4.再会
ファリシア達に見送られて出発したのは、更に二日経ってのことだ。
旅の準備以外にも、俺が完全に回復するまで仲間から外出禁止を出されていたからだ。その間、神殿を回る順番を決め、一番最初に向かうのはアストリア王国にある水の神殿へ行くことにした。あの国にあるリーディアの町には、新勢力の血縁者がいる。といっても、利用されていただけで殺されかけたくらいだ。彼が巻き込まれていないか確認の為と、注意喚起も兼ねて最初に向かうことにしたわけだ。
現在俺達は、竜の姿になったアーディンの背中に乗って大空を飛行中だ。
「二十年ぶりですね」
「もうそんなに経つんだな」
二十年前、俺が気晴らしの旅に出かけた際に寄ったのがリーディアの町だ。近くにある秘境の温泉へ行っている間に、魔王城から乗って来たワイバーンが三人の冒険者達を襲ってしまっていた。責任を感じて助けたのだが、それが切っ掛けとなり数日間滞在した場所でもある。
あの町で出会った三人以外の冒険者達も、もう引退してしまっているだろう。あれから二十年ということは、彼等の年齢は四十を過ぎている。人族が冒険者を稼業にするのは、精々三十代前半が限界だろう。
「ゲイルとレナは食堂を経営してて、クリスは王都の魔導学術会でエライさんの立場になってますよ」
今上がった三人の名前は、ワイバーンに襲われていた例の冒険者達だ。俺の後を追跡してきたアスレイとアーディンとも知り合いだ。
アーディンは、視察の名目で定期的にリーディアの町に訪れている。お目当ては料理だ。魔王城周辺の近海で獲れる魚介類よりも好みだそうで、近年は冒険者を引退したゲイル達の店に行ってはご馳走になっているのだとか・・・
―――謝礼も兼ねて何か準備した方が良かったかな・・・
昔はそういったことには気が回らなかったが、アーディンを見ていると、いかに自分がアスレイへ迷惑をかけていたのかが思い知らされる。
「アリスは魔王城の食事をどう思う?」
唐突な俺の質問に一瞬目を丸くしたが、いつもの笑顔で答えてくれた。
「とっても美味しいです!お肉もお魚も野菜も全部新鮮ですし。住んでいた村は内陸部でしたから、海の幸はなかなか手に入らなくて贅沢品だったんです。それを食べられるだけでも幸せだと思ってます」
アリスが生まれ育ったトルーア村は、土地が痩せており野菜の収穫もあまり儘ならなかったそうだ。その点に関しては、俺とアスレイが生まれ育った村とも共通している。
「じゃあ、今向かってるリーディアの町は海鮮だらけだからな」
楽しみです!と、元気よく答えた後、何かに気づいたのか、ばつが悪そうな表情を浮かべた。
「・・・あ。遊びに行くわけじゃないのに、はしゃいじゃってすみません・・・」
「気にし過ぎだ」
「そうですよ。あの大陸から外に出るのも久しぶりでしょうし、初めての場所に行くわけですから無理もありません」
そもそも俺が振った話題だ。少し強張った表情をしていたアリスの緊張をほぐす為でもあったんだが・・・
「主たちが食い物の話するからハラ減ってきちゃったじゃないですかー」
「出発直前まで食べていたでしょうに・・・。食べ盛りの子供でもあるまいし」
魔王城を出発してからまだ一時間も経っていない。しかも、早朝出発だったというのにギリギリまで肉や揚げ物をガツガツと食堂で食べているのを俺も見た。
―――帰ったら料理人に特別手当出してやらなきゃな・・・
早朝から大変だっただろう。
竜の姿になるのは体力を消耗するらしいが、あれだけ食べていたというのに一時間も経たずに腹が空いたというのか?
―――どんだけ燃費悪いんだよ・・・
「オレはずっと食べ盛りですから!なので、スピード上げますね!」
「!?ちょ・・・ッ」
六時間を予定していた移動時間は、その半分の三時間でリーディアの町近郊の森に到着した。
ここは、モルビスの森と呼ばれる場所だ。森の深部は極上の魔素が漂っているくらい穢れが少ない為か、凶暴な魔物は殆ど現れることが無い。その為、山道を人が行き交うことはあっても冒険者達がこぞってやって来ることも無い。貿易が盛んなリーディアの町の依頼の多くは、船の護衛関係が多いのだ。陸地でも護衛の仕事はあるが、近郊の町や都市へ商品を運搬する為の安全なルートは他に設けられている。
「大丈夫か?アリス・・・」
突然トップスピードに上げたアーディンの飛行に、慌ててアスレイが風圧から守る為に防御魔法を施してくれたお陰で、頭や四肢が吹っ飛ばずに済んだ。とはいえ、此処まで振り落されないように生身で耐え続けていたアリスはぐったりしている。アーディンの背中から下して木陰で休ませているが、ずっと目の前が回っているような感覚らしい。怪我を負った訳でもないので、回復薬は効かないだろう。
アリスをこんな状態にさせた当の本人は、アスレイから怒られているところだ。
―――さて、どうしたものか・・・
少し離れた場所に低級の魔物はいるようだが、こちらに向って来ることはないとはいえ、このまま森の中でじっとしている訳にもいかない。
「立てそうか?」
俺の言葉にアリスは体を動かそうとしているようだが、明らかに無理そうだ。叱責を終えたアスレイもその様子を目にしたようで、後ろにいるアーディンを無言で睨みつけている。
「アリス悪かったな。担いでやるから町に行こうぜ」
「アリスさんは荷物じゃありません!」
小麦が入った袋のようにアリスを担ごうとしたアーディンに、アスレイは待ったをかけた。
野郎を担ぐならまだしも、自分のせいで失神寸前になったアリスを同じ扱いにするのは流石にナシだろう。
「人目も無いから町の近くまで我慢してくれ」
恥ずかしがり屋のアリスは嫌がりそうだが、そうもいっていられない。
アリスの膝の下に右腕を入れて、もう片方は背中を支えた。
「!?」
いわゆるお姫様抱っこされたことに抗議の声が上がった。
「お、下してください・・・!」
「んな事いっても、歩けないだろ?この辺は俺達しかいないんだから気にするな」
「気にします・・・!それに、足手纏いにはならないって約束したのに、最初からこんなんじゃ・・・」
「今回のこれはカウントなしだ」
「そうですよ。お馬鹿さんに巻き込まれた事故のようなものです」
「アスレイさん、何気に父さんとオレの扱いが似てきてない・・・?」
昔からアスレイはアーディンの躾に対して他の仲間より厳しかったが、ジェイドへの言動のように余計なひと言は無かったはずだ。
「貴方はもう立派な大人なんですから、もう少し自分の欲求を抑えるなり、相手を思いやる気持ちを持って行動しなさい」
魔族は元来、自分の欲求に素直だ。アーディンもそんな魔族の中で育ってきたのだから仕方がない。それに俺も散々好きにさせてきた責任がある・・・。
「旅の間だけでもアリスには気を遣ってやってくれ。俺達のようにタフじゃないからな」
「まあ、そうですね・・・分かりました」
思うところがあったのか、アーディンも納得してくれたようだ。これで少しは振り回されることが減ってくれると良いが・・・―――
そんな願いも虚しく思える状況は、ものの数十分で訪れた。
―――これは一体どういうことか・・・
リーディアの町に入る為の検問は、アーディンの顔パスで通ってしまった。
どうやら、定期的に訪れている間に魔族であることがバレてしまっていたようだ。人族にとって魔族は歩み寄れない恐れを持っている。その代表たるものが魔王の存在だ。魔王の瘴気の影響が世界を幾度となく恐怖と混乱を招いて来たのだから当然だ。それ故、魔族というだけで入れない都市は多い。寧ろ、友好的な方が数えられるくらいしかないのが現状だ。
魔族といってもアーディンのように人の姿をしている魔人は瘴気の影響を受けない。それに加え、魔人全員がオルデウスのような好戦的な奴ばかりという訳でもない。しかし、それを説明したところで受け入れられるかは人族側の問題だ。
リーディアの町も例外では無かったが、二十年前に俺達が出会った冒険者が検問所の兵士として働いており、その彼がアーディンを特例とするよう進言してくれたそうだ。そして俺達もアーディンの仲間ということで審査なしで通過してしまったのだ。
今回対応してくれた二人の兵士の内一人も、俺とアスレイの事を覚えていたらしい。ステータスの偽造を忘れていたが、四人とも問題なく町の中に入れてしまい、なんとなくこれで良いのかと逆に心配になってくる。
「知られていたなら何故報告しなかったのですか・・・」
「まあ細かいことは良いじゃないですか」
あっけらかんとするアーディンは早く飯にありつきたいようで、細かく追及しようとしているアスレイの背中を押しながら町の中を進んで行く。
―――もう、レイでも止められないのかもしれないな・・・
先行きに不安しか感じられなくなった。
「ここですか?休業しているようですが・・・」
「ヘーキですよ」
店前に休業の札が下げられているにもかかわらず、何の躊躇いも無く扉を開けてしまった。
―――毎回こんな事してるのか・・・?
「スミマセン。今日店は休業―――」
扉の先には、カウンターの奥に店主と思われる男と、テーブル席に男女の姿が見えた。小ぢんまりした店内だが、大きな窓から差し込む自然光が明るく、温かい雰囲気がある。
「え・・・っ、アーディンだけじゃなくて、ルークとアスレイさんまで!?」
休業の為、断ろうとした俺達の姿を見るなり、カウンターから慌てて飛び出してきたのはゲイルだ。顔に古い傷跡が出来ているが、昔の少し無鉄砲な様子からは一転して、落ち着きが増したように見える。しかし、俺達の姿に驚いているのか、口が魚のようにパクパクしている。
「落ち着けって。久しぶりだな、ゲイル」
「お元気そうで何よりです」
俺達が挨拶した途端、今度は泣き出してしまった。少し涙もろい所も変わってないようだ。しかし、その様子をじっと見ていたアーディンからは容赦ないツッコミが入った。
「オッサンが泣いてもかわいくねーぞ。オレ、ハラ減ってるから、いつもの大盛りで!」
そのまま近くの席にどかりと腰を下ろしてしまった。
「いつもこんなんだったなら、すまない・・・」
「私からも謝罪させてください・・・」
アーディンは頭を抱える俺達に目もくれず、テーブルに置かれていたメニュー票に夢中だ。
「お久しぶりです」
「クリス!」
「王都にいると聞いていましたが」
こっちは、更に落ち着きとカリスマ性が増したようだ。今は魔導学術会で上の地位にいるとの話だ。それ相応の年月を過ごしてきたのだろう。
「しばらく用事があって来ているんですよ。偶然とはいえ、お二人にお会いできて嬉しく思います」
「クリス様」
挨拶を交わしていた後ろから、クリスと一緒にテーブル席にかけていた女性が近づいて来た。かなり若いようだ。
ゆるく巻いた赤髪に、意思の強そうな紫の瞳が印象的だが、背筋が伸びた佇まいは何処かの貴族のような品を感じる。
「再会をお喜びのようなので、私の件につきましては後日改めてお願いに伺っても宜しいでしょうか?」
「ですが・・・」
「私の方は今日明日でどうにかなるようなものではありませんので」
失礼いたしますと、俺達に対しても一礼して扉から出て行ってしまった。
「クリス良かったのか?」
「わざわざお店を貸切にされていたようですし・・・」
「いや、店を貸切にしていた訳じゃなくて、単に今日は定休日だったんだ。まあ、アーディンがいつ来ても良いように食材はあるからメニューにあるものは何でも作れるぜ」
カウンターの奥からアーディンの為に調理に取りかかっていたゲイルから、貸切に対しての答えが返ってきた。ホントに申し訳ない気持ちでゲイルに礼をしていると、また扉が開いた。今度はまだ幼い男の子だが、誰かに似ている。
「あー!アーディンきてる!!」
そのままアーディンを目掛けて飛びついた。
「アーディン剣じゅつ教えて!」
「離れろ!オレはハラ減ってて今からメシ食うんだよ!」
「じゃあ、くったら教えて!」
「父親に教えて貰ったらいいだろ」
実年齢は父親とその子供だろうが、はたから見ると年の離れた兄弟だ。構って欲しい弟相手に手を焼いている兄といったところか。
「やだ!アーディンの方がつよいし、両手の剣で戦うのカッコいいもん!」
「あらあら。アーディンが来ると取られちゃうわね」
アーディンと男の子のやり取りに釘付けになっている間に、もう一人誰かが入って来たようだ。振り返るとそこに居たのはレナだ。彼女もこっちに気づいたようで、目を大きく見開いた。
「うそ!ルークとアスレイさんじゃない!」
全然顔が変わってないと、はしゃいだ声を上げながら足早に近づいて来た。人懐っこい性格は変わっていないようだ。
「落ち着いたのかと思ったら、変わらないな。レナ」
「久しぶりに会ったのに、第一声がそれってどうなの!?」
「皆さんお元気そうで安心しました」
「アスレイさんが来るって分かってたら、もっとお洒落して来たのに~」
レナの照れるような嘘っぽい仕草は冗談で良いのだろうか?
「旦那の前でいう事じゃないよ」
「良いのよ、どうせ私にベタ惚れだから」
やんわりと注意したクリスに笑いながらあしらうレナの姿は、なんだか逞しさが備わったように見える。
「旦那って、やっぱゲイルと結婚したのか?」
「そうよ。アーディンから聞いてなかった?」
「お二人でお店を経営しているとは聞いていましたが・・・。遅くなりましたが、ゲイルさん、レナさん、ご結婚おめでとうございます」
俺からも祝いの言葉を伝えると、二人からお礼の言葉が返ってきた。しかし、なんだかレナがずっとソワソワしている。
「ところで、いつになったら紹介して貰えるのか待ってるんだけど・・・」
レナが俺の後ろに視線を向けたことで、うっかりしていたことに気づいた。慌ててアリスに謝罪して隣に来て貰った。
「彼女はアリスだ。事情があって、二年前から一緒に暮らしてるんだ」
「初めまして、アリスと申します。紹介があった通り、今はルークさん達の元でお世話になっています。今後ともよろしくお願いいたします」
ぺこりと頭を下げたアリスに、レナの中のスイッチが入ったようだ。
「かわいいー!ねえ、どうしたの?こんな可愛い子連れて来るなんて!」
「まあ、ちょっとな・・・クリスには特に伝えたいことがあってさ」
「僕ですか?」
「調理中のゲイルさんが落ち着いてからお話いたしますね」
山盛りの海鮮料理を流し込むように食べ終えたアーディンは、子供と一緒に外へ出て行った。希望通り剣術を教えてあげるようだ。
「さて、我々がここに来た目的についてお話しいたします」
外からの盗聴防止の為、遮断魔法を施した上でアスレイが会話を切り出した。
「二十年前にクリスさん、ルーク、そして私が遭遇したゼーレが関与すると思われる勢力が動き出したようなのです」
それだけでこの場の空気が一気に変わった。
ゼーレは、俺の前の十代目勇者の仲間だった魔導師だ。その勇者が先代の魔王と判明した俺達は、ゼーレが生きている可能性は低いにしろ繋がりのある者がいないか捜索していた。捜していた理由は、先代の魔王はいつ、どのタイミングで勇者から魔王へ進化したのか確かめたかったからだ。俺はまだ勇者でもあるが、先代の魔王は違った。憎悪と殺戮だけを具現化しただけで、心があるようには到底思えなかった。そんな存在に自分も変わってしまうのか、それが知りたかったのだ。
ただ、そのゼーレと繋がりのある人物は近くにいた。ワイバーンから助けたことが切っ掛けで仲良くなったクリスがゼーレの血縁者だったのだ。逆らえなかったクリスはゼーレに利用されていたが、最終的には殺されかけたところを俺達が救った。その時のゼーレには俺達と本気で戦う気は無かったようで姿を消してしまったのだが、去り際に言われた言葉がある。
―――次の条件がクリアされれば、再び会う事があるかもしれんのう
「どうして今になって・・・」
「だよな・・・」
「それについては――」
アスレイは更に先日、魔王城に襲撃があった事、謎の声が聞こえた事を説明した。
「・・・なるほど。その条件というのは、もう解明されているのでしょうか?」
また巻き込まれる恐れがあるというのに、クリスは冷静に受け止めているようだ。
「正確性には欠けると思いますが、今回の条件にはアリスさんの存在が含まれていると思われます」
ステータスの開示を求められたアリスは、この場にいる全員に見えるよう可視化させた。
ゲイル、レナ、クリスの三人は目にした職業に驚きを隠せないでいる。
それもそのはずだ。俺がまだ勇者でもあることを知っている人族は彼等だけだ。
「彼女が今代の勇者ですが、ルークの職業はあれからも変化はありません」
「ルークが変わらずにいてくれたことに安心してたけど、アリスちゃんが勇者だったなんて・・・」
「ん?さっき一緒に暮らしてるって言ってたけど、大丈夫なのか?その・・・色々と・・・」
「確かに、どんな経緯があったのかは分かりませんが、人族でもある彼女があの大陸で暮らすというのは・・・」
当然な疑問だろう。俺も最初は思いもよらなかった。だが、あの状況でアリスを一人にすることは出来なかったのだ。
「私は勇者の職業を授かりましたが、当初は争い自体が怖くて国への報告をしていませんでした。ですが、何処かから知った神官の方々から住んでいた村が襲われ、私の様子を見に来ていたルークさん達に助けて貰ったんです」
勇者が人族から襲われること自体あり得ないことだ。その点については、とんでもない持論を持った人物であったことをアスレイが付け加えた。
「だとしても、魔王城で暮らすとか平気なのか?」
「はい。瘴気に関しては、無害化が出来る固有スキルを持っていますし、一緒に暮らしている皆さんもとても親切ですし」
アリスの笑顔からは何一つ嘘が無いことが窺える。
「まあ、魔王でもあるルークがアリスちゃんを保護したのなら、手を出す者はいないでしょうけど・・・」
確かに、魔王と勇者が共同生活をしているなんて奇妙な話だ。だが、職業が無ければなんて事のない話なのだ。
「その点から今回の条件として考えられるのは、アリスさんとルークの接触、そしてアリスさんが勇者としての実力をある程度身につけた事が考えられます」
「それであれから時間が空いたのであれば納得ですね。次の条件となりそうなものの目星はつきそうですか?」
それについては、中央大陸にある底なしの渓谷に現れた石碑についてと、神殿の数がそれと一致することから、調べに行くつもりだと答えた。
「僕もその考えに異論はありません。調べてみる価値はありそうですからね。ですが、注意は必要かと思います。今までとはステージが変わったのであれば、神殿で何が起きるか分かりません。最悪、戦闘が起こる可能性もあるんじゃないかと」
神殿で戦闘という言葉に、ゲイルとレナがギョッとしたタイミングで扉が開いた。アーディン達がもう帰って来たようだ。
「ロイが寝ちまった」
アーディンの背中で泥だらけになった子供がスヤスヤと眠っている。
少し剣術を教えた後、すぐに打ち合いを始めたようだが、子供の方は疲れて眠ってしまったらしい。二階にある休憩室へ連れて行こうと、子供を預かろうとしたレナを断って、アーディンが背負ったまま連れて行った。
「アーディンのあんな姿を見られる日が来るとは思いませんでしたね」
「確かに。初めて会った時は人族を毛嫌いしてて、俺たちとも関わろうとしなかったからな」
七年前に子供が生まれ、度々来ていたアーディンにもすっかり懐いてしまったらしい。
「さて、アーディンも帰って来たことだし、飲むか!」
「良いですね。美味しいお酒も揃えて貰っていますので、料理に合わせておすすめもしますよ」
料理はリクエストが無ければ適当に作るぞと言い残して、ゲイルはカウンター奥へ行ってしまった。
酒盛りをする予定はなかったが、二十年ぶりに会った俺達を歓迎してくれているようだ。断る理由はない。まだ日が高く昇ったばかりだが、こんな日があっても良いだろう。
なんて思っていたが、まだ終盤にもならない段階で、俺は酔い潰されてしまった。
「「ダンッッ」」
テーブルの上に酒が入ったジョッキを叩き付けた。
「俺は平和に暮らしたいだけなんだよ!」
頭がグラグラする。
途中で違う種類の酒を飲んだらアルコール度数が高かったのか、一気に酔いが回った。
―――クリスのおすすめって言ってたからな・・・
酒豪の奴が勧めるものはロクなもんじゃない。
まあいい。気分が良いから、日頃の鬱憤をぶちまけてやる。
「なのに、魔王を倒して帰ってきたら殺されるし、自分が魔王になっちまうし・・・別にこれはもうどーでもいいんだけどさ――一緒に暮らしてるヤツらのクセが強すぎんだよ・・・!オルデウスは何かと暴れたがるし、レイとミラリスは仲悪くて顔合わせたらピリピリするし、アーディンは昔の自分を見てるようでヒヤヒヤするし・・・ジェイドは良いヤツだけどバカだし、ファリシアは怒るとおっかねえし・・・アリスも・・・・・・」
―――ああ、なんか頭がふわふわしてきた。
急激に体の力が抜けてテーブルに突っ伏してしまった。テーブルの少し冷たい温度が、アルコールで火照った顔に当たって気持ちがいい。
「兄ちゃんは心配なんだよ。だって危ないだろ?怪我でもしたらどーすんだよ。かわいい妹を心配すんのはとーぜんだろ!?てか、ホントの妹じゃないのは分かってんだよ。けど何もしてやれなかった妹が生まれ変わったのかもって・・・償えるんじゃないか・・・って・・・―――」
全員、ルークが話し終えるまでずっと見守っていた。五十年以上、魔王城に住む者を束ね、魔王による世界の混乱の連鎖を止める為に世界中の文献を調べていたのだ。性格的に表に出して見せる事は無くても、その重圧や苦悩といったものは計り知れない。
「寝ちゃったわね・・・ルークが酔い潰れるところ初めて見たわ」
「だな・・・というか、ルークの妹って確か人質になったって昔聞いたけど・・・俺たち今のやつ聞いても良かったのか・・・?」
聞いてはいけないものを聞いてしまったという感覚に、ゲイルは不安を隠せない。しかし、ルークの日頃の鬱憤のような中に含まれていたアスレイに至っては冷静だ。
「別に構いませんよ」
「今日はあまり話されていなかったルークさんが、なんだか我慢しているように見えたので・・・強めのお酒を飲ませたら何か出てくるのではと思ったのですが、アスレイさん的には想定内の範囲でしたか?」
故意的に魔王を酔い潰す知能犯なクリスに、ゲイルとレナは内心ヒヤリとしたものを感じた。だが、ルークの補佐役でもあるアスレイはそれを聞いても咎めたりはしないようだ。どちらかといえば、誰かに聞かせたかったのかもしれない。その誰かとは、ルークが最後に名前を呼んだ少女以外にいないだろうが・・・
「そうですね。見間違えるほどに似ているアリスさんと初めて出会った時から、既に彼女の姿を重ねてしまっていましたからね。・・・アリスさんには気分を悪くさせてしまって申し訳ありません」
「いえ・・・なんとなく、私に誰かを重ねているのは、出会った頃から気づいてました。それに先日、私を庇ってくれた時、ティアナって呼ばれて確信しましたし。ただ、それが妹さんだとは思いませんでしたが・・・」
ルークの妹の名前が出てきたことにアスレイは反応したが、それを気づけるのは今起きている者の中にはいない。
「主の妹だったら、幼馴染のアスレイさんにとっても妹みたいなものじゃなかったの?」
流石のアーディンも、揚げた肉に噛り付いていた手を止めている。
「確かにそうですね。ただ私の場合・・・というより、ルークは人一倍正義感が強いですから、自分のせいで犠牲になってしまった事が許せないんですよ」
「何十年経っても自分自身が許せないって・・・ルークも不器用なんだね。強いのに」
「力の強さと心の強さは別物ですからね」
そう答えたアスレイの表情はどこか悲しげに見えた。