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038 俺が必ずなんとかしてみせる

 天空城へ行くために利用した船は、レリアと手を繋いだ敬から力の供給を受け、ほとんどジェット機なみの速度で港町レックスに到着した。


 ルーファが誕生させたと思われる魔物が町を徘徊する様は、暗雲の禍々しさと相まって、さながら地獄のような光景だった。


 逃げ惑う人々。大地から噴き上げる悲鳴。幼い我が子を背中で守ろうとする母親。綺麗だった港にも破壊の手が及び、海の荒くれ者どもが一致団結して魔物に立ち向かっている。


「くそ……数が多い! このままじゃ……」


「弱気になるな!」


 叱咤激励するスキンヘッドの船乗りに、鉄斧を振るう髭もじゃの船乗りが顔を曇らせる。


「けどよ。あの変な声は、創造神を消したって言ってやがったぞ。ここを乗り切ったって、そんな奴に勝てるはずねえよ」


 創造神イシュルが姿を消したことで、心の管理から解放された人々は、我に返るなり魔物の大群に襲われたことになる。戸惑ったり、弱気になったりするのは当然だった。


「諦めるな! このまま町が壊されてもいいのか」


 襲いくる蟹型や蠍型の魔物に長剣を突き立て、男が叫ぶ。だが気合だけでは数の劣勢を跳ね返せない。それでなくとも、住民側は多数対一でなんとかなるくらいなのだ。


 傷つき、倒れる船乗りが増えていく。常駐している兵士や騎士も、最初は懸命に街を守ろうとしていたが、恐ろしさと不安から剣を投げ出す者が現れる。


「もう駄目だ。ううっ、死にたくない……」


 逃げる力も失った住民が、力なく地面に膝をついた。背後に迫るは狼に似た魔物。涎を滴らせる牙が、容赦なく若い男の首筋を抉る。


 ――はずだった。


「そうはさせません!」


 闇に閉ざされた世界で、太陽のごとく輝く船からレリアが舞い降りた。


 堕神との戦闘で傷つき、壊れかけの鎧と盾で敵の牙から住民を護る。


「希望を捨てないでください! 世界は必ず光を取り戻します。勇者ケイ様のお力で!」


 狼の腹に鉄球を食らわせ、振り返ったレリアの言葉を証明するかのように、聖なる船がゆっくりと大地に降りる。


 そこから現れたのは、得意満面の敬だ。レリアを呼び寄せると手を繋ぎ、流れ込む聖なる力で大きな翼を背中に生やす。


「確かに創造神は消えた。だが彼女は今も俺たち人間を見守ってくれている。俺の使う力がその証拠だ!」


 ミサイルのごとく、広げた翼の羽を飛ばす。聖なる力を纏った羽が邪悪な魔物を貫く。


 バタバタと倒れ、黒い霧に変わる魔物。それまで現実から逃げるように、地面ばかりを見つめていた住民たちがようやく顔を上げた。


「勇者様だ!」


 子供が声を上げた。


「そうだ。俺たちには魔王を討伐した勇者様がいるんだ!」


 絶望していた船乗りが雄叫びを放った。


「諦めるな! 勇者様が破壊神をきっと倒してくれる!」


 住民を見捨てようとしていた兵士が己を恥じ、再び武器を手に取る。


 立ち上がった者が、倒れている者に手を差し伸べる。


 闇の中で、敬は確かに希望の光を見たような気がした。


「人間だって捨てたものじゃない。それを証明するためにも、俺が道標になる」


 レリアの手を強く握る。呼応するに流れ込む量を増す聖なる力を光球にして、高々と町の中央で輝かせる。


 光を恐れるように退く魔物に、反撃の刃が突き立てられる。


 勇気によって悪意が霧にされていく。人々の目に、確かな生命の輝きが戻る。


「ひとまずはこれで大丈夫だと思うが、新しい魔物が来たら、頑張って耐えてくれ。俺が必ずなんとかしてみせるから!」


 割れんばかりの歓声が上がる。足を踏み鳴らす人々が敬の名前を呼ぶ。少し前なら、確実に調子に乗っていた光景だ。


「その代わりといっては何だけど、皆も協力してくれ」


 声を張り上げた敬の言葉を聞くべく、民衆がシンとする。簡単にお礼を述べたあと、敬は自らの願いともなった希望を伝える。


「魔物は皆の悪意から生まれるんだ。妬みだったり、恨みだったり、はたまた差別だったり。皆に覚えはないか? 俺にはある。些細なことで僻んだりもした。それは俺が人間だからだ。でもさ、だからって諦めないで、少しずつ変えていきたいんだ」


 敬の勇気を支えるように、レリアが寄り添ってくれる。掌から伝わる体温に背中を押され、敬はさらに強い声を出す。


「例えば半魔にしてもそうだ。悪いこともしてないのに追い立てるのは、魔物が人間を襲うのと何が違うんだ。俺は平和な世で暮らしたい。女神イシュルが望んだように」


 シンとしたまま反応はない。聴衆に広がっているのは大きな戸惑いだった。


「最初からわかってくれとはいわない。辛い思いをした人間だっているだろう。だが、どうせなら俺はすべてを救いたい。泣きながらこの世界を呪う奴を、助けてやりたいんだ!」


 誰のことかわからなくとも、敬の熱意が少しずつ住民に聞く耳を持たせているのがわかった。平和な時だったら、こうはいかなかったに違いない。いかに勇者とはいえ、胡散臭そうに見られて終わるのがオチだ。世界の終わりが見えるような状況だからこそ、人々も極限まで追い詰められる者の気持ちがわかるのだろう。


「勇気ある者を勇者というのなら、俺だけじゃなく、皆でなろう。勇者に!」


 突き上げた拳に、最初に反応してくれたのは小さな子供たちだった。飛び跳ねながら両手を上げ、何度も勇者になると叫ぶ。


「勇者様が言うなら、仕方ねえか。できるかはわからねえけど、俺も努力してみるぜ」


「私も」「ワシも」「僕も!」


 次々と賛同が寄せられる。一つ一つの理由を紐解けば、あくまでも世界を救う力のある勇者に言われたからというのが大勢を占める。けれどそれは訴えかける前からわかっていたことだ。


「目指す頂はまだまだ遠いけど、踏み出さなければ永遠に届かない。これが最初の一歩だ。ここから俺も見守っていく。レリアが落ち込んだ俺にそうしてくれたように」


 ずっと隣にいてくれる女聖騎士が嬉しそうに頷いた。


「ケイ様はやはり素敵な勇者様です。あとは私と一緒にケイ様を見守っていた、もう一人の女性を迎えに行かないといけませんね。抜け駆けしたと怒られたくはありませんし」


 レリアが悪戯っぽく笑う。その姿は聖騎士でも女神の因子を受け継いだ者でもなく、色恋沙汰に興味を示す乙女そのものだった。

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