043 羨ましいなら、素直にそう言えよ
「仲間を殺して……世界を壊して……お前は何がしたい……」
「前にも言っただろう。真の平等を得るのだ。これこそが世界を救う唯一の道」
「うるせえよ。クソ餓鬼が」
同年代のルーファへ向けて吐き捨てる。だが敬は顔に侮蔑ではなく、苦笑を浮かべていた。
「さっきも言ったが、お前は単に駄々をこねてるだけだ。そんなのを平等とは言わねえよ。生きたいと願った人間にすれば、不平等極まりないだろうが」
「その生きるために、何の罪もない、生まれを自由に選べなかった者を――あたしを迫害してもか! 自分たちは暖かい家で温かい食事を取り、雨の夜、路地裏で寒さに身を震わせる半魔を嗤い、蔑む世界が正しいというのか!」
「正しくなんかねえよ! けど、お前のやろうとしてることも正しくねえ!」
壁に体重を預け、なんとか立ち姿勢を維持する。頼りなく両足が震えているが、今は気にしている余裕もなかった。
「ただ、お前は生きてるだろうが! 俺の故郷じゃ、寒い日に外で寝てたらそれだけで死んじまう。水や食料が足りなくて、何人も餓えて死ぬ国もある。どこの世界だって理不尽に曝される人間はいるんだ。お前だけじゃねえんだよ!」
叫んだ敬の希薄に圧されたように、ルーファが一歩後退る。
「だ、黙れ。お前の勝手な妄想に付き合っていられるか!」
「それだ。お前の汚いところはそれだよ。自分の境遇の酷さをひけらかすくせに、他人の境遇を見もしねえんだ。ハハ。本当に昔の俺にそっくりだよ。なのに何で、お前は自分自身を叱責しない。俺を立ち直らせてくれた時みたいに!」
「うるさいと言ってるだろうが!」
おもいきり殴られて、どこかもわからないホールにまで吹き飛ばされる。ひんやりとした床の感触が心地よいくらいに、肉体の至る部分が激痛に震えていた。
口の中に広がるのは鉄の味。視界を歪ませるのは涙。いっそ楽になりたい。そう訴える心の弱さを殴り飛ばし、荒い呼吸を繰り返しながらまずはうつ伏せになる。
近づく足音。こみあげてくる死への恐怖。恐らくルーファは、幼い頃からずっとこれを味わってきたのだろう。そう考えれば歪んだ成長をするのも当然といえる。
腕に力を入れ、なんとか上半身を起こそうとする敬の背中に小さな足が乗せられた。大部分がガントレットに注がれているからか、ルーファから流入する力は微量でしかない。
ろくに抵抗もできずに踏み潰され、闇色の大鎌に首を軽く持ち上げられる。
「あたしは世界に復讐する。邪魔する奴は誰だろうと許さない」
「ハ……ハハ……笑える、ぜ……」
血を吐きながら、敬は笑う。最後の一瞬まで、道を違えてしまった少女を呼び戻す為に。
「何が……世界に、復讐……だよ。お前は……まだ、生きてる……それだけで、世界に、受け入れて……もらってる、じゃねえか……」
「違う! あたしは死ぬ思いで生きてきた! 復讐への執念こそが道標だった!」
「それで……同じ、ように……生きてる、かもしれない……半魔まで、殺そうと、して……るんだから、救えない……話、じゃねえか……」
「そんなことはない! 半魔であればあたしと同じ思想になってるはずだ! 受け入れてくれない世界に復讐したいと考えるはずだ!」
「本音が……出て、きた……じゃねえか。お前は……世界に受け入れて……欲しい、だけだ」
敬のすぐ近くでドンと音が鳴る。怒りに任せてルーファが床を踏みつけたのだ。
「ああ、その通りだ! どうしてあたしは受け入れられなかった! 同じような年頃の者は親がいて、家があって、食事を与えられているのに! ただ半魔だからという理由でだ!」
「俺が、同情しても……何も、変わらない……理解して、やることも……できない。だから……これだけ、伝えておく……」
顔を動かし、後ろ目で少女と視線を合わせて敬はきっぱりと告げる。
「俺が……お前を、受け入れてやる。だから……ずっと、隣にいろ……」
「――っ! ふ、ふざけるな! そんな……そんな……! ど、どうして……どうして今更になって貴様みたいな人間が現れた! 孤独のままであったなら、こんな迷いは生まれなかった。涙を流さずに済んだ! 答えろ! 何故、貴様はあたしの前に現れた!」
「運命……だからさ。お前が、半魔……なのも、俺が……イシュルに殺されて、異世界に来たのも……。けど、俺は恨んでいない。お前や……レリアが……いて、くれたから……」
「もうやめてくれ! あたしを惑わさないでくれ!」
大鎌が首に押しつけられる。流れた血が闇色の刃を赤く濡らす。
「自分から聞いて、きた、くせに……勝手な奴、だな……だが、そんなところも、ルーファらしい……」
「笑うな……あたしは貴様を殺そうとしてるんだぞ! 恨め! 罵れ! もっと憎め!」
「できるかよ……お前は……仲間だろうが。そんな、ルーファになら……いいか。あの世があるなら……そこで待ってる……また、一緒に……旅を、しようぜ」
「うう……うわあああ! あたしは復讐するんだ! 世界を壊すんだ! ちくしょう! ちくしょうゥゥゥ!」
捨てきれない恨みとともに、ルーファの手に力が入るのがわかった。これで終わりかと観念し、ゆっくりと瞼を閉じる。
しかし死へといざなう決定的な一撃は、いつまで待っても訪れなかった。恐る恐る目を開ける。そこには両手を敬の顔の横に立て、背中で護ってくれているレリアの綺麗な顔があった。
「諦めないでください。ケイ様は勇者、すべての希望。ここで倒れたら救えません。世界を、人類を、そしてルーファ様を」
「そうか……そう、だったな……ったく、凡人に、色々と……背負わせすぎ、だろ……」
「それでも背負ってくれるケイ様を、私はお慕いしてます。ですから、どうぞご自由に私の力をお使いください。きっと創造神イシュルも、それを望んでます」
その身を盾にしてくれているレリアがそっと目を閉じる。壊れたままのガントレットから伸びる細く白い指が、敬の指と親密に絡まる。
互いの存在を強く認識しながら、唇を触れ合わせる。
零れる息遣い。少し汗ばんでいる掌から伝わる体温。ふわりと良い香りが漂う。まるでそれぞれの魂を交換しているような一体感が、敬の全身に力を漲らせる。
無意識に生まれた光の翼が敬とレリアを抱くように守る。
呆然と眺めていたルーファが我に返ったように闇の大鎌を振るうも、先ほどまでとは打って変わって簡単に跳ね返される。
「キスをすることで、レリアの聖力をより引き出したのか。相変わらずでたらめだな」
「羨ましいなら、素直にそう言えよ」
片手でしっかりとレリアを抱き、敬は傲岸不遜に笑みを浮かべる。両手はしっかり繋がれたままで、二人を中心に光のオーラが立ち上る。




