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009 心配しなくてもすぐに終わる

「あ、あの……こちらに、ゴホッ、ゴホッ、うちの子が……来て、ませんでしょうか……」


「アマンダさん。あんた、寝てなくていいのかい」


 中肉中背で人の好さそうな男の店主が、木製の調理カウンターから出る。


 肩に布のタオルをかけ、よれよれの布の服を着た女性は店主の腕へ縋りつくようにして言葉を絞る。


「あの子たちが……いなくなったんです……ゴホッ、ゴホッ」


 アマンダと呼ばれた女性の顔は土気色で、体も骨と皮くらいに痩せ細っている。足取りも頼りなく、医者ではない敬でも死が近いとわかった。


「ポールとサハンナかい。ウチには来てないよ」


「そんな……それじゃあ、どこに……? まさか……」


 ただでさえ好ましくない顔色が、さらに悪化していく。


「邪竜山に行ったんじゃ……」


 アマンダの呟きに、店主だけでなく周囲の客たちも驚愕の声を上げる。


「あそこは険しいし、凶暴な動物もいる。何より邪竜が封印されてるって噂の山だぞ。この街に住んでるんだ。アンタだってよく知ってるだろう」


「うう……実は昨日、私を見舞ってくださった方が、邪竜山になら病に効く薬草も自生してるかもしれないと話していたんです。それで……ゴホッ、ゴホッ!」


「もう喋るな。無理すると体に響くぞ」


 店主が制止するも、アマンダは崩れ落ちそうになりながら涙に濡れた顔を左右に振った。


「私のことはどうでもいいんです。でも、あの子たちは……ゴホッ!」


 今にも血を吐きそうなアマンダを見ていれば、彼女にとって切実な問題なのがわかる。


(邪竜山か。女神の知識に……あるな)


 机の引き出しを開けるようにして、頭の中から見つけ出した情報に目を通す。


 邪竜山は古の時代に世界を荒らした悪しき竜が、女神イシュルによって封印された山である。肉食であり、犠牲になった人間は数多い。


 港で船を準備しているだろう船長に、事の次第を伝えるように食堂の店主へ頼み、敬は徒歩で邪竜山へ入った。


 それぞれ六歳と四歳という兄妹の足でも、一時間もあれば到着できる距離だ。レリアたちに走行速度を合わせてもさして時間はかからなかった。


「邪竜山というだけあって禍々しい雰囲気だな」


 入口付近はまだ普通の山っぽかったが、現在いる中腹地点になると薄い靄がかかって、おどろおどろしさが強まっていた。


「貴様は何を考えている。一刻も早く魔王を倒すべきだろう。寄り道をしてどうする」


 邪竜山へ向かうと告げたその瞬間から、ルーファはひたすら怒りを爆発させていた。


「私はケイ様のご判断に賛成です。困っている人を見過ごしてはおけません」


「それで手遅れになったらどうする。二人の子供を助けている間に王都が襲われて、何万人が犠牲になったらどう責任を取るつもりだ」


 懸命に敬の擁護をしていたレリアが、そこで口ごもる。反論をしたいのにできない、そんな心苦しさが見て取れる。


「問題ないさ。仮に王都が襲われても俺が助ける。力を得たからには、目に見えた人すべてを守るくらいはやってやるさ」


「ケイ様……素敵です……」


 胸の前で両手を組み、いつもの賛辞をくれるレリア。一方で人情をあまり感じさせない半魔の少女は不愉快そうに鼻を鳴らした。


「貴様はいつも綺麗事ばかりだな。それで世の中やっていけると思ってるのか」


「やっていけないんだとしたら、そっちが問題だ。そう思わないか?」


「あたしは……知るか! もう勝手にしろ!」


 怒ったようにルーファがそっぽを向く。


 子供のと思われる甲高い悲鳴が聞こえたのは、その直後だった。


「急ぐぞ!」


 敬の号令に頷き、レリアが首の後ろに下げていた兜を被る。


 なんやかんや言っていたルーファも、律儀に走り出した敬の背中を追いかけてくる。


 赤土が不気味な頂上付近で、涎を垂らした狼が幼い兄妹を取り囲んでいる。赤色に輝く目を見れば、普通の動物でないのは明らかだった。


「やっぱり魔物が出たのか。レリアとルーファはあの子たちを守ってくれ」


「承知しました」


「あたしに命令をするな」


 女神だけが持つ聖なる力を輝きに変え、眩い光の弓を作る。無尽蔵に湧き出る力で矢を作れば、矢切れを心配する必要もない。


 幼い妹を抱いて守る兄の背中に、一匹の狼が襲い掛かる。けれどその灰色の肉体が覆い被さる前に、敬の放った光の矢に眉間を貫かれて絶命する。


 驚いて顔を上げる少年にスッと影がよぎる。女性にしては大きな背中で、レリアが狼から二人の姿を隠したのだ。


「私はレリア。勇者様にお仕えする聖騎士です! ご指示により貴方たちを守ります!」


 堂々と宣言し、繰り出される狼の牙を大きな盾で防ぐ。体ごとぶつかってきた一匹を力任せに押し返し、得意の鉄球で胴に打撃を加える。


 地面に転がって悶絶する狼に、ルーファがナイフでとどめを刺す。首から血を流して絶命した敵が、黒い霧となって大気に消えた。


「死にたくなければ大人しくしていろ。あたしはお前らの命など、どうでもいいんだ」


 フードを被った怪しい人間に、低い声で忠告されれば、子供なら誰でも恐怖する。幼い兄妹は顔面を蒼白にして、何度も何度も頷いた。


「心配しなくてもすぐに終わる。この程度で勇者は止められないぜ!」


 狼がどんなに素早かろうと、本物の勇者となった敬には敵わない。五分もしないうちに、場には本来の静けさが戻ることになる。

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