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2.勇者との出会い

 険しい山脈に囲まれ、うっそうと生い茂る森林の中に古びた城がひっそりと佇んでいる。外壁や石畳の道がしっかりと手入れされている様子から、この城に住んでいる者が居るということが窺える。

 ここはテレスティアル南東の魔族が支配する大陸にある魔王城だ。

 大陸全土に亘って人族が近づけない瘴気の壁と険しい山脈に加え、魔王城の周りの森には獰猛な生き物が生息していることで、例え魔族の者が外からやって来たとしても此処まで辿り着くには、相当な強さが要求される。

 魔族は魔王から吐き出される瘴気に影響を受けないが、魔王城へ集まってくるのは、己の力を追及するような者達だ。

 現在、平穏に暮らしている人族が知らない間にも、魔王を筆頭に強者たちが魔王城の一室に集まっていた。


 「聞いていましたか?ルーク」

 感情の読み取れない声に意識が引き戻された。

 ―――なんだっけ・・・?

 長方形のテーブルを囲むように配置されたソファーに凭れていた俺は、定例報告のミーティング中だというのに意識が完全に飛んでいたようだ。上座に座る俺の左右向かい合わせで四人の男女がこちらに視線を向けている。

 ここは五十年前、勇者によって倒された魔王が住んでいた城。通称、魔王城だ。その中にある一室、俺の執務室兼会議室になっている部屋で、毎月二回主要メンバーが集まって、各自担当している仕事内容の報告を行っている。

 そんな所に何故居るのかって?

 それは勿論、この俺が新たな魔王として暮らしているだけの話だ。因みに、俺が魔王になったのはここ最近の話じゃない。

 新たな魔王として暮らしているとはなんぞや?

 魔王が復活しているのに瘴気はどうなっている?

 ツッコみどころは色々あるだろうが、今は途轍もない圧力が掛かっていて、それどころじゃ無い事を察して欲しい。その圧力の発端は俺の右向かいに座る綺麗な顔をした男だ。

 魔王の俺を倒しに勇者がやって来たわけでは無い。

 周りの物を全て凍らせてしまうかの様な絶対零度の威圧感が、無駄に広いこの部屋の全体を覆う。

 この男は、人が生きているうちに辿り着くのはほんの一握りとされている賢者へ二十歳にも満たない年齢でクラスチェンジを果たした天才。名はアスレイ。聡明さに加え、魔力が強いことを証明する銀髪に端正な顔立ちは、昔から多くの女性の視線を集めてきた。

 そんな彼とは幼馴染であり、良き理解者でもあるが、こちらの考えは全て筒抜けでもある。

 「・・・カーディナル国の内政についてだろ?」

 ギリギリ聞いていた範囲で答えたが、相変わらず冷たい目つきのままだ。

 「少しは聞いていたようですね。といっても冒頭部分だけのようですが」

 錯覚なはずだが、冷気が肌を突き刺すような痛みを感じる。

 ―――怖い・・・

 「まあ、そんなカリカリすんなって」

 いつもの事だと言わんばかりに豪快な声が助け舟を出してくれた。声の主の名はオルデウス。向かい側に座るアスレイの冷たい視線を受けても全く動じる気配はない。

 藍色の短髪に褐色肌の戦士で、戦闘スタイルは背の高さを活かして大剣を振り回す戦闘馬鹿だ。助けて貰っておいてこの言い草はあり得ないように思われるが、そんな事は無い。馬鹿だ。頭の中は脳筋で間違いないと俺は思っている。

 気を取り直して、アスレイが纏めてくれた資料に目を通した。

 「カーディナル国が内部分裂で弱ってんだろ?攻めるか?」

 暴れたくてウズウズしているのか、オルデウスから好戦的な目を向けられた俺は首を横に振った。

 「いや、無駄な戦いはしない。腐った体制に見向きもせず、己の保身だけを考えているような奴らが統治するような国はいずれ滅ぶ」

 多くの魔物は人間のように命に関して執着が無い。あるのは闘争本能だ。魔族であるオルデウスも考え方はこちら寄りというわけだ。

 けれど俺はむやみに犠牲を出すつもりはない。その事に魔王らしからぬと言われても決して譲る気はないが、俺の心情を察してくれているのか、彼等から不満が上がったことは無い。

 「実際、国の防衛費にまで手を付けているようですから、弱体化した相手に貴方が満足するとは思えませんね」

 「地位なんてもんは己を鍛えときゃあ勝手に付いてくるもんだろ?」

 生粋の脳筋の考え方は清々しいほどシンプルだ。生まれた時から魔族の彼には、人間の生態ともいえるものには理解し難いようだ。

 「愚かな人間が権力を手に入れると、その地位にしがみ付こうと金品を使い、似たような者が集まる。それは年数と共に膨れ上がり、手元の物では賄えなくなり不正すら横行してしまうのでしょう」

 「やっぱ魔族に比べたら短命が故に執着するのかねえ」

 淡々と述べるアスレイの見解に、オルデウス自身は共感できるものは無いといった感じだ。

 「流石、元人族の意見は説得力があるわね」

 今までオルデウスの隣で黙って聞いているだけだったミラリスが口を開いた。体のラインがくっきりと分かる赤いドレスに腰の辺りまで伸びた黒髪とのコントラストだけでも目を引くが、彼女の妖艶さを引き出している赤い瞳は、見る者を魅了する力がある。

 「貴女の発言の意図は分かりませんが、私だけではなく現魔王であるルークへの冒涜にもなりかねますので、言葉は選んだ方が良いかと」

 ミラリスの妖艶さが炎を彷彿させるのとは対照的に、アスレイの整った顔立ちは溶ける事のない冷たい氷のようだ。

 ―――この二人仲悪いんだよな・・・

 一応纏める立場にある俺としては、仲良しこよしと迄はいかなくても、いがみ合ったりするのは勘弁して欲しい。

 以前ミラリスについてどう思っているのかアスレイに聞いてみたが、組織の中の一人だと何とも事務的な答えしか返ってこなかった。

 はてさて、この二人が絡むと暖気と寒気がぶつかった天候のごとく雲行きが怪しくなるのでそれは避けたいところなのだが・・・

 「ま~たアスレイに絡んで。好意を持ってるクセに素直じゃねえなあ」

 「ば…ッ!何言ってんのよ!」

 ―――おや?

 茶化してきたオルデウスを相手に、ミラリスの顔が珍しく感情が剥き出しになっている。

 アスレイに負けず劣らず表情を変えない彼女にしては意外な反応だ。

 「冗談じゃないわ!こんな何を考えているのか分からないお子様に、好意なんて持つわけないでしょ!」

 ミラリスが正直どう思っているのかは分からないが、酷い言い草だな。

 俺のオルデウスに対しての感想を棚に上げておいてなんだが・・・

 アスレイは幼い頃から感情を表現するのは上手くなかった。けれど、傍に居たからか彼の感情の機微や何を考えているかは、分かっているつもりだ。しかし、ここ最近は―――

 「いつまで脱線してるの?ムダに時間を拘束されるの嫌いなんだけど」

 アスレイに負けず劣らず冷めた声が室内に響く。

 メンバーの中では一番新参者のアーディンだ。見た目は母親譲りの柔らかい金髪に空色の瞳をしているが、性格は父親に近く、怖いもの知らずなところがある。また、無遠慮な態度は、彼が魔王城で生まれ育ったことも大きく影響しているだろう。彼からすれば、ここに集まっている者は全員身内みたいなものだ。

 ここにいる四人は魔族の中でも絶大な力を持つことから、四天王と称されている。血の気の多い魔族は、いつスイッチが入るか分からない上、互いが本気でぶつかり合えば大惨事となるだろう。

 尚、四人とも役職を得たつもりでいるわけではない。

 俺も特に役職じみたものを作るつもりは無く、各自には得意分野で動いて貰っているだけだ。好きに動いて貰っているそこには、強制力というものも無い。しかし、それが此処では上手く働いているというわけだ。

 「俺の考えはカーディナル国への侵攻はしない。但し、不満を持った国民に対してのパフォーマンスでこちら側に何か仕掛けて来るような動きがあれば、遠慮はしなくて良い」

 アーディンに気を使ったわけでは無いが、俺も気になることを早く解消したい。

 ミラリスも毒気を抜かれたのか、アスレイやオルデウスへ噛みつくような気配は治まったようだ。

 「あちらはまだ魔王が復活している事には気づいていないでしょうし、そもそも魔王城まで近づけるとも思えません。来るとしたら周辺海域での調査でしょうね」

 人族には近寄れない瘴気の壁で覆われた大陸な上、獰猛な魔物が生息する森を抜けない事には魔王城へ辿り着けない。例え精鋭部隊を揃えたとしても、犠牲者が出ると予想出来ることに、平時の今そんな無謀とも思えるような行動には出ないだろう。

 ―――死者が出れば、それこそ失墜に繋がるだろうからな。

 「物足りねえだろうが、その時はオレが前線に出てやるぜ」

 アスレイの推測に誰も異論はない。その上で暴れたいオルデウスが名乗りを上げるのも自然な流れだろう。話が落ち着いたところで全員が退室しようとした際、俺はアスレイに声を掛けた。

 「レイ、少し良いか?」

 一人でいる事が最近増えたが、二人でもこの部屋は広過ぎる。

 ソファーに座り直したアスレイを見て話を切り出した。

 「最近あんまり話してなかったからさ、ホントは酒でも飲みながらが良いんだけど、朝からだと怒るだろ?」

 「当然です。生活の乱れは心の乱れに繋がりますからね」

 「相変わらず厳しいなあ・・・けど、そうやって律してくれるレイが傍に居てくれるのはありがたいよ」

 「・・・雑談がしたい訳では無いでしょう?」

 流石、俺のことを良く分かっていらっしゃる。しかしそれは俺にも言える事だ。

 「レイ、さっきの定例報告で言ってない事あるだろ?」

 「・・・上の空で聞いていた割には鋭いですね」

 「まあ、ここ最近様子が違ったからな」

 滅多な事では崩れないアスレイの表情が一瞬緩んだ。

 やはり貴方には敵わないですねと前置きした後、敵を見据える時と違わない表情で報告していなかった内容を答えた。

 「勇者が現れたようです」

 頭を殴られたような衝撃を受けだが、なんとか冷静さをギリギリのところで保てた自分を褒めたい。いずれこんな日が来るとは分かっていたことだ。

 「さっき言わなかったのは何故だ?」

 動揺を悟られないように慎重に言葉を運ぶ。とはいっても、きっと気づかれているだろう。

 「それは、貴方への負担を・・・いえ、私が伝える事を恐れた為です。申し訳ありません」

 俺が今こうしていられるのは、異常ともいえるステータスが関係していると思われる。しかし、いつどのタイミングで先代魔王のように、憎悪と殺戮だけの存在に変わってしまうのか、俺がそれを恐れていることに気づいているアスレイが言いだせずにいたことを非難できない。

 「カーディナル国内のトルーア村から選定されたようですが、トップはまだ勇者が現れたことを把握していないようです。先ほど報告した通り、人族側の覇権国家であるカーディナルの国力は弱まっています。他の国も魔物が大人しい事もあり、覇権争いの方に今は舵を切っているようで、情報を手にすれば、勇者という最大の駒を手に入れる為に大きな争いが始まるかもしれません」

 勇者が現れたのであればカーディナル国へ報告が直ぐにでも上がるはずだが、それだけ自国内での権威が失われているという事だろうか。他国も覇権争いに舵を切っているということは、勇者についての情報を手に入れれば、必ず人員を割り振ってくるだろう。そして、勇者が現れたとなれば、何かしらこちら側にアクションを起こしてくるのも必須というところか。

 人族側が魔王城へ向かって来ても捻じ伏せられる力はオルデウス達が常に維持してくれているお陰で問題はない。一番危惧しなければならないのは、俺自身だ。

 ミラリスの言葉を受けたアスレイが言っていたように、俺は元人間だ。魔王になることが仕組まれたものだったとしても、今の俺があるのは魔族になった経緯が関係しているのではと推測している。

 五十年前、壮絶な戦いの末、先代の魔王を倒した勇者は俺だ。

 だが、帰還した国で待っていたのは、俺とそして共に戦った仲間の断罪だった。魔王を倒すほどの力を持った俺達を恐れた権力者によって、謂れのない罪を被せられたのだ。

 ご丁寧にも、俺達が抵抗できないよう人質まで用意して・・・

 魔王を倒した際、俺はある呪いを受けていた。

 命が尽きると同時に魔王として蘇るという。

 しかし、どういうわけか勇者として命が尽きる前に魔王へ進化してしまった。

 先代の魔王のように心が無くなったわけではなかったが、仲間と唯一の肉親を次々に失った俺は、かつての覇権国家グランダーナ帝国を滅ぼし、アスレイ達を蘇生させた。その際、魔王の力を使った事で彼等もまた魔族として蘇ってしまったのだ。

 人族から魔族への変化は本来体が耐え切れず崩壊してしまうが、過酷な戦いに身を投じていた俺達は、既に人間の限界を超えており変化を受け入れる事が出来たという訳だ。

 だが、俺の独断で魔族へ変えてしまったアスレイ達には、どんなに謝罪しても償えないと思っている。

 「勇者が現れたのはいつだ?」

 「先月、成人を迎えた者たちの中にいたようです」

 この世界では、十五歳で成人を迎える。そして成人を迎えた年に、天啓により職業が与えられ、ステータスに組み込まれるシステムになっている。与えられた職業によって特有のスキルが使用できるようになり、勇者であれば専用の剣技と魔法の使用が可能になるといった具合だ。

 しかし、レベルを上げなければスキルを使用できなかったり威力も低い等、努力の結果が強さに比例する。

 俺が魔王へ進化する過程にイレギュラーが起きたのは明らかだろう。その証拠に俺のステータスは「魔王/勇者」なのだ。この相反する異常ともいえるステータスが、魔王の強大な能力に飲み込まれずに済んでいるのだと思われる。

 後から分かった事だが、俺が倒した先代魔王もまた元勇者だった。今の魔王城内に先代魔王が復活する以前から生きている魔族がいない為、クリアにしたい内容の答え合わせはできずにいるのだが・・・

 俺が魔王として再びこの城へ戻って来た際、先代魔王の思念体が現れた。剣を抜こうとしたが、危害を加えてくる様子はなく、勇者から魔王へ変わった俺を見て、どこか満足しているようにも見えた。

 「呪いは受け継がれていく」

 それだけを残し思念体は消滅した。当時の俺達には理解できなかったが、魔王と勇者の戦いの歴史を調べると不可解な点がいくつもあった。

 魔王の名前や、世界に平和が訪れた後、勇者の足取りについてどの文献にも詳細が記されていなかったのだ。加えて、人づてに語り継がれている内容や文献への記載にも、俺の前の勇者の名前が実は愛称だったことが判明した。こうした経緯から受け継がれていくという事が、勇者は呪いを受け、魔王として蘇るという答えに辿り着くまで、かなり時間を要してしまった。

 「鑑定―――」

 鑑定スキルは自分や相手のステータスを空間に文字として浮かび上がらせて、情報を視認する事が出来るスキルだ。持っていれば自分以外の誰でも確認が出来るという特性が故に、俺のステータスは良からぬ誤解を招くとも限らない為、隠蔽スキルを使って他人からは勇者の文字が見えないように細工をしている。

 勇者と魔王は同じ時代に一人ずつしか現れない。これは繰り返されてきた歴史の中で違えたことは一度も無い。新たな勇者が現れたのならば、俺のステータスからはその文字が消えたことを意味する。

 そして、それは同時に俺自身が魔王の力によって正気でいられる保証はなくなったという事だ。

 異常な俺のステータスを知っているのは四天王と他二人。

 新たな勇者が現れてからひと月経っているが、俺自身何かが変わった様子はない。

 しかし、いつ異変が起きるかもしれない。そんな不安の中、浮かび上がった文字に目を向ける。自分のステータスを確認するのはいつ振りだろうかと、目にした内容に驚きを隠せず、声に出てしまった。

 「どういう事だ・・・?」


 *


 「やっぱ空は良いな!」

 現在、テレスティアルの中央大陸に向かって空を飛行中だ。

 凄まじい速さで飛行する竜の背中の上で受ける風圧は、モヤモヤした気分を吹っ飛ばしてくれる。長距離移動を進んで申し出てくれた彼に感謝だ。

 「魔王自らが視察なんて聞いたことありませんよ・・・」

 「細かいこと気にすんなって!前例がないだけだろ?」

 前例がないなら作れば良い。長い間、魔王城に引き籠っていたからか、目の前に広がる青空が開放的な気分にさせてくれる。仕方がない人ですねと不満げな口ぶりだが、柔らかい表情を浮かべるアスレイも満更でもないようだ。

 魔王城を出発してから二時間程度で、カーディナル国にあるトルーア村付近までやって来た。中央大陸の上部に位置するカーディナル国の手前には、底なしの渓谷と呼ばれる場所が見える。渓谷と名付けられているが、山も川も無い。真っ平らな大地にぽっかりと大穴が開いた場所が、テレスティアルの歴史が始まった頃から存在している。その広さは、一都市の大きさにも届くほどで、中央大陸を治める四国家はこの穴を囲むように境界線が張られている。しかし、不気味なこの場所に人が近づくことは無く、各国の検問所はここより離れた場所に設けられている。

 「相変わらず奇妙な穴だよな・・・」

 「幾度となく各国が調査に乗り出していますが、未だに何も分かっていませんからね」

 垂直に切り立った崖になっている為、調査は困難を極めているようだ。

 底が何処にあるのか、自然現象とは思えない、まるで切り取られたような形は、今も研究者達の調査対象となっているようだが、それが進んでいるとの話は残念ながら聞こえてこない。

 底なしの渓谷の上空を横切るように通り過ぎ、カーディナル国の検問所が見えてきたところで感知魔法が張られていることに気づいた。しかし、これは人が到底達することのない高さで飛行する俺達には意味をなさないものだった。

 程なくすると、荒野が拡がった場所に建物らしいものが見えてきた。トルーア村のようだ。

 高度を徐々に落としながら飛行を続けていると、爆発音が聞こえてきた。

 音の出所はトルーア村の方向からで、煙が上がったのが見える。

 アスレイと顔を見合わせ俺達は村へ急いだ。


 「これは・・・!」

 村に到着し目にしたのは、凄惨な光景だった。

 倒壊した建物や地面には、この村で暮らす人々が倒れている。土煙で視界が悪いが、かなりの広範囲が吹き飛び、炎が上がっている場所もある。魔物の襲撃かと一瞬考えたが物理的な破壊ではなく、魔法を使って爆散させたのだろう。周辺に魔法を使う際に利用する魔素が大量に集まっているのが何よりの証拠だ。

 「大気中に散った魔力から、一人二人ではなく、もっと大がかりな人数で同時に発動したようですね」

 魔素は大気中に存在する特殊な粒子だが、魔力には個人差があるらしい。

 俺には違いが分からないが、魔法を極めたアスレイが言うのだから大人数なんだろう。

 「人が折り重なるように倒れていれば、逃げ惑う中での襲撃だったんだろうが、これは・・・」

 「日常生活の中で突然だったと思います」

 人族が暮らす場所を久しぶりに見たというのに、この光景は胸糞悪い。

 苦虫を噛み潰したような顔で辺りを見渡していると、微かに声が聞こえてきた。生存者がいるのだと急いで駆けつけた先に、倒壊した家屋の前で小柄な少女が必死に呼び掛ける姿を見つけた。

 「大丈夫か―――」

 ハッと顔を上げた少女は、怯えた表情で俺を凝視している。

 だが、俺は少女の顔を見るなり言葉を失っていた。その姿を不審に思ったアスレイが、俺の後ろに回ったことで納得したようだ。

 「・・・驚かせて申し訳ありません。私達は近くを移動中に煙が上がっているのが見えて駆けつけた次第です。貴女に危害を与えるつもりはありません。見た感じから、この村は突然襲われたのでしょうか?」

 「―――っ」

 言葉が出ないようだ。その中には不安や戸惑い、恐れといったものも含まれているだろう。

 少女が視線を落とした先には、倒壊した家屋の下敷きになった人の手が見えた。手の大きさからして、大人の女性のようだ。この少女の母親かもしれない。

 全く反応が無い様子からすると、既に事切れてしまっているのだろう。

 他にも同じような人がたくさんいる。その人たちの対処について考えていると、気配を感じて振り返った。

 「まだ生存者が残っておったか」

 どうやらこの村を襲った張本人のようだ。

 驚いたことにそこに居たのは、聖職者の衣服を纏った者たちだった。神に仕えている人間が何故こんな暴挙ともいえる行いをしたのかは分からないが、一番位の高そうな神官の男の厭らしく歪んだ顔が納得できる理由など無いのだと思わされる。今ある権力も汚い手を使って手に入れてきたのだろう。

 それにしても、本来人々を救済するはずの神官とは思えない発言である。

 「気になるか?何故このような目に遭わされているのか」

 魔道士を十人引き連れた神官の男が、勝ち誇ったように浮かべる笑みは、何処までも不快指数を上げるものだ。それに気付いたアスレイが、落ち着きを取り戻すようそっと肩に触れたが、不快に思っているのは俺だけではなかったらしい。しかし、その様子を神官は絶望と捉えたようだ。

 「その娘が成人の儀で与えられた称号のせいだ!そして、それを隠していたこの村も同罪という訳だ!」

 声高々に何やら宣言しているが、少女の称号は最初に接触した時点で確認している。

 だが、人族側にとって救世主となるはずの彼女の命を何故狙っているのかが理解できない。

 「古来より魔王が復活し人族側が危機的状況に晒された時、勇者の称号を与えられる者が現れるとされて来た。だが魔王が復活していない今、勇者が現れるのは前代未聞の事!」

 神に近い私に不吉な前触れとの神託があったのだと、高らかに笑いながら事の真相を饒舌に語ってくれているのだが・・・

 ―――いや、今アンタの目の前に魔王がいるんだが。

 人族ってこんなに馬鹿だったかなと、数十年ぶりに接触したというのに、なんだか残念な気持ちになってきた。

 「お前たちは外部の者か?」

 これは俺とアスレイを指しているのだろう。

 「そうだが?」

 「ロクな装備もせずに、わざわざ火の中に飛び込んでくるとは、物好きなのかお人好しなのか・・・まあ、お前たちは全員消えて貰おう」

 「それはアンタら全員ってことか?」

 「この状況でふざけた事を言える度胸だけは褒めてやるわ!全員始末しろ!」

 魔道士達の詠唱と共に、彼等が手にした杖に放電した球状のものが形成されていく。

 雷属性のサンダーボールだ。

 村を破壊したのもこの魔法と見て問題ないだろう。

 向こうは俺達が丸腰だろうと関係ないようだ。

 ―――ま、村を一方的に襲うくらいだからな。

 「レイ、任せた」

 「大丈夫とは思いますが念の為、彼女を守っておいてください」

 「了解――というわけで、少し我慢してくれるか?」

 この状況に完全に怯えてしまっている少女を抱き寄せた。小さな体が震えている。

 今まで争いの無い中を生きてきて、突然理不尽にも襲われたんだろう。

 「「サンダーボール!」」

 魔道士達から一斉に放電した球体が放たれた―――かと思われたが、何事も無かったように静まり返った。

 「・・・え?」

 誰もが間違いなく発動させた魔法が消えてしまったのだ。誰も経験したことが無いだろうから、狼狽えるのも仕方がない。

 「十人もいて何をやっている!もう一度やれ!」

 神官の怒声に、魔道士達は気を取り直してもう一度詠唱し、サンダーボールが放たれようとしたが、やはり火が吹き消されたように発動した魔法が消えてしまう。

 「どうなっているんだ!?」

 神官の男が怒鳴り散らすが、魔道士達の誰もが互いに困惑した顔を見合わせている。

 「わ、分かりません!発動までは問題が無いのですが、突然打ち消されてしまって・・・」

 説明する魔道士も、それを聞く神官の男も理解できずにいるようだ。

 ―――俺も初めて見た時は信じられなかったからな・・・

 「何度やっても発動しませんよ?私が強制的に遮断していますので」

 強制遮断魔法。

 文字の如く、相手が発動した魔法を強制的に遮断する魔法だ。アスレイが生み出した創造魔法の一つで、対象の魔法の原理や魔方陣を細部まで理解している彼だからこそ使える魔法といって良い。

 「そ、そんなふざけた事が出来てたまるか!!」

 ―――気持ちは分かる。俺も理解は出来ても、納得は出来ないからな。

 かなり取り乱しているようだが、これ以上長引かせるのも時間の無駄だろう。

 「そんなふざけた事が出来るのが、そこにいる賢者様ってことだよ」

 「賢者など、五十年前の魔王討伐で勇者と共に戦った賢者アスレイ以降出ておらんはずだ!」

 とんでもない思考の持ち主ではあるが、一般的な知識はあるようだ。

 「はい、私がその賢者アスレイです」

 鑑定スキルで相手に見えるように可視化させた。そこに表示されているのは、紛れもなく賢者アスレイだが、種族は魔族だ。

 「人族の裏切りにより、魔族となってしまいましたけどね」

 ふと見せたアスレイの瞳は何処までも冷たく、相手を凍りつかせた。

 「ついでに付け加えると、魔王は復活しています。何十年も前に、ね」

 「ば、馬鹿な・・・!」

 「十人掛ける二回分の魔力をお返しいたしますね」

 神官の男と魔道士達の真上に放電させながら尖った何かが形成されていく。それと共に、見る見るうちに彼等の顔が驚愕と絶望の色へと変わった。

 彼等の真上で形成されているのは、雷の槍だ。しかも、特別巨大な。

 初級のサンダーボールとは比較にならない上級魔法のサンダーランスだが、その威力は桁違いだ。

 「ま、待ってくれ!ワシが悪かった!だから命だけは・・・!」

 一方的に村人の命を奪っておきながら、いざ自分に身の危険が及ぶと分かった途端、命乞いをする浅ましさに、俺もアスレイも嫌悪感しか湧かない。

 「耳障りなので黙って貰えますか?」

 本来は対魔道士達への詠唱封じの魔法だが、アスレイは何も喋れないように神官の男の口を封じた。

 空にはまだ雷の槍の巨大化が止まらずにいる中、全く属性の異なる魔法を使えてしまえるアスレイは、絶対敵に回したくないナンバーワンだ。

 魔道士達が恐怖の中、逃げ出そうにも彼等の周りには透明な筒状の結界が張られていて抜け出せず、更なる絶望が与えられている。

 この先は見せるわけにはいかず、俺が壁になるように移動した。

 「これ以上、村を壊すわけにはいきませんから―――その中で己の過ちを悔いて散りなさい」

 完成した巨大な雷の槍を一直線に投下した。

 大爆発が起きた時のような轟音は、鼓膜が破れそうな程だ。

 周りに被害を出さない為に結界を張ってはいるが、地面と空気からの振動が凄まじい。

 魔道士達の人数掛ける二回分の魔力と言っていたが―――

 「レイの魔力も上乗せさせてるじゃねーか!」

 魔道士達の魔力だけでは到底あの威力にはならない。相当キレてると思って良さそうだ・・・

 魔法を投下した場所には結界が張られたままの為、かなりの高さまで土が盛り上がった状態が維持されている。衝撃で地面の土が一度、掘り起こされてしまったのだろうが、これくらいなら修復は可能だろう。

 「ズルいですよ!独り占めとかー!!」

 ―――騒がしいのが来てしまった。

 村の中の様子が分からなかった為、外で待機させていたアーディンが轟音を聞きつけて来てしまったようだ。

 ―――まあ、あの姿のままで来なかっただけでも良しとしよう。

 「ところで、何があったんですか?どう見ても、アスレイさんのキレっぷりが酷いというか、なんというか・・・」

 「聖職者の神官を筆頭に複数の魔道士達が村を襲った挙句、私達にも手を出してきたってところですかね」

 「マジかー・・・魔王と、その右腕の賢者にケンカ売るとか、命知らず過ぎんだろ・・・」

 アスレイの答えを聞いてげんなりしていたアーディンが、それより――と、俺の方に振り返った。

 「主は、そんなにその子のことが大事なの?」

 アーディンからの指摘で、自分の腕の中にまだ少女が居たことを思い出した。

 「わ、悪い!!」

 慌てて両手を広げたが、少女からの反応が無く、恐る恐る顔を覗き込んだ。

 ビンタの一発も覚悟のつもりだったが、俺の予想とはかけ離れたものだった。

 ―――あれ?青ざめてる・・・?

 魔道士達から攻撃を受ける前よりも、顔色が悪いように見える。大きな瞳も見開いたまま固まっているようだ。

 「え・・・と・・・、大丈夫か?」

 音は確かに凄かったが、攻撃は一切受けていない。俺が壁代わりになっていたから、結界の中で起こったことも見えなかったはずだが―――

 「私達が怖がらせてしまっているのですよ」

 「そうなの!?」

 アスレイの冷静な言葉が、逆に素っ頓狂な声を上げてしまった。

 怖がらせるつもりは一切なかったが、言われてみれば、賢者アスレイに魔族、それに魔王なんて素晴らしいパワーワードが出てくりゃ、そらそーなるわな・・・。

 「理解した・・・」

 助けを求めるようにアスレイに視線を送った。

 「順番が前後して申し訳ありません。先程、耳にしたと思いますが、私は五十年前の先代魔王討伐で勇者と共に戦った賢者アスレイです。今は訳あって魔族となってしまいましたが、人族と好んで争うつもりは無いことをご理解いただければと思います。そして―――」

 チラリと俺に視線を向けてきた。

 「ルークだ。今は魔王になっちまったけど、元勇者だ」

 賢者アスレイが共に戦った勇者の名は、この時代誰もが知っていることだ。その名前が俺であり、元勇者といえば理解して貰えるだろう。

 ―――まあ、理解は出来ても納得は出来ないだろうが・・・

 「最初に声を掛けた時に申し上げた通り、私達は貴女に危害を与えるつもりはありません。新たな勇者が選ばれたことを聞きつけて、様子を見に来ただけでしたが、今は味方になれればと思っています」

 「最初から・・・私が勇者だと分かっていて、助けてくれたんですか・・・?」

 「はい」

 本来ならば、敵対する者同士だ。この奇妙な関係性を作り上げることを可能にしているのは、俺のステータスが「魔王/勇者」から変化がないからだろう。新たな勇者が選ばれて、こうして対面してもステータスに変化はない。

 ―――これで連鎖は終わるのか?

 「私は、幼い頃から争いが怖くて・・・なのに、勇者の職業を授かってしまって・・・」

 「それを分かっていたから、ご家族や村の方々は国に報告をしなかったのですね」

 俺は元々剣士に憧れていた。勇者になった時は驚いたが、彼女のような拒絶は無かった。

 考えたことは無かったが、今までに選ばれてきた勇者の中にも、彼女のような者が居たんじゃないだろうか。それは、勇者が望んで与えられるようなものではないからだ。だが―――

 「貴女の存在は既に知られてしまっているでしょう。このまま此処に留まっていても、他の国に逃げたとしても、勇者として召集されてしまいます」

 「・・・・・・」

 不安を煽るような言い方だが、それが今の彼女の現状だ。勇者は自国の代表の元へ召集されることが仕来りになっている。今の世界情勢を考えると、勇者獲得の為に人族同士の争いに発展しないとは限らない。そこへ争いを怖がる彼女が巻き込まれるのは必須だろう。

 「――ねえ」

 張りつめていた空気を破ったのは、やはりというか、何というかアーディンだ。

 「主とアスレイさんは、その子のこと守りたいんでしょ?」

 何故、難しく考えているんだと言わんばかりの表情だ。

 ―――ホントにこの子は・・・

 絶望したように沈んでいた少女の瞳が、戸惑ったように泳いでいる。

 「そうですよ・・・。だからといって、彼女の意思を無視するわけにはいきませんから、確認する為に段階を踏んで――といっても、理解できないのでしょうね・・・」

 流石のアスレイも、諦めるように項垂れてしまった。

 「・・・脱線してしまいましたが、今のこの村の状況を利用すれば、貴女は亡くなった者として対象から外れることも可能でしょう。但し、先ほども申し上げた通り、他の国へ逃げたとしても入国審査などで発覚します。ですから―――」

 アスレイが俺にバトンを回してきた。

 一応、主である俺が尋ねるのが筋だということだろう。

 「まあ、なんだ・・・そういう事だ」

 「ルーク、その言い方では全く伝わりませんよ・・・」

 呆れた顔でアスレイからツッコミが入ってしまった。

 言葉選びを考えることなく生きてきたツケだろうか・・・

 何と言おうか逡巡してみたが、相手に一番警戒を与えない言い方なんてものは思い浮かばず、出てきた言葉だった。

 「俺達と一緒に暮らさないか?」


 「主とアスレイさんが決めた事ならオレは反対しませんけど、姉さんからは覚悟しておいた方が良いと思いますよ」

 アーディンが言う姉さんとは、ミラリスのことだ。姉といっても、血は繋がっていない。彼が幼少の頃から口にしているので、恐らくミラリス自身がそう呼ばせているのだろう。

 「まあ、なんとかなるだろ」

 現在、竜の姿に変わったアーディンの背中に乗って、勇者の少女アリスと共に魔王城へ帰る途中だ。

 アーディンが人から竜の姿に変わったことだけでなく、空を飛びながら俺と普通に会話をするというアリスにとっては、生まれて初めて見ると思われる光景にずっと驚き続けている。

 どストレートに問い掛けてしまったが、行き場のないアリスの答えは早かった。

 勇者の職業を授かったとはいえ、まだ何の力もない女の子だ。あのとんでもない神官たちのような者から、いつ何処から狙われるかもしれない中、家族や知人を失った彼女が一人で生きて行くのは無理がある。

 アリスが暮らしていた村は、襲撃を受けたそのままに、俺達の痕跡だけを消してきた。葬ってあげたい気持ちはあったが、下手に手を加えることで勘ぐられることを避ける為だ。

 だが、アリスの存在はあの神官以外にも知られている可能性は否定できない。彼女の存在が広く知れ渡っているとなれば、行方不明の捜索に乗り出されるかもしれない。

 ―――最悪、勇者捜索隊でも組まれたりしたら、いずれ俺達の存在に辿り着かれてしまう事も視野に入れておくべきか・・・

 魔王城のある南東の大陸は、普通の人族には近づく事さえ出来ないが、方法が無いわけではない。勇者時代の俺も仲間と渡る為に行ったことだ。

 それは、世界各地にある神殿を訪れて加護を授かるというもので、全部で五か所ある。

 実はこれが一番苦労した。

 世界各地というだけあって、本当にテレスティアル全土に亘る。その上、魔王の瘴気の影響で増えた魔物の相手や、詳細な地図も無く神殿の場所を探さなくてはならなかったからだ。中には他種族を嫌う者達が住む島もあり、これが最難関だった。

 現在は魔物の脅威は低いとはいえ、この労力を使ってまで俺達を調べに来ようと思う人族は、ほぼいないと思っても良いはずだが、念には念を入れておくに越したことはない。

 ―――各神殿を監視できる手立てがないか考える必要があるな・・・

 黙って考え込んでいた俺に気づいたアスレイが声を掛けてきた。

 「ルーク、人族側の対応などについては、帰ってからにしましょう。今はアリスさんにこれからの事について、少しお話しておいた方が良いのでは?」

 出会った時は、状況が状況だっただけに、ずっと塞ぎ込んだ様子でいたアリスも、想像を超える出来事が立て続けに起きたことで少し持ち直しているようだ。

 ―――たぶん、今だけだろうが・・・

 「俺達の拠点の魔王城がある南東の大陸は、人族が近づけない瘴気の壁で囲まれている。けど、勇者の職業を授かった者なら瘴気を浄化する固有スキルが自動的に付与されているはずだ」

 自分のスキルの確認方法を分かっていなかったアリスに説明して、「瘴気浄化」が付与されていることを確認した。

 これは剣技のように、経験を積まない事には習得できないスキルと違って、経験を積む必要が無いものだ。魔王を唯一倒せる職業というだけあって、人族にとって一番の毒である瘴気を無害化させてしまう能力は必要だろう。

 「魔法を使えば魔力を消費するが、瘴気浄化スキルは何も必要としない。つまり、そのスキルがあれば、問題なく暮らすことは可能ってことだ。ただ、あの大陸は魔物や俺達のような魔人が暮らす特殊な場所だ。魔王城の周りは災害級や天災級といわれるような魔物がいる事は覚えておいて欲しい」

 ここでアリスの表情が分かりやすく変化した。

 出会った瞬間、死を意味するような階級の魔物がいる事を恐れたのだろう。魔王の俺が大丈夫な存在だと分かっていても、他にも危険な存在がいるとなれば、心穏やかではいられないはずだ。

 「危険ではあるが、それよりも強い仲間が常に警備を兼ねて巡回してくれているから、敷地の外に出なければ問題ないよ」

 「魔物は強い者に従う習性がありますから、頂点である魔王が住む城に襲い掛かってくるような個体はいませんので安心してください」

 アスレイからもフォローを入れて貰ったが、そうはいっても身を守る術が無いのでは、不安は消えなさそうだ。

 どうするかと考えていると、アーディンが俺を呼ぶ声が聞こえた。

 「オレが子供の頃に主から貸して貰ったアレはどうですか?」

 「・・・何か渡したっけ?」

 アーディンが子供の頃となると、四十年近く前になる。そんな昔の記憶なんてすぐに出てくるはずも無い。

 「一度だけ身代わりになってくれる宝具ですよ」

 「ああ、あれな!」

 すぐに必要が無くなったが、アーディンが剣術の稽古を始めた頃、万が一の事が起こらないように持たせていたものだ。

 「空間収納」

 この空間収納とは、空間の狭間にアイテムを保管することが出来るという大変便利なスキルだ。おまけに、収納したアイテムは、どれだけ時間が経過した後に取り出したとしても、劣化することは無いという優れものの為、大体の物は、この中に入れている。

 「あった。これを持っておくと良いよ」

 アリスに手を出して貰って指に嵌めると、自動的に大きさが調整された。

 「指輪・・・?」

 勇者時代に手に入れた宝具の一つで、シルバーのリングに透明な紫の石が埋められている。これに魔力を溜めれば、致死量のダメージを受けたとしても、一度だけ身代わりになってくれるというお守り代わりみたいなものだ。

 「それは宝具だ。小さいけど紫の石の中に俺の魔力が込められている。人族の匂いに釣られて近づいてくるバカな個体が居ないとも限らないからな」

 「流石にその魔力を感じれば、近づいてくる魔物は居ないでしょうね」

 「わ、私が持ってても・・・危険はないのでしょうか・・・」

 「そりゃあ、持ち主を守る物だからな」

 守る・・・と、俺の言葉の一部を真似るように呟くと、アリスが黙り込んでしまった。

 「ん?まだ不安か?」

 「・・・いつから天然タラシになったのですか?」

 意味が分からない。

 どちらかといえば、貴族や王族でも通じそうな顔をしたアスレイの方が常習犯だと思うのだが。

 ―――俺が見てきただけでも、一人や二人なんてカワイイ数じゃねーぞ。

 それに、俺の何処がタラシだというんだか、全く持って心外だ。

 「左手、しかも薬指に指輪なんて、今日初めて出会って助けた女性にする行動としては、あり得ないと思いますが」

 「へ?」

 「主・・・オレでも知ってますよ・・・」

 なんか、アーディンですら呆れた声だ。

 「あ、あのっ、分かってますから!」

 「気を遣わせてしまって申し訳ございません」

 アスレイの冷ややかな視線が痛い。アリスに至っては目を合わせてもくれない。

 自分が何か重大なことをやらかしてしまったのだと気づいても、それが何なのか見当もつかない。

 「だから何だっていうんだよー!」

 魔王城へ帰るまでの道中、誰も詳細を教えてくれることは無かった。

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