037 色々あったけど、感謝するよ
瞳から涙が消え、レリアの表情が輝く。
「当たり前のように私や民を助けてくださり、魔王討伐の途中でも困っている民の為に力を貸してくださいました。ケイ様は力があったから、たまたまだとおっしゃいましたが、力を持っていても打算でしか動かない人間も大勢いるのです。私は感動に打ち震えました」
敬がそうありたいと、自らを変えようとした姿は、そのままレリアにとっての理想の勇者だったのだろう。彼女の目が、言葉に含まれた感情がそう語っていた。
「仇を取るように、信じるという行為に執着してきた心をケイ様が癒してくれて、私は改めて両親を尊敬しました。そしていつの日か、家に戻った時には伝えてあげたいのです。二人の娘であったからこそ、人を信じる尊さを教えてくれたからこそ、勇者様とともに困難を乗り越えられたのだと。勝手な理想を押しつけられて、ケイ様はご迷惑でしょうけど……」
「そんなことあるか。レリアは最高の仲間だよ。見捨てられても仕方ないひねくれた男を、献身的に立ち直らせてくれたしな。何より、そんなレリアを俺も信じてる」
「……はいっ!」
嬉しそうに頷いたレリアを、途切れそうな呼吸を繰り返すイシュルが眩しそうに見つめていた。
「きっとこれも人の可能性の一つなのでしょうね。改めて……お願い、します。本来なら神は死にませんが……堕ちたわたくしは天界に見放され、滅びゆく存在となりました。その前に……レリア、あなたの中に入らせてください。わたくしは因子となってあなたの心に根付き、そして次代の子らへと引き継がれてゆくでしょう」
「それでは創造神イシュルは……」
「このようなわたくしでも、心配してくださるのですか。本当に……優しい子ですね。気にしないでください。あの少女に力を奪われたわたくしは、もう長くありません。存在が消え去る前に……大切な子供たちに残したいのです。希望となるかもしれない可能性を」
「……わかりました。先ほども言いました通り、創造神イシュルを信じて、私はすべてを受け入れます」
ありがとうと小さくお礼を言ったあと、堕神イシュルは敬に顔を向けて目を細めた。
「気を付けてください。彼女の纏っていた力には、禍々しいほどの悪意がありました」
「それは一体……」
「恐らく……くう……も、申し訳ありません。そろそろ限界のようです」
弱々しく微笑んだイシュルの全身が淡い光に包まれる。光の粒子へと少しずつ変化していき、それらはやがてゆっくりと繋がれたままの手からレリアの中への入っていく。
「とても……温かい光です。優しくて、切なくて、悲しくて、愛おしい。これが創造神イシュルなのですね。かつては女神で、人を想うあまりに堕ちてしまった儚き存在」
創造神を受け入れたレリアが、祈るように手を合わせる。そこにはもう、敬を褒められない手段でこの世界へいざなった女神はいなかった。
「さようならイシュル。色々あったけど、感謝するよ」
偽りのない気持ちを吐露すると、振り返ったレリアが嬉しそうに微笑んだ。
「創造神が喜んでいます。私の中に満ちた聖なる力が教えてくれるのです」
胸に手を当て微笑むレリアは、いっそ神々しくさえあった。
「それならよかった……と言うべきかな」
照れ臭くなって目を逸らした敬は、頬を赤くしながらレリアに手を差し出す。
「じゃあ、我儘娘にお仕置きをしに行くか」
「はい。女神イシュルの因子を受け継ぎし、聖騎士レリア。この命が尽きるまで、勇者ケイ様と共にあることを誓います」
繋がれた手から、レリアの優しさとイシュルの聖なる力が流れ込む。
「これは……ルーファと同じ? そうか。これがイシュルの因子をレリアに与えた理由か」
「あえて私に器を作らなかったのは、人の絆を可能性として捉えたイシュルの願いみたいなものかもしれませんね。人は一人では生きられない。だからこそ敵対するのではなく、協力してよりよい未来を紡いでほしいという」
「そうかもしれないな」
並んで天空城を出ると、待っていたかのように暗雲が晴れやかだった空を覆いだした。
雷雲を震わせて、低く重い声が世界中に響く。
「聞け! 魔王が討伐されて、安心しきっている愚かな人間どもよ! 忌々しい創造神は消えた。そして代わりにあたしが君臨する。破壊神としてな」
ここにまで人々のざわめきが聞こえてきそうな、唐突極まりない名乗りだった。
「この声はルーファか。あいつ、本当に世界を破壊するつもりなのか」
敬の疑問に答えるように、新たな言葉が空を滑る。
「だが案じる必要はない。何故なら、あたしはこの世界を支配するのではなく、滅ぼすつもりだからだ。どのような身分も、種族でさえも関係ない。すべてに等しく死を与えてやろう。その時こそ、世界は真の平等に包まれるのだ!」
盲信者のごとき宣言を、雷鳴のごとく漆黒の空に轟かせる。
「これから各地に災いが訪れる。死にたくなければ抗え。希望を見出せ。アーッハッハ!」
雨でも降るかのように、魔物が空から大地に降りていく。
天空城からその光景を眺めていたレリアが、焦りと驚愕に美貌を歪める。
「ケイ様!」
「わかってる! けど、瞬間移動なんてできないし、のんびりしてる間に全滅しちまう」
「大丈夫です! あれを見てください」
レリアが指で示したのは、暗闇に閉ざされた世界においても、金色の輝きを失っていない空を進む木船だった。




