044 それは、その、なんというか
「ルーファだからこそ知ってるだろ。これが絆だ。互いが望んで力を合わせれば、一人ではどうにもできない壁にも立ち向かえる。だからお前も信じろ。俺たちを。そして壊すんだ。世界じゃなく、お前の行く先を阻んでいる壁をな」
「……甘すぎる言葉だな。反吐が出る。しかし、貴様には似合っているな。だが、あたしは素直に応じられない。一度踏み出した足を、自分で止めるのは不可能なのだ」
「なら、俺が止めてやる。お前の仲間としてな! レリア!」
名前を呼ばれた聖騎士が、瞳を潤ませて頷く。差し出された口唇を貪るように吸い、彼女の中にある創造神の因子に訴えかける。ルーファの目を覚まさせてやる為の力を貸してほしいと。
「今度はあたしも迷わない。これで最後だ!」
光と闇の大鎌を重ねた手裏剣のような武器が、一直線に敬とレリアを襲う。
瞼を閉じたまま、空気を斬り裂く音を聞く。けれど恐怖はない。包み込む暖かな光が教えてくれる。大丈夫なのだと。
世界を照らす太陽のように眩い輝きが、頭上から光のカーテンを降ろす。力ずくでルーファの攻撃を弾くのではなく、優しく抱き締めるように受け止める。
散々に敬を追い詰めた攻撃がまるで効かないのを目の当たりにし、半魔の少女は観念したように微笑んだ。悔しさはなく、どこかスッキリしているようだった。
「もう決まりきってしまったが、一応は決着をつけろ。さもなくば許さんぞ」
春の穏やかな風が揺らすように、光のカーテンが踊る。溢れ出した聖光が無機質な床を照らし、足元から頭まで半魔の少女を呑み込んでいく。
「暖かいな……フン。くだらない。こんな気分で負けるなど……実に不愉快だ……」
すべてはほんの数秒の出来事だった。光の奔流が収まると、全身から力を奪われたように、ルーファが膝から崩れ落ちた。
「ルーファ!」
駆け寄った少女の肉体に目立った外見的ダメージはない。抱き起すと、小さな肩が震えた。
「あたしは……皆と同じになりたかった。差別されない未来が欲しかった。あたしは……普通に生きたかった。本当の人間になりたかった……!」
「俺たちは生きてる。生まれも境遇も選べないけど、未来を創ることはできる。俺と一緒に来い。共に暮らせる地を作ろう。人間にもわかってくれる奴だっているさ」
差し伸べた手を両手で掴もうとして、何故かルーファは頬を赤くして躊躇う。
「どうした。これまでのことなら気にする必要はないぞ。まあ、顔を見られた開拓街の住民に謝るのは必要かもしれないが、誰かに操られたってことにしておこう」
「い、いや、そうではなくてだな。貴様はその、戦ってる時も、あの、ずっと隣にいろとか言ってだな、ええと、何だ。さっきもまた一緒に来いとか、共に暮らせる地とか、それは、あれか。あ、あたしに求婚をしているのか」
「え?」
今度は敬が驚く番だった。確かにその場の勢いに任せて言った記憶がある。ルーファのような受け取られ方をしても仕方がない。問題は敬自身がそこまで考えていなかったことだ。
完全に恋する乙女のような顔になっている少女を相手に、そんなわけないだろと笑い飛ばすのがとてつもなく躊躇われる。
どう応えるべきか迷っていると、敬の隣からどこか底冷えのする笑い声が聞こえてきた。
「ウフフ。いやですわ、ルーファ様ったら。男性は一人の女性としか婚姻関係を結べないのですよ? ケイ様の隣に誰がいるのか、見えませんか?」
「フン。現実を知らぬというのは目出度いことだな。ケイが最初に手を出したのはこのあたしだ。貴様はあたしがいない間の代用品にすぎん。しかし顔見知りでもあるからな。貴様には愛人の立場をくれてやろう。正妻のあたしに感謝するがいい」
数秒の沈黙のあと、どちらからともなく二人の女性が額をぶつけ合う。戦闘中よりも殺気の籠った視線のやりとりに、隣にいる敬の胃袋が強烈に縮み上がる。
「ならば本人に決めてもらうしかあるまい」
「そうですね。よろしいですか、ケイ様」
グリンと動く二つの顔。見据える意思を持つ瞳。明らかに普段とは違う感情に、触発された敬の緊張が体内で爆発しそうになる。
「そ、それは、その、なんというか、あの……」
しどろもどろになって両手をバタつかせる。地球にいた頃も含めて、恋愛経験などないに等しい敬がろくな言葉を返せずにいると、二人の女性はどちらからともなく顔を見合わせて笑い出した。
呆然とすること少し。悪戯っぽく歪められた頬に、ようやく敬は状況を理解する。
「二人してからかったのか! 打ち合わせもしてないのに息ピッタリだな。よくやるよ」
「ウフフ。ごめんなさい。心配なさらなくても大丈夫です。お優しいケイ様がどちらかを選べるなんて思っていませんし、それに私もルーファ様と離れたくありません」
「ほう。またしても上位者のような言だな。やりあうのなら受けて立つぞ。あたしには魔王と堕神の力を行使できる器があるからな」
見せびらかすように掲げたルーファの右手には、今も漆黒のガントレットが装備されていた。
「そいつのおかげで酷い目にあったぜ。ちょっと見せてくれよ」
「フン。特別だぞ。少し待ってろ……む? 外れない?」
ルーファが不思議そうに首を傾げた。
貸してみろと敬が手を伸ばすも、ガントレットは己の意思でも持っているかのようにビクともしない。
「呪いのアイテムか何かじゃないのか?」
自然とうんざりした口調になってしまう敬に対し、ルーファは戸惑いを隠さない。
「そんなはずはない。貴様と旅をしている間も自由に取り外しができたんだ。だからこそ魔王の時も堕神の時も、頃合いを見計らって装備し、隙を突けたんだぞ」
「そう言われればそうか。じゃあ、どうして今は外れないんだ?」
「あたしが知るか。こっちが聞きたい――」
そこまで言ったところで、唐突にルーファの双眸が大きくなった。瞬きを忘れたかのような赤目が不吉に輝く。
「ルーファ? おい、どうした!」
焦って肩を掴もうとした手を、そのルーファによって弾かれてしまう。ますます困惑する敬の前で、半魔の少女がゆらりと立ち上がる。
邪悪さを証明するかのごとき漆黒のオーラを纏う様は、姿は変わらずとも別人のような印象を見る者に与える。何より特異なのは、普段よりも爛々と輝く真紅の瞳だった。
「ククク。礼を言うぞ。貴様がこの娘を痛めつけてくれたおかげで、予定よりもずっと早くこの体を手に入れられた」
「お前……ルーファじゃないな?」
「いかにも。我はゲーダ。すべてを喰らわんと欲する魔王よ」
不敵に笑うルーファに、先ほどまでの愛らしさはすっかり失われていた。




