036 そんな簡単に信じていいのか?
「壊してやる! 消してやる! 粉々にしてやる! あたしはいらない! ゴミクズみたいに扱いやがった、こんな世界なんていらないんだ!」
「落ち着け、ルーファ!」
「寄るなっ! これがあたしの願いだ。目的だ。この為だけに生きて、この為だけに貴様と一緒にいて、この為だけに協力したんだ! 邪魔をするな!」
ローブに隠されていたナイフが、数本まとめて飛んでくる。イシュルやルーファの助力がなければただの人間にすぎない敬には、見切るのも不可能だった。
――直撃すると思われた刹那、半分以上が溶け消えていた盾でレリアがナイフを叩き落した。
「ルーファ様、正気に戻ってください!」
「だまれ! ぬくぬくと甘やかされて育った騎士が、偉そうにあたしを見るな! わざとらしく様なんかつけやがって! どうせ貴様もあたしを嗤っていたんだろ。一緒に旅をしている間も! 綺麗なお顔に隠した汚らしい本性で嗤っていたんだろうが!」
激昂するルーファが幾度もナイフを投げ、辛そうにレリアが盾で防ぐ。
「私は純粋にルーファ様を仲間と思っておりました。嘘偽りはありません!」
「だまれと言っただろうが! ……いや、どうでもいいか。そうだ。どうでもいいんだ。あたしは魔王と堕神から手に入れた力で、この世界を滅ぼすんだから! アーッハッハ!」
ようやくルーファが腕を抜いた時には、堕ちても神であるはずのイシュルが息も絶え絶えになっていた。力なく崩れ落ちる堕神を蹴りつけ、ルーファは陶酔しきった顔を晒す。
「ああ……最高の気分だ。あたしは今、最強の存在になった。半魔と蔑まれ、追い立てられ、ありとあらゆる虐待を受けた、このあたしがだ!」
立ち上る黒炎が姿を得たように典型的な悪魔をかたどる。両手を広げたルーファは艶めかしい吐息を零すと、ふわりと宙に舞った。
「魔力を使ったのか。ルーファには器がないんじゃなかったのか」
「フン。器なら、ここにあるだろうが!」
そう言ってルーファが見せたのは、右手に装着しているガントレットだった。
「このガントレットを触媒とすれば、あたしでも魔力が使えるんだよ。今まで隠していたのは、わかるだろう?」
感極まった様子で舌なめずりをするルーファは、まるで吸血鬼のごとく妖艶で、そしてとてつもなく恐ろしかった。
「油断させるためだ。魔王の力と、堕ちてはいても女神の力。その二つが合わさって、初めて無敵の力を手に入れられるのだ。クク、ククク!」
ガントレット越しの手をルーファが床につける。
直後に地響きが起き、戦闘中でもビクともしなかった床があっさり割れる。
「せめてもの慈悲だ。貴様らは世界の崩壊を見る前に、この天空城と運命を共にするがいい。アーッハッハ!」
魔力で作った闇の鞭を振るい、天井を砕いたルーファが漆黒の翼で一人飛び立つ。そして致命的な揺れが天空城を襲った。墜落させるために半魔の少女が力を行使したのだ。
「ルーファの奴、本気かよ!」
不安定な足場に四苦八苦する敬を支えながら、レリアは倒れているイシュルに声をかける。
「創造神イシュル! ご無事ですか!」
「……無事、ではありませんが……これでよいのです……」
僅かに上げられたイシュルの顔は本来よりずっと青白く、今にも消えてしまいそうだった。
「わたくしは……敬さんの命も含めて、多数の人間の心を……もてあそんだも同然です……。天界から縁を切られた時に、存在の消滅も覚悟……していました。予想よりも……ずっと、早くなってしまいましたが……」
自嘲気味に告げる堕神の全身が、淡い光に包まれる。限りある生を掴もうとする為か、懸命に伸ばした腕がレリアの足元へ近づく。
「ですが……わたくしの……人間を……救いたいという想いは……」
そこまで言ったところで、イシュルは辛そうに目を伏せた。
「いいえ……わたくしのその誤った愛情が……半魔の少女を……あのような凶行に走らせてしまった……のですね……」
僅かな反省と悔恨を声に滲ませたあと、堕神イシュルは力強さを戻した瞳で、敬とレリアを見た。
「お、お願い……が、あります。堕ちた身では、あります……が……わたくしは……この世界を……創造した者……最後まで見守りたいのです……」
しゃがみ込んだレリアが、イシュルの腕を両手で握りしめる。
「どうすればいいのでしょう」
「わたくしを……あなたの中に……大丈夫、あなた自身は……変わりま、せん……」
「わかりました。創造神イシュルを信じます」
即答したレリアに、基本的には人の好い方の敬も目を瞠る。
「そんな簡単に信じていいのか?」
ほとんど反射的だった敬の問いかけに、レリアは少しだけ瞼を閉じた。まるで大切な何かを思い出しているかのように。
「……私は孤児でした。縁あって今の両親に拾われ、実の子同様に育てられました。私も両親を本当の親と思っています。そんな二人はよく他人に騙されました。元は貴族だったのに爵位も財産も奪われ、気がつけば住む家にさえ困る始末です」
レリアの口元に浮かんだのは、自嘲めいた悲しげな微笑みだった。
「周囲の貴族は愚かだと言っていましたが、私は両親を尊敬しています。けれど落ちぶれるほどに騙される回数は増え、やがて両親からは笑顔が減りました。ですが、私は両親が間違っていたとは思いません。信じるという行為は素晴らしいものなのです」
聖女のように告げたレリアだったが、次の瞬間には軽く舌を出していた。
「そういう私も努力で騎士にはなれましたけど、聖騎士に任命されたのは完全に国の都合でした。元貴族で年若い女性が民を守る為に奮闘する。国の政策に不満を持たせないための英雄政策とでもいいましょうか、とにかくそんな感じでした」
女神の手を抱く両手の甲に、ポタリポタリと透明な滴が垂れ落ちる。
「どのような状況であろうとも、信じる心を忘れない。それが私の信念です。大切な両親の人生を娘の私だけでも肯定してあげたくて、けれどもそれはとても大変な道で。ある日も魔物が現れたと言われ、私一人が王都を走り回りました。悪戦苦闘する姿を見せて、初動が遅れた国の対応を誤魔化す為です」
言われて、敬は小さく頷く。最初から変には思っていた。城には大勢の騎士がいたにもかかわらず、あの場で奮闘していた騎士はレリアだけだったのだ。
「わかってはいても、私の背中で民が安心するという言葉を信じ、どのような厳しい戦闘にも身を投じてきました。ですが、それでも心は少しずつ摩耗していきます。そんな時です。女神から遣わされた勇者様のお姿を拝見したのは」




