041 握った手が温かかったじゃねえか!
魔王がいた頃よりも禍々しさを増したかのような地底城。ルーファの巻き散らす悪意に晒されたからか、城内にはマグマまでもが復活し、赤々と周囲を照らしていた。
柱や壁のヒビなどは敬がいた頃のままだ。しかし魔王討伐後にはなかった邪悪さが、見事なまでに復活している。このままでは半魔の少女は遅からず、本物の破壊神になってしまうような気がした。それは人々を苦しめていた魔王と何ら変わりない存在だ。
足音が響く。行く手に立ち塞がるような魔物はいない。大勢の敵をぶつけて、戦闘前に敬やレリアの力を削ぐことは考えていないみたいだった。
「魔王の玉座を居場所に選ぶとはな。実は憧れてたのか?」
大きな扉を開けたその先、灰色をベースにした静かな城内で一人佇む少女を、からかうように声をかけた。
「黙れ。この場に来た以上、言葉は不要。雌雄を決するとしよう。貴様が勝てば世界は救われる。あたしが勝てば世界を破壊する」
「いや。もう一つの未来があるだろ」
胡乱げな目で見てくるルーファに構わず、歩みを止めずに敬は堂々と宣言する。
「お前が俺の元に戻ってくる未来だ。そしてそれが現実になる」
「くだらん。とことんまでくだらん。貴様と共にいたのは、魔王と堕神の力を得る為にすぎない。そしてあたしは手に入れた。誰も止められないほどの巨大な力を! 最高の気分だぞ!」
「本当にそうか?」
「黙れ! もうその口を開くな! ……いや。永遠に開けぬようにしてくれる!」
図星を突かれた子供が怒りを巻き散らすかのごとく、殺気を全開にしたルーファがローブをはためかせて突進してくる。
「ケイ様、お下がりください!」
ドラハムで新たに入手した大盾で、レリアがルーファの一撃を受け止める。
「その程度であたしを止められると思うな!」
咆哮する少女の大鎌が、堅牢な盾をまるで紙切れのごとく斬り裂いた。
「レリア!」
咄嗟に背後から女聖騎士の手を握る。反撃のための鉄球は落ちてしまったが、温もりと一緒に流れ込む聖なる力のおかげで、敬も戦えるようになる。
出現させた光の衣に闇の大鎌が弾かれ、ルーファが忌々しそうに舌打ちした。
「残りカスに過ぎなかったはずだが、さすがは女神の力か。だがその程度で、あたしを負かせると思わないことだ!」
大鎌を握るのとは別の手が、光のブーメランを作り出す。
「吸い取った魔力量は、堕神の方が多かったからな。これは生半可な威力ではないぞ!」
放たれたブーメランが猛スピードで迫る。肉体的接触により身体能力が上昇しているとはいえ、二人一緒ではどうしても動きが鈍る。
「ちいっ!」
舌打ちをしながら、突き出した腕で光の盾を作る。正面からぶつかってきたブーメランこそなんとか弾けたものの、その隙にルーファの接近を許してしまう。
「遠距離攻撃を仕掛けつつ、間合いを詰めてくるのか。しかも今度は魔王の魔力付きかよ! とんだ反則だぜ。それこそ本物のチートじゃねえか!」
大声で愚痴っても、盾を構える速度が上昇するはずもない。光の衣に切り替えるのも間に合いそうもなく、少なくないダメージを敬は覚悟する。しかし――
「――そうはさせません! ケイ様には私がついています」
自らの肉体を盾とするように、数々の戦闘で傷だらけになった全身鎧でレリアが避けようもなかったルーファの大鎌を防いだ。
「バカな! 盾すら切り刻んだ魔力武器だぞ!?」
「私には創造神イシュルから託された力があります。器がないので自由自在とはいきませんが、こうしてケイ様と一緒にいれば恩恵を受けることだってできます」
得意げに話す女聖騎士から、バックステップでルーファが距離を取る。
「チッ。だが無傷とはいかなかったみたいだな。少しばかり寿命が延びただけだ」
「十分です。多少であっても、得た時間でケイ様が事をなしてくれると信じています」
レリアに迷いはなかった。それが余計にルーファを苛立たせたようで、攻撃に苛烈さが増す。
「何が信じるだ! その男にも、人間にも、この世界にも価値などない!」
敬の作った光の盾へ、がむしゃらに闇の大鎌が叩きつけられる。背後からブーメランも狙ってくるが、手を繋いだままのレリアが拾い上げた鉄球で叩き落した。
「価値がないなら、作ればいい。泣き喚いて、駄々をこねてるよりはずっとマシだ!」
「何だと!? 貴様……それはあたしに向かって言ったのか!」
「そうだ。ついでに言えば、自分にもだけどな」
敬は獰猛に嗤う。命を失う危険もあるのに、不思議と恐ろしさは感じていなかった。
「優秀な兄のせいで、俺はずっと自分に価値がないと思ってた。けど、それは大きな間違いだった。怖がりながらでも立って歩けば、誰かと巡り合える。時には騙されて財産を失うかもしれない。時には無慈悲な差別で殺されかけたりするかもしれない。けどさ、諦めてたら何も変えられないんだよ。世界を破壊する? そんなのはただ逃げてるだけだ!」
「黙れ! 貴様に何がわかる!」
繰り出された大鎌を、光の力で作り出した長剣で正面から受け止める。甲高い音が鳴り、眼前で火花が散る。突き付け合うのは刃と互いの顔、剥き出しの感情。
「お前のことなんか、お前以外の誰にもわからねえよ! それは俺だって、レリアだって、この世界に生きるすべてにとって同じだ! 一人だけ絶望の底を漂ってる顔してんじゃねえよ! 母親を亡くしたばかりなのに、歯を食いしばって生きてる幼い兄妹もいるんだぞ!」
「うるさいうるさいうるさい! 人間同士なんだ! どうせ最後には助けてもらえる!」
「そんな甘いもんじゃねえんだよ! レリアの両親だって同じ人間に騙されて爵位も財産も奪われた。それでもドラハムで、先頭に立って皆を逃がしてた! 現状に絶望して座り込んでも、また立ち上がったんだよ! お前はどうだ!」
「口を閉じろ! うああァァァ!」
振り回される大鎌が敬の服を、肌を、肉を斬り裂く。隣にいるレリアも全身で守ってくれている間に、鎧をズタボロにされていた。
「ほら見ろ! 何が破壊神だ! お前なんて、ただの駄々っ子じゃねえか!」
「黙れと言ってるだろうが! あたしは破壊神だ! 世界を滅亡させる者だ!」
「違うな!」
水平に振るわれた鎌を立てた剣で防ぎ、放った蹴りを後方への跳躍で回避される。
「お前は人間だ! 半分だけ魔物の血が流れてる人間だ! だって、握った手が温かかったじゃねえか! 重ねた唇が優しかったじゃねえか!」
「……っ! あた、あたしは……この日の為に、世界を壊すことだけを夢見て、今日まで生きてきたんだ!」
「こんの……わからず屋がァァァ!」
剣を離し、相手が虚を突かれた隙におもいきり頭突きを喰らわせる。触れ合った額から、ルーファの魔力が伝わってくる。それはいまだ悲しみと絶望に彩られているみたいだった。
「ぐうう……貴様ァ!」
「こうなったらとことん付き合ってやる。溜まった怨嗟を全部、吐き出しちまえ! 俺が残らず受け止めてやる! 勇者として、お前の仲間としてな!」
「及ばずながら力になります。ルーファ様は私にとっても大切なお友達です。それに、いなくては寂しいライバルでもありますから」
悪戯っぽくレリアが微笑む。敬との重ね合う手から、膨大な光の奔流が溢れ出す。
「手加減してやればいい気になりおって! あたしを侮るな!」
元女神の力で頭から呑まれそうになった輝く大波をやり過ごすと、ルーファは新たに大鎌を作る。元からあった闇の大鎌と交差させ、まるで手裏剣のように放り投げる。




