048 お尻ペンペンだ!
「奴も……寂しかったのかもしれんな」
「本当のところはどうかわからないが、あそこまで言ってやったんだ。愛ある世界ってやつを作らないとな」
「フン。貴様の責任は重大というわけだ」
「その通りだ。だから今すぐ子作りをしなければならない。さあ、ルーファ。勇者である俺にすべてを任せるんだ!」
「貴様! どこを触ろうとしている! 不気味な手の動きをやめろ!」
ぎゃあぎゃあと不埒な攻防をする二人に、それまで黙っていたレリアが噴き出す。
三人でひとしきり笑ったあと、不意にレリアがポツリと漏らした。
「綺麗ですね……」
「ああ」
「聖なる力と魔の力で愛になるとか言い出した時は、本気で頭がどうかしたと思ったがな」
頷いた敬の、黒歴史になりかねない言動をルーファが穿り返す。
恐らくは恥ずかしがらせようとしたのだろうが、相手の意図を的確に察した敬は不敵な笑みを浮かべてやり返す。
「ロマンチックなムードが苦手だからって、照れるなよ。二人きりでの子作りでは、きちんと雰囲気を作ってやるからさ」
「……そうか。その時は……よろしく頼む」
「え? え? あ、お、お、おう」
予想外のルーファの反応に、敬はものの見事にどもってしまう。
「――プッ! ククク……貴様ごときが、あたしをからかおうなんて十年早いのだ」
「あっ! わざとかよ! お仕置きだ。お尻ペンペンだ!」
「卑猥な手であたしに触れるな! レリア、貴様もこの阿呆に何か言ってやれ!」
ルーファに水を向けられた女聖騎士は、幼さを残す端麗な顔立ちを何故かうっとりするように朱に染める。
「お尻ペンペンだなんて……」
「どうして嬉しそうなのだ! ええい! あたしの周りは阿呆ばかりか!」
「ルーファもその中に含まれてるけどな」
さりげなく敬が言うと、半魔の少女はわかりやすく唇を尖らせた。
「貴様らのせいだろう。まったく。お節介すぎて、いつか誰かに騙されるぞ」
「だからルーファとレリアがいないと駄目なんだよ。俺を放っておいたら、また引き篭もりに戻ってしまうぞ」
「フン。とんでもない脅し方もあったもんだ」
そう言いながらもルーファは楽しそうに笑う。
「それでは戻りましょう。きっと各地の人々もケイ様の帰還を心待ちにしているはずです」
世界の平和を祝うような桃色の光が収まると、いつの間にか戦闘で天井が破壊されていた地底城に陽光が差し込んできた。
三人揃って見上げる空はどこまでも高く、そしてどこまでも青かった。
※
破壊神の討伐を果たし、勇者ケイの名前はさらに大きく知れ渡った。因子をレリアに譲って消滅したからか、人々の間から創造神イシュルの降臨の記憶が抜け落ちていたのも、その要因の一つとなった。
世間の認識は魔王討伐後に破壊神が現れ、それをまたしても勇者である敬が打ち倒したということになっている。
悩んだ末に魔神の存在を敬たちは公開しなかった。無駄に恐怖を煽る必要はなく、破壊神を倒して平和になったという結末で良いと考えたのだ。
問題はルーファが直に姿を見せた開拓街だったが、魂だけの存在となった魔王に肉体を乗っ取られたという説明で強行突破した。
半魔であるがゆえに今後も同様の事態が起きるかもしれない。危惧する人々は多かったが、勇者である敬が一緒にいることに加え、すでに魔王は完全消滅済み。さらには人間の悪意こそが魔物を誕生させると告げ、ルーファへ危害が加えられたりはしなかった。
エスファーラ大陸にも平和が戻り、鉱山街や港町は普段通りの日々をすぐに取り戻した。ドラハム王国では、レリアの両親が魔物侵攻の際の功績が認められ、再び爵位を与えられた。
※
そして破壊神の討伐から、一年が経過した。
世界の終焉を救った敬たちは、悪意が集まる土地を監視すべく、暗黒大陸に留まっていた。
「ずいぶんと国らしくなったよな」
額に手を当てて街並みを見渡した敬は、感慨深くなるのを抑えられなかった。
魔王が支配していた時は蓄積していた悪意のせいか、さほど住みやすそうには見えなかった。
その暗黒大陸が移転してきた人々の努力により、緑豊かな地に変貌しつつある。
地底城は封印され、その上に新たな居城が建設された。開拓街から開拓国へと名前を変えたこの地の王城である。そしてそこに君臨する者こそが敬だった。
開拓街の発展に協力しているうちに人望を得て、再び魔物が猛威を振るった際に備えて王位につくのを提案されたのである。
さらには世界に国家が一つだけの場合、国王や貴族の権力が強すぎて平民が逆らえなくなってしまう。並び立つ国家を作り、そこを勇者である敬が治めれば、魔物だけでなく野心の強い人間への抑止力になるとも期待されたのだ。
「すべて民の頑張りだな。国王の力など皆無に等しい」
調子に乗りかねない敬に、さらりと釘を刺してきたのは王妃のルーファである。
「いいえ、ケイ様は立派で素敵な王様です。これからも私たちを導いてください」
辛辣な口撃を浴びて、若干頬を引き攣らせていた敬を、ものの見事に甘やかしたのは同じく王妃のレリアだった。
共に困難な道を歩んだ二人の少女は、揃って敬の伴侶となっていたのである。それもこれもすべて、どちらかを選びきれず、二人を好きだと最後まで言い張ったからだ。そのおかげで、開拓国では一夫多妻制が認められていたりする。
当の少女二人は、最初からその可能性を予期していたらしく、特にルーファはため息をつきながらだが、同時にされた敬のプロポーズを受け入れたのだった。
「あっ! 王様と王妃様だ!」
嬉しそうに駆けてくるのは、幼い兄と妹。かつては港町レックスに住んでいたポールとサハンナだった。
二人は揃ってルーファの袖を引く。王妃らしいドレスなど着たくもないと、動き易い軽装を好む王妃は笑顔で応じている。
まだ半魔に偏見のない子供たちが最初にルーファに懐き、敬と一緒に開拓国の建設に尽力しているうちに、大人たちも徐々にではあるがルーファとそれなりに会話もするようになった。
長年に渡って染みついた差別感情だけにすぐには払拭できそうもないが、徐々に改善していけるのではないかという希望は見え始めていた。
「何をしている。レリアも来い。あたしだけでは体が持たん!」
「ウフフ。わかりました。ケイ様も行きましょう」
子供にじゃれつかれては嬉しそうにするルーファの姿に、目を細めながらレリアが手を差し出してきた。
「ああ、そうだな」
手を取り、二人で並んで歩く。すぐにルーファも合流する。子供たちも走ってくる。
風が吹いた。大地に潤いをもたらす緑が揺れる。
後の世で暗黒大陸は浄化大陸と呼ばれるようになる。
人の悪意を、笑顔で浄化する楽園。
そこでは魔物も、半魔も、人間も関係ない。
全員が同じように笑い、そして同じように生きていく。
二人の王妃を抱き、真っ直ぐに前を見据える初代国王はいつしか英雄と呼ばれるようになり、永遠に向けて紡がれる世界の中で、いつまでもその名前を語られ続けた。




