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005 俺を知ってるお前は何者だ

 王城でドラハム王の協力の確約を貰い、催された歓迎会が終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。


 与えられた個室は国王の寝室みたいに華絢爛で、レリアが言うには貴賓以外には提供しない部屋らしい。


 学校の教室よりも広い間取りに、アンティークを思わせる木製の家具が並ぶ。調度品も多岐に渡り、床のレッドカーペットは足が沈みそうなくらいにふかふかだ。


「本当に異世界へ来たんだな」


 窓を開けてバルコニーへ出る。王国内で一番高い場所から見下ろす街に明かりはほとんどない。


 電気がないこの世界では火を明かりとするため、夜に多用しすぎると火事の元にもなる。そのため余程の事情がない限り、各店も日没とともに営業を終えるのだという。


 都会にはなかった静かな夜を堪能していると、不意に風が吹いた。額で揺れた前髪を視線で追いかけると、バルコニーの隅に小さな影が佇んでいるのに気づいた。


 雲の切れ間から覗くまん丸な月が影を照らす。浮かび上がったのは、目深なフードを被った灰色のローブ姿の人物だった。


 一見するとてるてるぼうずみたいだが、裾から覗く細い素足が魔物ではないのを証明している。


「貴様、魔王を倒しに行くのか?」


 レリアと比べれば低く重い声だが、男のものではない。小柄で細身な体躯からして、年の若い少女のように思えた。


「女神に頼まれたんでな。勇者の役目を果たすさ。邪魔する奴がいなければな」


 目を細める。自分では殺気を込めたつもりなのだが、相手に臆すような気配はない。フードの下からじっと、こちらを観察し続けている。


「で、俺を知ってるお前は何者だ。こっちだけ知らないのは不公平だろ」


 可能な限りフレンドリーに質問してみたが、相手の反応は簡潔だった。


「うおっ!?」


 いきなりの突進に続き、闇夜に煌めく銀閃が直線を描く。


 恐らくは百五十センチもない小柄な侵入者の、小さな手が握っているのは切れ味鋭そうなナイフだった。


 敬の脳裏に、暗殺者という言葉が浮かぶ。


(しかし、暗殺者なら不意打ちでくるよな。狙いは何だ?)


 これも女神の力なのか、敬は自分でも驚く冷静さを維持できていた。


 二撃目、三撃目をバックステップで回避しながら考えをまとめていく。


「お前は魔王の手先なのか? だとしたら悪の組織みたいなのが人間側にもあるってことか。それもゲームっぽいけどな」


 ぶつぶつと呟いている間に、侵入者が背後へ回る。完全に死角を取ったつもりだろうが、女神の力を分け与えられている敬は普通の人間と異なる。


 気配の察知能力に留まらず、頭の中でゲーム画面を見下ろしているみたいに、客観的に戦闘の光景を把握できた。


 完全に命中すると思っていたのだろう。背中を向けたまま、事も無げに見切られた侵入者は驚愕を隠せないみたいだった。


「やめとけ。お前じゃ、勝てねえよ。こう見えても、俺は勇者なんだぜ」


 掌に作り出した光剣を侵入者に向ける。日中のデスクラブとの戦闘を目撃しているのであれば、これだけで敬には敵わないと理解できるはずだ。


 侵入者に諦めの気配が漂い出した時、部屋の扉が勢いよく開かれた。


 見れば頑なに敬の護衛をすると言い張り、廊下にいた女聖騎士のレリアが血相を変えて飛び込んでくる。


「物音を聞いて失礼ながらお邪魔させていただけば、侵入者がいたなんて。申し訳ありません。この失態はすぐに挽回させていただきます」


 大盾を構えたレリアは、素早く手に持っていた兜もかぶってフル装備となる。


 白銀の鎧をガチャガチャと鳴らしながら走るレリアに、侵入者は床を滑るように接近する。


「邪魔だ。引っ込んでいろ」


「私は命を救ってくださった勇者ケイ様に、すべてを捧げて仕えると決めたのです。いかなる危険があろうとも、下がるわけにはまいりません!」


 突き出されるナイフを盾で払う。結構な大きさなので正面の防御力はかなりのものだが、その分だけ回避能力は鈍くなる。


 それは敵がスピードに優れていた場合、後手に回るのを意味していた。


 死角に入り込んでは鎧の隙間を狙ってナイフを突き出す侵入者に、レリアは防戦一方となる。


 聖騎士は選ばれた騎士にしか与えられない称号。そしてレリアはその聖騎士の中でも、上位に入る実力者だとドラハム王は歓迎会で言っていた。


 だからこそレリアの実力を正しく見る機会だと観戦に回ったが、侵入者の身のこなしも単なる賊とは思えないレベルだった。


 もっとも、チートな実力を持つ敬には両者とも遅いくらいなのだが。


(人間で上位の実力者を見ても弱いと感じるんだ。俺の能力は相当高いってことになるな。他に誰も使えない奇跡もあるし、反則級の強さじゃねえか)


 女二人の緊迫した戦闘を目で追いつつも、頬が緩むのを堪えきれない。


 健全な男子ならば誰もが夢見る英雄に、世界は違えど、敬は現実でなろうとしている。


「深夜にケイ様を狙うとは、なんたる不届き者でしょう。私が懲らしめて差し上げます」


「守るしか能の聖騎士に何ができる」


 不敵に呟き、侵入者が跳躍する。


 ローブをはためかせて背後を取りに来た相手を見もせず、レリアは純白のマントに隠れていた背中に手を回す。


「むやみやたらと周囲に損害を与えるのは好みでありませんが、勇者様の身に降りかかる火の粉を払うためであれば鬼にもなりましょう。てええいっ!」


 気合の咆哮を放ったレリアの周囲で、ベッドやら家具やらが無残に破壊され、死角を取ろうとしていた侵入者も飛んで退く。

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