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046 あいつは俺の女だ!

「チッ! おい、ルーファ! お前はそれでいいのかよ! まさか魔王と一緒になって、世界を壊せるなんてラッキーとか考えてないよな!」


 声を張り上げる敬に対し、返ってくるのは魔神の嘲笑だけだった。


「無駄よ。我に肉体を乗っ取られた娘が反応できるはずもなかろう」


「うるせえよ。その言葉がすべてじゃねえか。ルーファの体は手に入れても、心は違うんだろ。だったら呼びかけるのは無駄じゃねえ。俺は信じてるからな。あいつがお前ごときにいいようにされる女じゃねえって!」


「クックック。お得意の絆とかいうやつか。我はガントレットから、お主らのやりとりをすべて見ていた。そしてこの娘の心もな。あったのはお主らには理解できぬ虚無感と憎悪よ。親しくなればなるほど自分はお主らと違うと認識し、虚しさの果てに憎しみを募らせる。悪意を抱く己にさらに悪意を抱く。この上なく美味であったわ。我も良い宿主を選んだものよ」


 苛立ちから怒鳴りつけてやろうとした敬だったが、それよりも先に隣の女聖騎士が美貌を激情に染めていた。


「貴方がルーファ様を語らないでください! 確かに魔物の血は流れてますが、ルーファ様はルーファ様です。ぶっきらぼうで意地っ張りで、だけど可愛らしくもあって……私と一緒にケイ様の隣にいるべき女性なのです!」


「お主らの優しさこそが、この娘を苦しませていたと何故に気付かぬ。孤独のままでおれば、躊躇いなく世界を壊せて満足できていただろうにな」


「黙れよ!」再び敬は叫ぶ。「レリアの言う通りだ。お前にルーファの何がわかる。それにな、はっきり言っておいてやるぜ。あいつは俺の女だ! てめえごときが手を出すんじゃねえ!」


 威勢よく指を差した敬に、魔神が目を白黒させる。


 恋敵に愛を語ったようなものなのに、腕に抱かれているレリアは嬉しそうに微笑む。


 そして――


「クックック。強欲な者は嫌いではないぞ。だが――むっ? これは……」


 明らかに魔神の態度が変わる。


「ケイ様、これはまさか……」


「ああ。きっとルーファが、奴の中で抵抗してやがるんだ。なら、協力するしかないよな!」


 光の翼を羽ばたかせ、上昇した速度で一気に敵との距離を詰める。


「そうはさせぬぞ。一気に勝負を決めてくれる!」


 闇の球体の僅かな隙間に、光の球体を出現させる。全方位を魔力で通行止めされたようなものだが、気負いもせずに敬は隣のレリアに告げる。


「突っ込むぞ。気合を入れて捕まっててくれ」


「はい! 火の中でも水の中でもお供します!」


 雄叫びを上げ、ぶつかる瞬間に翼を光の衣に変える。内臓を揺さぶられるようなダメージに、口内で鉄の味が広がる。胃液だけでなく真っ赤な液体を吐き出しても気にせず、強引に球体の包囲網の一部を突破した。


「おらあァァァ!」


 回復へ回す分も勿体ないと、今度は足に小さな翼をつける。極限まで速度を上昇させた接近に、さしもの魔神も防御態勢に入る。


「我に近接戦闘を挑むとはよい度胸だ! だが易々とは思い通りにならぬぞ!」


 ルーファが得意としていた闇の大鎌を作り出して振う。魔神の一撃を喰らえば致命的になりかねなかったが、敬が反応するより先に前へ出たレリアが両手を交差させてガードする。


「私はケイ様の盾です! そしてルーファ様は剣です! にもかかわらず、いつまで魔神に肉体を乗っ取られたままでいるつもりですか! 意地を見せてくれないのなら、ケイ様の隣は私が独り占めさせてもらいます!」


 刃を防いでいたガントレットが砕け散れば、即座に鎧が残っている部分で敬に危害が及ばないようにしてくれる。あとは敬がなんとかするだけだった。


「さっさと出て来い! お前がいる場所は俺の隣だろうが!」


 防御をレリアに任せ、魔神の懐に飛び込んだ敬はそのままの勢いで唇を奪う。肉体の主導権を握っているのが魔神なのは微妙だが、外見はルーファのままだ。


(今度は俺が力を与えてやる! だから戻って来い!)


 心の叫びに呼応するかのように、ドクンと強い力が敬に流れ込んでくる。


 ふと、少女の小さな手が伸びてきたような気がした。


 幻でも構わないと全力で握る。強引に開いた口唇へ、得たばかりの魔力を返すように、目一杯に息を吐く。


「ムグ、ンッ、ングウゥゥゥ!」


 両腕の中で少女の小柄な肢体が震える。そして目が開く。


「いつまでしているか! そ、それに、き、貴様……またしても、し、舌を……! ええい! 離れろ!」


 瞳の色ほどに顔を赤くしたルーファが、いつもと変わらない調子で暴れる。数歩ほど突き飛ばされてしまった敬だが、怒りは砂粒ほども沸いてこなかった。


「そんなに照れるなよ。喜んでる癖に」


「よ、喜んでなどいない! だ、誰が! き、きき貴様は、出鱈目を言うな!」


「おや。てっきり、フン、くだらないとか言うと思ったんだけどな」


「こ、こここの男は……!」


 治るどころか、赤面を悪化させる半魔の少女。可愛らしい生意気さを含んだ瞳を正面から見つめ、敬は彼女の黒髪を優しく撫でた。


「よく戻って来たな。待ってたぞ」


「き、貴様が泣きそうな顔をしてるからな。し、仕方なくだ。あたしに感謝しろ!」


「ああ。ありがとう」


「――っ! そ、そんなに素直にされると、は、恥ずかしいだろうが!」


「俺にどうしろってんだよ」


 敬が苦笑を顔に張りつけていると、パキリとルーファの右腕で音が鳴った。


「ガントレットが……」


「フン。どうやら、あたしが強引に表へ出てきたから、壊れたみたいだな」


 ガントレットを見て呟く敬を前に、面白くもなさそうにルーファが言った。


 一歩離れて様子を見守っていたレリアが、満面の笑みを浮かべて頷く。


「ルーファ様の強い心が、魔神を打ち破ったのです」


「……あたしは強くなんてない。現実を直視したくなくて、いつもこんな世界は間違ってる。壊れてしまえばいいって思ってた。だけど、それは自分を――現状を変えるのを諦めて、逃げてるだけだったんだな。フン。まさか貴様のような男に教えられるとは思わなかったぞ」


 鼻を鳴らしたルーファだったが、不機嫌さはない。むしろ照れているのを隠そうと、そっぽを向いた感じだった。


「とにかく、これで終わったんだ。魔神もガントレットと一緒に滅んで一件落着だ」


「……だといいがな」


「おいおい、ルーファ。驚かさないで――くれ……よ……?」


 ルーファと同じ方向に視線を動かして、敬は絶句した。やや離れた場所に黒い霧が集まり出しているのだ。長円のような形で、先端には糸みたいな線がついている。


「見てください! 壊れたガントレットと繋がってます!」


 緊迫の面持ちで、レリアが警告を発した。


 砕けたガントレットが、空気に溶けるように消えていくまではいい。問題はそれが霧状となって、先ほど見た不気味な塊を作り出している点だった。


「もしかして……って、考えてる場合じゃない! レリア!」


 呼びかけに応じて、身を寄せてくる女聖騎士の手を握る。完全にガントレットが壊れて、腕まで剥き出しになっているおかげか、これまでよりも強く体温が伝わってくる。


「よし、漲ってきたぞ」


「いやらしい言い方だな」


 敬とレリアを見る半魔の少女が、どこか拗ねたように唇を尖らせる。


「ほっといてくれ! まずはあの怪しい霧をどうにかするのが先だ!」


 ルーファに膝を折らせた時同様に、力を奪う光の波動を飛ばしてみるが、薄く張った膜みたいなもので防がれてしまう。


「わかってはいたが、やっぱり単なる霧じゃないか。ったく、いい加減にしろよ!」


 怒鳴った敬を楽しむようなくつくつとした嗤い。地響きでもしているかのような声は威厳と迫力に満ちている。


「そこの娘を侮っていたわ。だが我とて魔神となった身。因子を引き上げる際に女神から喰らった力を使えば、このような芸当も可能だ」


 集まっていた黒い霧に聖なる光が降り注ぎ、内側から眩く輝き出す。


 目も眩む閃光が走る。大気が震える。ズシンと床全体が揺れる。


 いまだ残る白光の向こうから、威圧感たっぷりに現れたのは、文字通りの化物だった。

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