いた。眼鏡の男は4人の誰よりも鋭い目つきをしている。
その目で、「そこの蕗守」と後方に視線を送ったので、礼衛も自然とその方を見た。
そこには、大学で人型の吸血鬼の攻撃を受けて体が貫通していた赤髪の女性がいた。
その姿を見て、
よかった。ブベルブゼのいう通り、無事だ。
礼衛は安堵した。
攻撃を受け息を荒げていた女性のことをあの時は心配したが、ブベルブゼの言った通り、貫通孔は再生しているようだった。
「話によると、お前は吸血鬼2体を一人で倒したらしいじゃないか。なぜ吸血鬼の力を持っている。お前は何者だ」
「いや……」
敵意を感じるその目に礼衛は委縮した。
対峙した人型の吸血鬼より、大型の吸血鬼より、圧倒的なものを感じ取った。
それは、眼鏡の男だけではなく他の3人も同じだった。
確たる理由があるわけではない。あるわけではないが逆らってはいけないと思った。
「答えろ」
「はい……」
礼衛はおとなしく、全てを話した。
大学で大型吸血鬼が現れたこと、人型の吸血鬼に襲われたこと、死を覚悟したその時、目の前に吸血鬼がいて、吸血鬼の王と名乗るブベルブゼに強制的に血を飲まされたこと、奇跡的に血を受け入れられたこと、そのあとブベルブゼに聞いた話のこと。
全てを話した。
その間、4人を含め部屋に入ってきた全員が静かに礼衛の話を聞いていた。
話せば話すほど、礼衛の話を疑うような顔をしていたが。
「つまり君は、そのブベルブゼという吸血鬼の血を飲まされて、力を手に入れたと?」
話が終わり、髭の男が確認するように聞いてきた。
「はい」
「ありえない。何を言っている」
眼鏡の男が間髪入れずにそういった。
「吸血鬼の王?本当に何を言っている。そんな伝承上の存在だ。創作の中での話だ」
「いや……でも……」
「だが、米田、蕗守の話をどう説明する。蕗守の報告通りだとすれば、少なくともそこの少年は上位2級レベル以上の力を持っている」
髭の男は、眼鏡の男を「米田」と呼んだ。
「しかし、伊路さん……蕗守!本当にこの男が倒したのか」
「はい、間違いありません」
米田に聞かれ後ろの蕗守と呼ばれる赤髪の女性が答えた。
「米田、それよりも気になるのは始祖の話だ」
「伊路さん。それも作り話でしょう。そんなことこれまで一度も聞いたことがありません」
聖十字の服を着た人間は、いまだ話半分といった様子でこちらを見ていたが、特に米田という男が全く否定的だった。
「米田、じゃあ、この少年がそんな作り話をここでする理由はなんだ」
「それはわかりません。ただこいつのいうことは到底信じられる話ではない。伊路さん、それはあなたもそうでしょう」
米田と伊路に挟まれた二人は何もしゃべらず、米田と伊路だけで話が行われている。
「そもそも、こいつが人間なのかも怪しい」
「それは疑いようがない。どう考えても少年には吸血鬼の邪悪な空気はないし、一応、眠っている間に血液検査をした。その結果は米田、お前も知っているはずだ。少年は人間で間違いない」
礼衛が意識を失っている間に勝手に血液検査が行われていたようだった。伊路の話からそれがわかった。
「それに、少年は吸血鬼を殺している。少年が吸血鬼だとしたらその理由も説明できない」
「それはカモフラージュでしょう」
「カモフラージュ?」
伊路が不思議そうに聞き返した。
「こいつは体を吸血鬼に体が乗っ取らられているんじゃないですか。それを隠すために同族を殺したんでしょう」
伊路は少し呆れた様子だった。
「米田、それこそあり得ない。そんな事例はないし、聞いたこともない」
「もし、吸血鬼の王とやらが存在するのであれば、体を乗っ取ることもできるかもしれません」
「いや、しかし……」
「私が今から正体を暴きましょう」
米田が伊路の話をさえぎるようにそう言った。
『蒼炎』
体が固定されている礼衛に蒼い炎が向かってきた。