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3.それぞれの役割

 夕暮れ時、一人の男が足を踏み入れたのは、三日前に何者かから攻撃を受けた魔王城の中庭だ。隅々まで手入れが行き届いていたわけでは無かったが、ここに暮らしている者たちにとっては思い入れのある場所だった。

 この大陸は瘴気が濃い為か、他の大陸と違って色とりどりの美しい花を咲かせることが難しい。しかし、二年前に新たな住人が来てからは形だけだった花壇に可愛らしい一輪の花が咲くようになった。それは、新たな住人の少女の髪色と同じ淡い水色をしていた。

 すると不思議なことに、それまで興味の無かった者たちも集まり、自然と花壇の傍で談笑する機会が増えていた。近頃は、その少女の訓練場所にもなり、それをまるで見守っているようでもあったのだが・・・

 「酷いものですね・・・」

 だが、今は見る影もない。

 花壇や石畳の道を形成していたものは大小の破片となって飛び散っており、一際大きく地面が抉れた場所は、今もまだ目が覚めないこの城の主が、一人の少女を救い倒れていた。

 建物の窓ガラスは爆風で一部破損してしまったが、これも彼が守ってくれたから、それだけの被害で済んだだけの話だ。また同じ事が起きた場合、対応しきれるのかは正直分からない。

 しかし、それをカバーするのが自分の役目である。

 自分が最善の道を選び、彼が迷いなく颯爽と進んで行く。それが何より誇らしく、己の価値を証明するものだった。

 少女が来てからも、彼女が少しでも安心出来るように、悪意のあるものを遮断する結界を張っていた。物理も魔法も受け付けることは無いはずだったのに、あの光を通してしまったのは自分の責任だ。

 数十年前に見たものと同じようで、比べ物にならない威力だった。

 あの時からもずっと技を磨き、能力の底上げをしてきた。それは彼も同じだった。

 「それでも足りなかったという事か・・・」

 遠い昔に後悔したことを、また繰り返すところだった。

 このまま改善が出来なければ、次に待っているのは死だろう。

 「再生」

 生命が存在しない石畳の道や花壇等はこの再生魔法で対象物の時間を巻き戻すことができる。中庭だけでなく、城の窓ガラスの修復も必要となる為、かなり広範囲になるが魔力量は問題ないだろう。砕けた破片の周りが淡く光り出し、一斉に元の場所へ戻っていく。それらが集合し密接すると光は徐々に薄くなり、完全に消える頃には破損した場所など無かったように元の姿に戻っていた。

 しかし、生命が存在するものは対象外となる為、あの可憐な花が咲いていた場所にその姿は無かった。


 *


 うっすらと目を開けると、見慣れた天井が目に入った。

 ―――懐かしい夢を見たな・・・

 アリスと初めて出会った頃のものだった。

 彼女が住んでいた村はあの後、近くの検問所の兵士によって発見されたと聞く。恐らくアスレイが放った魔法の衝撃が届いたのだろう。

 勇者とは、何故こんなにも他人によって翻弄されてしまうのだろうか・・・

 彼女には魔王城で穏やかに過ごして貰いたい。

 ―――それにしても・・・

 昨日ベッドに入った記憶が無い。何をしていたのかも思い出せない。

 とりあえず、起き上がろうとしたが、なんだか体が怠い。上手く力が入らない。

 幼い頃から健康だけが取り柄だったというのに、どうしたものか・・・。

 過酷な戦闘の日々を送っていた頃もあったが、どんなに疲れても翌日には回復していたほどだ。

 ―――年かな・・・?

 ぼんやりした頭のまま一点だけを見つめる。

 オレンジがかった部屋の色から、夕陽が差し込んでいるようだが―――

 「!」

 ―――夕方!?レイに怒られる・・・!

 完全に目が覚めた。

 いくら寝坊したとはいえ、これは酷すぎる。というより、ここまで寝過ごしたことは今までになかったことだ。

 慌てて起き上がろうとして、腹に重みがあることに気づいた。

 中途半端に体を起こしたところで水色の髪の毛が見える。

 「アリス・・・?」

 どうやら眠っているようだが・・・

 目をぱちくりしている間にアリスが目を覚ましてしまった。

 だが、様子がおかしい。俺を見るなり今にも泣きだしそうな表情を浮かべたのだ。

 「――あ・・・よかっ、た・・・」

 消え入りそうな声で安堵の言葉を呟くと、感情を抑えきれなくなったのか、ぽろぽろと涙をこぼした。

 「え?え?」

 俺の方は訳が分からず、狼狽えるばかりだ。

 体を起こして、どうしたものかと空中で手をわたわたさせるが、それが却って不自然な動きになってしまい、はたから見ればただの変質者だろう。しかし、今の俺にはそんなことはどうだって良いことだ。

 「ごめんなさい・・・私を庇ったばかりに・・・っ」

 ―――庇った?俺がアリスを?

 何も思い出せない。ただ、アリスが泣いている姿を見ていると気が焦ってしまう。額に手を当て落ち着けと念じながら記憶を辿っていく。

 確か、アリスとは勇者の固有スキルの訓練を約束していて・・・中庭に向かったんだよな・・・?途中でファリシアとミラリスに会って―――

 目が覚めてからずっと記憶が混濁していたが、徐々に鮮明になるにつれて何故自分が眠っていたのか原因を思い出した。

 アリスの訓練に付き合う為、魔王城の中庭に出たところで何者かから攻撃を受けたのだ。咄嗟にアリスを庇って、油断していたとはいえ、まともに攻撃を受けてしまい意識を失っていたようだ。

 ―――やっちまった・・・

 「貴方が眠っていた三日間、アリスさんがずっと傍に居てくれていたのですよ」

 俺が目を覚ましたら感知できるように魔法を施していたアスレイが部屋に入ってきた。声色からしてかなり怒っているようだ・・・。

 「三日も・・・二人とも迷惑かけた」

 不甲斐なく項垂れるように頭を下げると、アリスは頭を横に振った。

 まだ涙が止まらないアリスの頭を撫でると、胸元に飛び込んできたことに驚きつつも何処か懐かしさを感じてしまうのは、彼女に居ないはずの少女を重ねているからだろうか。

 「ルークが謝ることではありません。あの襲撃には誰もが気付けなかったのですから・・・」

 あの日、魔王城周辺に光が帯びた次の瞬間、大陸全土に衝撃が走った。

 だが、誰一人気配に気づいた者はいなかった。オルデウスの配下による魔王城周辺の巡回にも、それ以前に変わった点は何もなかったそうだ。後からアスレイも確認に行ったようだが、魔王城敷地内に張っている結界にも侵入された形跡は何処にも無かったらしい。

 「幸い建物への損傷は、殆どありませんでした」

 爆風により窓ガラスの一部が破損したようだ。ただ、中庭に関してはかなり損壊していたようだが、調査後にアスレイが全て修復を行ってくれたそうだ。俺以外に怪我をした者や建物に損害が無くて安堵した。

 「痕跡を見た限り、人族側の襲撃の可能性は限りなく低そうです」

 「だろうな。油断していたとはいえ、勇者以外からの攻撃で俺にダメージを与えるのは不可能だからな」

 「ルークはどう思いますか?」

 「断言はできないが、ゼーレから受けたものと似ていた。あと、攻撃を受けた直後に声が聞こえた。確か・・・」

 新たなステージの条件は解放された。これはゲーム開始の合図だ―――

 「・・・それは確かですか?」

 「ああ」

 聞こえたというより頭の中に直接響いてくるような感じだったと答えると、アスレイは何かを思案する様子を見せたが答えは導きだせなかったようだ。

 「ルークが眠っている間、アリスさんからも全く同じ声を聞いたと伺いました。ですが、お二人以外にその声を聞いた者はいないのです」

 「俺とアリスに向けられた宣戦布告ってわけか・・・!」

 不安そうに見上げるアリスの頭をそっと撫で、二度と繰り返さないことを約束し、安心するように告げた。ふわりとした笑みを浮かべたが、何かに気づいたのかアリスの顔がみるみるうちに赤く染まっていく。

 「どうかしたのか?顔が赤いようだけど・・・」

 「な、なんでもないです!」

 全力で否定されてしまっては、これ以上追及できない・・・

 勢いよく俺から離れたアリスは、アスレイの方に向きを変えた。

 「わ、私は何をすれば良いですか?」

 「そうですね、まずは・・・」

 アスレイがこちらに視線を向けてきたが、どこか冷たい。

 ―――あれ?さっきまで心配してくれてたと思ったんだけどな・・・

 少し落ち込みそうだが、緊急事態だ。

 「レイ、全員集めてくれるか?」


 *


 定例会議を行っている四天王以外に今回はアリス、ジェイド、ファリシアにも集まって貰った。ここに集まったメンバーに誰も異議はないようだ。冒頭に心配をかけたことについて謝罪し、話を切り出した。

 「今回集まって貰ったのは、先日の襲撃に対して現状の擦り合わせと、今後について決めたいと思う」

 俺の右斜め向かいに座ったジェイドとファリシアには、第一線から退いているのに引っ張り出して申し訳ない気持ちを伝えたが、協力するのは当たり前だと返された。つくづく仲間がありがたい。

 「オルデウスとレイから調査結果を聞く限り、相手は人族ではなく新勢力と考えた方が良さそうだ」

 「新勢力とはいっても、先代魔王を倒す為に世界各地を旅したけどさ、人間と魔物以外に脅威になりそうな存在には出会わなかったぞ?」

 「一応いたけど、彼等は同種族以外とは関わらないってことだったし・・・」

 ジェイドとファリシアは、勇者時代に加護を授かる為、世界中を共に回った仲間だ。その中でも最難関だった神殿を守っていた精霊族は、人族にも魔族にも興味が無かった。この為、島への上陸許可が出ず、相当な交渉と時間だけが過ぎた。

 ただ、精霊族が住む島を攻めるとなれば戦争になるだろうが、こちら側が手を出さない限り彼等が動くことは無い。

 「これを見て貰った方が早いかと」

 俺の隣に立っているアスレイがテーブルの上に一枚の紙を広げた。そこに描かれているのは誰もが知る世界地図だ。地図の大部分はカーディナル国を始め、ノースグラン国、マナラジア国、ウィザーシルバー王国が隣接する中央大陸だ。陸地面積はテレスティアルの三分の一近くを占める。俺達が暮らす魔王城は中央大陸から海を隔てた南東の位置にあるが、陸地面積はその半分にも満たない。

 「ただの世界地図じゃん」

 「新勢力を疑うには・・・――いや、あるな」

 何か仕掛けでもあるのかと期待していたアーディンは地図自体に興味を失くしたようだが、世界各地を回ったことのあるジェイドは気づいたようだ。

 中央大陸の真ん中に、まだ解明されていない未踏破エリアを指さすと俺とアスレイに視線を向けてきた。

 「素晴らしい着眼点ですね。一緒に旅をしていた頃に発揮してくださっていれば、もっと楽でしたのに」

 「アスレイ、お前ぇはいちいち一言多いんだよ!」

 一見仲が悪いのかと心配になりそうだが、共に旅をしていた頃から二人の関係性はこんなもんだ。お互い遠慮がないのも信頼し合って―――

 「目の前の事に集中すると周りが見えなくなりますし、どれだけカバーしたと思っているんですか・・・。剣聖になれたのも些か疑問が残っていますし」

 「てめぇ、やんのか!表へ出ろ!」

 ―――るんだよな?

 また始まったとばかりに静観している魔族メンバーに対し、まだこの光景を見慣れないアリスは左向かいの隅でオロオロしていて戸惑いを隠せていない。

 「ジェイド、まだまだ血の気が多いなら俺と再戦しようじゃねぇか」

 ―――あ。またなんか紛れ込んできた。

 「おう!また叩きつけて地べたに這いつくばらせてやるよ!」

 「ぬかせ!長年城に籠ってただけのお前に負けるはずないだろう!」

 再戦というのは、俺達がかつて先代の魔王を倒しに行く前に敵として立ち塞がったのが、オルデウスだった。俺を魔王の元へ行かせる為にジェイドが残り、オルデウスと戦ったのだ。

 どさくさに紛れ込んできたオルデウスと、ジェイドの二人は座ったまま睨み合っているが、今にも剣を抜きだしそうだ。

 そんな状況に、アリスが可哀想なくらいパニックになりかけている。

 ―――そろそろかな・・・

 「「ゴスッ」」

 テーブルに乗り出していたジェイドとオルデウスの頭頂部同士がぶつかった。

 というより、ぶつけられた―――ファリシアによって。

 ―――もの凄い鈍い音が聞こえたけど、脳震とうくらいで済んだか・・・?

 この部屋には、テーブルの上に沈んだ二人を心配する者は残念ながらいない。アリスに至っては完全に固まってしまっている。

 「何すんだよシアァぁー!!」

 額から血を流しながらジェイドが抗議の声を上げたが、次の瞬間、ファリシアに正面から頭を鷲掴みにされ、絶叫が部屋に響き渡る。

 「あだだだだッッ」

 「話が進まないのよ、あんた達」

 これが女神のような笑顔を振りまいていた聖女の裏の顔だ。そこには、慈愛も慈悲も何もない。

 「だってあのヤローが――ぎゃーッ、ギブ!ギブ!脳みそ潰れちゃう!」

 「大丈夫よ。潰れても聖女の力で再生してあげるから」

 「イヤァァァ!トラウマになっちゃう・・・!というか、アーディン!俺の息子なら父親を助けるべきだろ!!」

 ファリシアの隣で両親の喧嘩(一方的)を冷めた目で傍観していたアーディンが、溜息を吐いた。

 「なんで?」

 我関せず。アスレイに負けず劣らず氷のような冷たさだ。

 裏切り者~と、ジェイドから恨み節が聞こえてくるが、アーディンは決して裏切っていない。

 見捨てただけだ。

 「アーディンは母親の私の味方に決まっているでしょ?」

 「まあ・・・」

 歯切れが悪い。

 誰に対しても無遠慮なアーディンでも、この母親には逆らえないようだ。

 絶滅したとされる竜族の血を引いているファリシアには、聖女の能力と腕っぷしの強さで、一緒に旅をしていた頃は沢山助けて貰った。息子のアーディンと違って、彼女は竜の姿に変わることは出来ないが、今でも力の強さは息子を遥かに上回るほどだ。

 「そろそろ冗談はその辺にしておきましょうか」

 アスレイの発言に、これの何処が冗談なのかというツッコミを入れる者も残念ながらいない。

 しかし、脱線し続けているこの状況に軌道修正は必要だろう。

 ―――で、どこまで話したんだっけ?

 「新勢力についてですが、こちらの正体は恐らく二十年前にルークと私が接触した種族不明の者達だと思われます。その根拠となるのが、今回ルークが受けた攻撃です。全員ご存じの通り、ルークに五属性の魔法は効きません。にも拘らず、今回のようにダメージを与えた魔法を使用してきた者がいました」

 俺が気分転換に出掛けた先で出会った者だ。正確には、そいつは俺が完全な魔王となってしまうのか確かめる為に、情報を持っていそうな人物ということで捜していた。結局欲しい情報は何も手に入らなかったが、現在、勇者のアリスと接触しても何も変化が起こっていない。俺が止めたいと思っている連鎖の中で新たな勇者が選定されてしまったが、魔王が復活することによる世界の混乱は起きていない。これ以上には変えられないのかと思っていたが、奴らはまだ俺達を観察していた。その証拠が、今回の襲撃だ。

 「そいつが言っていたんだ。次の条件がクリアされれば、再び会う事があるかもしれないと」

 「新たなステージの条件は解放された。これはゲーム開始の合図だ――ルークとアリスさんが聞いた何者かからの言葉です。どちらも条件という言葉が使われており、私達が接触した者と関係があるとみて良いでしょう」

 「魔王と勇者の戦いが無くなって平和になるのかと思いきや、第三勢力のお出ましってか・・・これ以上の人物っていったら神でも相手にすんのかよ?」

 俺とアスレイの言葉に、うんざりした気分でジェイドは冗談を言ったつもりだったようだ。

 「ええ、恐らく相手は、神と見て間違いないかと思います。その勢力がいると思われるのが、底なしの渓谷。ここは、テレスティアルの歴史が始まった時から存在していた場所です。人を寄せ付けないそんな場所を創れるのは、この世界を創った創造神以外に居ません」

 断言したアスレイの見解に対し、異議を唱える者は誰も出てこない。まさかという信じられない気持ちの方が大きいだろうが、それを覆せるだけのものが他に無い。

 神はこれまでの争いには直接関わってこなかったが、何も干渉をしていない訳では無い。

 その一つが、十五歳で授かる職業だ。成人の儀で天啓により職業を授かるというのは、この世界の神が関わっている事を意味する。

 その他にも、聖女が扱える神の祝福や、聖職者への神託などがある。

 「私からも良いかしら?」

 ずっと静観していたミラリスが口を開いた。

 「さっきアスレイが言っていた魔王であるルークにダメージを与えた魔法についてだけど、解析が終わったから報告するわ」

 ミラリスが得意とするのは、大気中に残った微量の魔素と魔力から属性は勿論、術者の特徴まで割り出すことだ。他にも、魔法だけでなく物質の解析や生成といったことも可能で、アスレイと似て異なる天才だ。それ故、相手を認めつつも受け入れられないものがあるのか、二人の仲はあまり良くない。

 「属性は、私達が攻撃魔法で使う五大元素の火、水、土、風、雷のどれでも無かったわ。そして、勇者が使える光属性、魔王が使える闇属性、このどちらにも該当しなかった」

 攻撃魔法は、空気中の魔素と術者の魔力を結びつかせる際に、属性が付与される。あとは、適性のある属性の術式次第でファイアボールやサンダーアローなどが発動するという仕組みだ。一般の魔道士はここで詠唱を使って構築させるが、アスレイはそれを必要としない。

 「俺達の知らない属性があるってことか?」

 「いいえ、使用されたのは無属性よ」

 誰もが一瞬言葉を失った。

 「魔法は詳しくねえが、それって可能なのか?無属性は攻撃魔法には使えないんじゃなかったか?」

 剣の道を極める事を信念とするオルデウスが攻撃魔法を使うことは無い。彼が持つ魔力は全て身体強化に使われている。この身体強化のように、魔素を取り込まず魔力だけを使用する魔法が無属性となる。

 さっきオルデウスが言っていたことの訂正になるが、無属性の攻撃魔法は使えない訳では無い。

 「いえ、無属性でも攻撃魔法は使えます。貴方が普段戦う際、魔力を使って身体強化をするように、攻撃魔法の発動時に魔素を利用しない分、威力が弱く攻撃には適さないのです」

 「・・・にもかかわらずって事か。まあ、神なら何でもアリそうだしな」

 そう言って豪快に笑うオルデウスだが、これは面白がっている訳では無い。強者を相手に喜んでいるのだ。

 「術者については、人族でも魔族でもない。データなし。つまり、種族不明の者で間違いなさそうね」

 魔力は術者によって異なるが、人族と魔族でもその特性が現れるのだそうだ。そして、今回はそのどちらでも無かったということだ。

 「だとしても、どうやって相手にしたら良いんだ?底なしの渓谷に神がいるって言っても、あの大穴に飛び込んだところで会えるわけでもねーだろ?」

 「貴方の事なので飛び込んでしまいかねないと思っていましたが、良識があって安心しました」

 相変わらずジェイドに対して一言多いが、ファリシアから怒られた手前、食って掛かる様子はない。

 「例の襲撃があった後、主に各国の首都へ偵察に向かわせていましたが、調査結果が出ています」

 あの時、俺達が住む大陸全土を揺るがしたが、他の大陸には影響が無かったようだ。その為、各国の動きに変わりはないが、例の場所には変化があったようだ。

 「底なしの渓谷を囲むように、石碑が出現していたようです。全部で五基。それぞれ赤、青、黄、緑、橙、五色の異なる色が灯っていたそうです」

 「単純だけど、それを解除すれば、更に次の段階に進めるのかしら?」

 その五基が結界の役割を果たしているなら、ファリシアの考えは有効といえるだろう。

 「恐らくそれで間違いないかと。そして、解除の条件も考えてみました。強引かもしれませんが、テレスティアルにある神殿にヒントがあるのではと」

 神殿という神に繋がる場所と、石碑の数が一致している。

 勇者時代に加護を授かる為に訪れた場所ではあるが、俺達がその時よりも次の段階に進んだというならば、何か変化があるのかもしれない。

 「神殿ってことは、まーたあの面倒くせえ奴等とも相手にしなきゃならねーのか?」

 ジェイドが言っているのは、精霊族の事だろう。

 人族の時と違って今は魔族、しかも魔王となった俺を受け入れて貰えるかは正直分からないが―――

 「確かに彼等との接触は避けられないだろうけど、ジェイドは心配しなくて良い」

 「どういう事だ?」

 「各神殿には俺とアスレイが行く」

 「魔王自らが行く気か!?」

 部屋の中がざわついた。

 全員、各神殿へはここにいる人員を割り振って調査に行くのだと思っていたようだ。

 「これは俺とアリスに売られた喧嘩だ。皆には俺達が帰ってくる場所を守っていて欲しい」

 「各神殿には二人だけで対応して、あとは魔王城で待機ってことで良いのかしら?」

 ミラリスの確認の為の質問には、そのつもりだと返した。

 「二人だけって・・・信用してないわけじゃねえが、いくらなんでも少な過ぎなんじゃねえのか?」

 「相手の情報がほぼない状態で、割り振りたくないからな」

 折角、暴れる機会が出来たと思ったオルデウスには悪いが、帰る場所があるのだと安心して出発したい。

 「・・・ルークが言い出したら聞かないものね」

 一緒に旅をしていた頃を思い出したのか、ファリシアが諦めたように溜息を吐いた。

 「実際、我々が動き出すとなれば、人族との接触も否応なく出てきます。彼等が魔王城まで容易に近づけない場所であっても、アクションを起こしてくる者は現れるでしょう」

 「そうなった時の予防ってわけね」

 「わーかったよ。主不在は、俺達に任せとけ」

 不満はありそうだが、ジェイドとファリシアは了承してくれたようだ。

 ミラリスとオルデウスからも他に何か言ってきそうな気配はない。

 ―――あとは・・・

 「私も行きます!」

 ずっと俺達のやり取りに圧倒されていたアリスが名乗りを上げた。

 勿論、この場の誰もが驚き、彼女に注目が集まった。全員の視線に恥ずかしがり屋のアリスの顔がみるみる赤く染まる。

 「だ・・・だって、私もルークさんと同じ声を聞いた一人です!それにさっき、これはルークさんと私に売られた喧嘩だって言いました。だったら、私がここに残る訳にはいきません。この場にいる皆さんに比べたらまだまだ弱いですけど・・・でも、足手纏いにはなりません!だから私も連れて行ってください・・・!」

 お願いしますと頭を下げたアリスは、俺が許可を出さない限り動きそうにない。

 それよりも、争いを怖がっていたアリスが自ら危険な旅に志願するとは思いもよらなかった。

 アリスが訓練を始めたのは、ずっと塞ぎ込んでいる間に守られるだけではなく、自分でも戦える力が欲しいと思うようになったからだと聞いたことがある。そんなアリスに好意的だったのは、オルデウスやジェイドだ。ファリシアとミラリスは反対していたようだが・・・

 「これはもう連れて行くしかないわね」

 「そうね。この中で誰よりも一番アリスちゃんを過保護にしているルークが連れて行きたがらないのは分かるけど、彼女は勇者よ?」

 ファリシアが言った意味を正確に理解したのは、俺以外にはアスレイとジェイドくらいだろう。

 アリスは俺の妹では無いのだと。

 それは俺が一番良く分かっている。目の前で失ったのだから尚更だ。

 だが、瓜二つの顔をしたアリスを見ると、どうしても不意に重ねてしまう自分がいるのは自覚している。何十年も経ったというのに、助けられなかったことを今もまだ悔やんでいるだけだ。

 「・・・分かった」

 弾けるような笑顔で喜ぶアリスの姿を見ると、複雑な気分になる。

 「じゃあ、オレは移動手段や伝令役ってことでついて行きます」

 「まあ、貴方ならそう言うと思いました。ルーク、問題は?」

 「いいや、ないよ」

 アリスとアーディンが加わり、四人での旅となった。

 しかし、この決定を俺は激しく後悔することになる。

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