034 ところで……舌を入れていい?
――はずだった。
辿るべき未来に至らなかったのは、死の危険を顧みずに一歩、前へ出た勇気ある女聖騎士の献身だった。
「ケイ様は私が守ります!」
スタンガンの威力を何百倍にも増加させたような攻撃に、かなりの強度を誇る大盾が悲鳴にも似た音で限界を知らせる。
盾が持たないと悟るや、レリアは両手を広げて全身を盾とする。バリバリと聞くだけで身震いする音が彼女に纏わりつく。
「うああァァァァ!!」
悲鳴とも咆哮ともとれる声を上げ、それでもレリアは退こうとしない。
「レリア! もういい!」
「よくはありません。反撃の為にも、力を温存してください!」
「くっ……どうしてそこまで……!」
「ケイ様が勇者だからです。たまには調子に乗ったりもしますが、それでもあなたは不用意に力をひけらかしたりはせず、住民にも高圧的な態度で接したりはしませんでした。時に弱く、時に強く、それでも今、こうして前に進む。そんなケイ様を私は――ぐうっ!」
弾け飛ぶようにレリアの兜が砕けた。それによりダメージは増しているはずなのに、やはり彼女は一歩も下がらない。
「負けません……! 作られた笑顔のもとで紡がれる世界になんて、私は魅力を感じません。ですから最後までケイ様と戦います。例えこの命が尽きようとも!」
ショルダー部分が弾け、ガントレットにはひびが入って指が露わになる。美しい金色の髪からは焼けるようなにおいが漂い、頬には無数の切り傷が刻まれる。
「私は勇者ケイ様の従者、聖騎士のレリアです! 盾となり支える者。創造神が相手でも、防具がすべて砕けようとも、この心だけは絶対に砕けません!」
気迫が、大波のような凶悪な光をすべて受け切らせた。力尽きるように片膝をついたレリアは、こちらを振り向かずに、安否を尋ねようとした敬を掠れそうな声で制する。
「私を案じる時間を、攻撃に費やしてください。盾として役目は果たしました。あとは剣であるルーファ様にお任せします……」
「誰が剣だ! 勝手に決めないでもらおう!」
「フフ……女同士だからこそ、わかることもあります……さあ、早く……」
床に両手をついて体重を支えるレリアの口元には、大量ではなくとも血が滲んでいた。内臓にもかなりのダメージを受けたらしい。
「……従者にここまでされて、燃えなきゃ勇者じゃないよな。おい、ルーファ。俺の命を魔力に変換する方法とかはないのか」
「残念ながら知らんな。だが一時の感情に流されていいのか。貴様はこの世界の人間ではないのだろう。命を懸けるほどの価値があるのか」
どこか責めるような口調のルーファに、敬はいっそ清々しいほどの笑みを見せた。
「いきさつはどうであれ、俺はこの世界の勇者だ。だから逃げないし、迷わない。こんな俺を認めてくれた人たちの為にも、傷ついても支えてくれるレリアの為にも……そして、なんやかんや言いながら、隣にいてくれるルーファの為にもな」
「……貴様は本当に救いようがないな。だが堕神の強力な防御を破れるのか?」
「俺の故郷に押しても駄目なら引いてみなって言葉があるが、今回ばかりは適当じゃねえな。押しても駄目なら、効果があるまで押し続けてやる!」
どちらが脳筋かわからなくとも、レリアの献身に心を押された敬は、繋いだ手を離さずに半魔の少女と前へ出る。
上空ではすでにイシュルが二撃目に向けて力を溜めていた。
「貴様の意気込みはわかった。しかし気合だけでどうにかなるほど相手は甘くないぞ」
「だからこそ、お願いがある!」
手を繋いだまま、土下座に近い格好で敬は頭を下げる。
「キスをさせてくれ!」
あくまでも肉体的接触を高める為だが、欲望は含まれていないといえば嘘になる。そんな男心をあっさり見抜いたレリアは半眼となる。
「貴様……プライドは……そういえば、とっくに捨てたんだったな」
「普通に勝てるなら、こんな真似はしてない! 俺は堕神を倒したいんだ!」
「邪な考えも透けてみえるが……ええいっ! 貴様はいいのか!」
もの凄い勢いで首を動かしたルーファが言葉の矛先を向けたのは、今もなんとか崩れるのを堪えているレリアだった。
「もちろんです……私に力があれば……変わってさしあげられるのですが……」
弱々しいながらも笑みを作るレリアに、悔しそうというよりも恥ずかしげにルーファは唇を噛んだ。
「チイイッ! いいだろう! その代わり、絶対に堕神を倒せ!」
「もちろんだ!」
立ち上がった敬は少女の肩に右手を乗せ、真面目な顔をする。
「ところで……舌を入れていい?」
「貴様は本気で殺されたいのか! 堕神はもう攻撃準備に入っているんだぞ!」
「そ、そんなに怒るなって。そ、それじゃ、その……ご馳走になります」
プルンと音が鳴りそうなくらいに、瑞々しい桃色の唇に視線を奪われる。すぐさま吸いつきたい気分になるも、最低限のマナーとして口臭がないかが気になり始める。
「いい加減にしろ! するならさっさと終わらせろ!」
痺れを切らしたように、ほとんど飛びつくような体勢でルーファが敬の唇を奪った。重ねられた柔らかな感触。零れてくる吐息が何とも艶めかしい。
粘膜と粘膜の触れ合いが盛んな交流を生み出し、供給される魔力量が爆発的に膨れ上がる。
(これならイケる!)
両手を繋ぎ、抱き締めるような体勢へ移行する。堕神が光の槍を放つ前に、敬は小柄な少女と共に宙を舞う。
「な、何と巨大な翼を……人がこれほどの力を示すとは……」
どこか見惚れたような堕神が呆然とする中、正対した敬は漆黒の翼を大きく羽ばたかせる。生じた風が無数の刃となる。
「ですが、わたくしもあっさりと敗れるわけにはまいりません!」
攻撃を中断して作り出した光の衣が、雨霰のごとき闇の礫を残らず叩き落す。
「ンム……ン……ンン……」
苦しげで、それでいて切なげなルーファの吐息を吸い込みながら、敬は己の心を叱咤する。
(もっとだ。もっと俺に力をくれ。皆に本当の笑顔を作るための力を……!)
嫌がられるとわかっていても、遠慮気味にだが舌を伸ばす。一瞬だけ戸惑いに目を見開いたルーファだが、すぐにまた瞼を閉じて受け入れてくれた。
全身を突き破らんばかりの魔力が、所狭しと敬の体内を暴れ回る。無理に抑えつけず、巨大な翼のある背中へ誘導する。
(堕神の防御を突き破れ!)
敬の意思が伝わったのか、ルーファの双眸がそうすべきだというように堕神を捉える。空中で抱き合いながら睨む二人から翼が生えたようになり、礫の一つ一つが闇色の剣に変わる。
「こ、これは……そんな……ぐううっ!」
驚愕する堕神が顔の前で両手を交差する。光の衣を突き破った無数の剣が衣服や肌を切り裂く。普通の相手であれば確実に勝負は決まっただろうが、そこは堕ちてもなお神であるイシュル。すべての傷が致命的にはほど遠かった。




