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040 全部まとめて救ってやる

「まさか……暗黒大陸か」


 敬の発言の意味にレリアも気づいたようで、端麗な顔立ちを不安げに歪めた。


「勇者様、この場は私どもにお任せください。なに、全員で城に乗り込んで、勇者様の言葉をもう一度伝えてやりますよ! 魔物に立ち向かうよりは怖くありませんからね」


 朗らかに笑う父親を、レリアが頼もしそうに見つめ、敬に顔を寄せる。


「ケイ様、ここは父を――ドラハムの皆様を信じましょう」


「わかった。その代わり、皆も俺を信じてくれ」


 耳元で囁かれた提案を受け入れ、輪を作っている住民へ告げた。助けに来た時よりも格段に明るくなった表情が、抱いている希望の大きさを教えてくれる。その要因となっているのが自分自身なのは間違いない。だからこそ腹に力を入れて誓う。


「俺は勇者だ。全部まとめて救ってやる。世界も、道に迷ってる奴も」


「ケイ様……」


「行こうか、レリア。目指すは暗黒大陸だ」


 真下で人々が手を振る中、敬たちを乗せた聖なる船は帆をなびかせて空の海を走り出した。


     ※


 正式な名称すら決まっていない開拓街は、開発が始まって一年も経過しないうちに深刻な危機に見舞われていた。


 それでもまだ壊滅していなかったのは、開拓するにあたって、王都ほどではないにせよ、それなりの兵力を街に抱えていたからである。


 木こりや船乗りなど、街の発展に協力してきた大人たちも斧や槍を持ち、街の出入口で魔物の侵入を防いでいる。


 城壁など存在せず、ただ木の柵で周囲を覆っているだけの街の中央広場では、比較的頑丈な教会に女子供が身を寄せていた。そこでは傷ついた者の治療も行われている。


 絶望的な状況でも、何もないところから形になるまで街を開発してきた住民たちは精神の強さを発揮して、立ち向かうのを諦めずにいた。


 しかし努力の儚さを思い知らせるかのように、教会が屋根付近から水平に真っ二つにされた。


 驚愕の住民たちの視線をつまらなさそうに受け流し、ふわりと小柄な少女が大地に降りる。特有の赤目を見れば、普通の人間でないのは明らかだった。


 誰かが恐怖を訴えるように声を上げた。


「半魔……」


「フン。口のきき方には気をつけろ。あたしは半魔ではなく、破壊神だ」


 傲岸不遜な態度とはいえ、見かけは少女だ。気の強い女の一人が構えた短剣で飛びかかろうとする。だが直前でそれを制したのは、幼い兄妹だった。


「ルーファお姉ちゃん? どうしてお姉ちゃんがここにいるの」


 ポールとサハンナ。母親を亡くしたばかりの二人が前に出て不安そうにする。


 ルーファと呼ばれた少女は一瞬だけ動揺を見せたが、すぐに冷徹さを取り戻し、手にしている死神の鎌のような闇色の武器をポールの首元に突き付けた。


「気安く声をかけるな。あたしはもう昔とは違う。この世界に破壊をもたらし、貴様らの顔を絶望に歪めるだけの存在なのだ」


「違うよ」


 サハンナが断言する。


「だってお姉ちゃん、優しかったもの」


「何を……」


「そうだよ。おいらたちの持って行ったご飯も食べてくれた」


 港町レックスでの交流を思い出したのか、殊更にルーファは腹立たしげな表情を見せる。


「黙れ」


「もうやめてよ、お姉ちゃん。きっと変なのに操られてるんでしょ?」


「勇者のお兄ちゃんに助けてもらおう」


 ポールの言葉にサハンナが頷く。嘘偽りのない心配だとわかるがゆえにルーファは苦悶し、そして自らにとって不要な感情だと判断した。


「あたしは破壊神だ。そうだ。どうせすべてを壊せば、貴様らも死に絶えるしかないんだ。ならばいっそ、この手で引導を渡してくれる」


 振り上げられる闇の力で作られた大鎌。兄の背中に抱き着く妹。殺されかけているのに、真っ直ぐな眼差しをやめない少年。周囲が息を呑む。スローモーションのごとく景色が流れる。


「そこまでにしとけ」


 暗雲漂う空が見える教会に声が響いた。崩れた壁に足を掛け、身を乗り出して半魔の少女を見下ろすのは、傍らに女聖騎士を従えた勇者だった。


     ※


 なんとか間に合ったことに安堵しつつも、油断せずに敬は言葉を続ける。


「人を殺したら、本当に戻れなくなるぞ。お前はそれでいいのか」


「黙れ! すでにあたしは各街に多くの魔物を侵攻させた。この手にかけたかそうでないかの違いでしかない。あたしはもう破壊神なんだ」


 自らに言い聞かせるように叫ぶ少女に、敬は不敵な笑みを見せる。


「残念だが、犠牲者は出ていないぜ。ちょっとヤバかった人もいたが、そこは聖なる力で回復させたからな。要するにお前はまだ誰も殺せてないってことだ」


「な、何だと!? 一体どうやって……待て。聖なる力だと」


「創造神イシュルが、最後の力を振り絞って女神の因子をレリアに託したんだ」


「そうか。あたしの時と同じ原理で、貴様は力を使えるようになったということか」


 目を閉じたルーファが大鎌を肩に担ぐ。命の危機から脱した少年が、安堵の息を吐いてその場にへたり込む。


「ようポール。元に戻ったみたいで何よりだ。それに、ずいぶんと頑張ったみたいだな。もう安心していいぜ。外の魔物も退治済みだ。あとは俺に任せとけ」


 心を奪われている時の記憶がないのか、不思議そうにした兄妹だったが、自信満々に自らを親指で示す敬を見て、すぐにはしゃぎだす。周囲の老人や女性も、ほんの少しだけ緊張を緩めたみたいだった。


「フン。くだらんな。だが、理解はした。貴様をどうにかせねば、くそったれた人間どもに絶望を与えられぬことを。そして、貴様を殺せば何よりの絶望を与えられることもな」


 酷薄な笑みを見せるルーファは元々の美貌もあり、さながら魔女か吸血鬼のようだった。


「この場で戦ってもいいが、どうせなら舞台を整えてやる。地底城へ来い。そこですべての決着をつけてやろう」


 魔力で作った闇色の翼でルーファが飛ぶ。ガントレットを装着した右手を見せ、水平に振るう。漆黒の風が海へ走り、噴火するかのごとく水柱が立ち上る。わかりやすく現在の実力を示してみせたのだ。


「死にたくなければ、人間どもを見捨てて逃げればいい。もっとも最終的にはこの世界そのものを破壊するのだ。結果は同じかもしれぬがな」


 遠ざかる小さな背中を声もなく見守る敬の腕に、勇気づけるような体温が伝わる。


「わかってる」


 呟くように敬は言う。


「俺は一人じゃない。レリアも、皆も。そしてあいつもだ。それをわからせてやる。聞き分けないようなら、一発キツいのを食らわせてでもな」

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