033 耳元でアホアホ言わないでくれ
雷雲が太陽を隠すように、敬から生まれた闇が光を喰らう。半魔であるルーファの力の影響か、暗がりの中でもしっかりと夜目がきくのはありがたかった。
「レリア! 斜め前方だ。天井付近に堕神がいる!」
人間と比べても長身のイシュルが住んでいる天空上の天井は高い。這うように進まれれば、地上からの近接攻撃は難しい。
「了解しました! 創造神イシュル、覚悟してください!」
堕神ではなく、あくまでイシュルを創造神と呼ぶレリアが新たに鉄球を放つ。
「それは先ほどこちらが与えた台詞ですね」
堕ちて、天界からの魔力の供給が途絶えようとも、神の座にいるのには変わりない。人間と比べ物にならない魔力量は、いつ尽きるともわからない。待ちの戦法が使えるのは、永遠の寿命を持つ神だけである。
立てた人差し指が火花のような閃光を生じさせると、まるで意思を持っているかのごとく鉄球が跳ね返ってきた。
敬たちへ影響が及ばないように大盾で受け止めるも、傍から見ればレリアが自分自身に攻撃しているようなものだった。
「真っ当な攻撃は通用しないかもしれないな。自分で使ってる時はありがたかったが、敵が使うと厄介極まりない!」
闇の矢を複数本放つも、光の波に受け止められる。簡単に貫けるとは思っていなくとも、予想通り過ぎる光景に敬は舌打ちをする。
「阿呆! 半魔のあたしの魔力で、堕神と正面からやり合って勝てるわけがないだろう!」
「耳元でアホアホ言わないでくれ。さすがに切なくなるだろ」
「ならばもっと作戦を練ろ! 魔王を倒した時と同じようにはいかぬぞ!」
万に一つの敗北を防ぐ為か、女神は迂闊に降りてこない。白光での目眩ましこそしなくなっているが、それでも高所から撃たれる光の弾は驚異的だ。
ビーチボール程度の大きさの魔力の砲丸が、床にぶつかっては弾けて消える。炭酸ジュースを床にこぼした時のような有様は、見ている者に恐怖を植え付ける。
「えげつない攻撃してくるな。わかってたけど、本気すぎるだろ」
手を繋いだまま移動する敬とルーファを、大盾を構えたレリアが護衛する。
「なんとか地上戦に持ち込みたいとこだが、いい案はないか」
「背後に回り込むにしても、飛ばれていては難しいか。かといって空中戦では二人いる分、こちらが不利になる。鉱山街で戦った天使が可愛く思えてくるな」
尋ねた敬に対し、ルーファが焦りを隠そうともせずに言った。
今のところはレリアが大盾で女神の攻撃を受けてくれているが、いつまでも持たないのは大盾の崩れ具合からして明らかだった。
「聖騎士の大盾が持っている間に攻勢に出ないとマズイぞ」
「わかってる! けど……くっ! 迷ってる暇はないか!」
打ち出された光の砲弾目掛けて、敬は闇のネットを張った。伸縮性を強くイメージし、酸のような威力の攻撃を跳ね返す。
「突き破られるのも覚悟したけど、なんとか上手くいったな」
攻撃者であるイシュルに直撃してくれればなおよかったが、そこまで順調にはいかなかった。背中に生えてる光の翼で、堕神は空中でも素早く動いて難を逃れたのである。
「なかなかやりますね。魔力を上手く使えるかどうかは、それぞれの想像力に左右されます。それを活かして、わたくしの攻撃を打ち破るとは大したものです」
「え? そうなの?」
堕神のお褒めの言葉に、敬はポーカーフェイスも忘れてついうっかり反応してしまう。
途端に隣のルーファにギロリと睨まれ、わざとらしく咳払いをする。
「何の策もなく乗り込んできたと思うなよ。これに懲りたら降参してくれてもいいぞ。今なら特別に許してやろう」
「さすが勇者様です!」
疑いもせずに、レリアが尊敬という輝きを瞳に宿らせる。多少なりとも罪悪感を覚えるも、今更なかったことにはできない。
「俺に任せておけ!」
調子に乗って胸を張る隣で、しっかりと手を繋いでいるルーファが片手で目元を抑える。
「格好つけるのをやめたのではなかったのか」
「それはそれ、これはこれだ。それに俺みたいなヘタレは、戦いの最中は自信過剰になるくらいで丁度いいんだ。相手の命を奪ってしまうかもしれない怖さも忘れられるしな。いや、本当は忘れちゃいけないんだろうけどさ」
自嘲気味に笑う敬を横目で見て、ほんの少しだけ頼もしそうにルーファが鼻を鳴らす。
「自分を正確に理解できているのは高評価だ。世の中には、己のことすらわからぬ者が大勢いるからな。本当に……」
やたらと実感がこもっていそうなルーファに理由を尋ねようとしたが、空気が読めないのか、それともわざとか、堕神が攻撃を再開した。
「悪いけど、もうその溶けちゃう光の玉は通用しないぜ」
光弾が増やされるも、ネットを巨大にして対応する。ならばと光の雨を降らせられれば、闇の傘で防ぐ。
「フン。この男の妄想力を侮っていたようだな」
何故かルーファが勝ち誇る。
「妄想力ってのもアレだけど、まあ、褒められてると思っておくか。ちなみに、ほっぺにちゅーでもしてもらえると、なおさらやる気が出るんだが」
「……くっ。こいつの力が必要でなければ、すぐにでも腕を斬り落としてやるものを……!」
半ば本気で悔しがるルーファに苦笑し、攻撃がやんだ隙に敬は堕神を見上げる。
「もう終わりか。これで諦めてくれると嬉しいんだがな」
「残念ですが、それはできません。わたくしにも願いがあります」
手を組むようにして上げられた両手に、雷にも似た光が迸る。大気が震えるような、地鳴りならぬ宙鳴りが恐ろしい。
「どんな防御をされても、それごと潰してやろうって腹か。とんだ脳筋様だな」
敬の頬に一筋の汗が流れる。ルーファのおかげで魔法とも呼べる力を使えてはいるが、半魔と堕神では持っている力に差がありすぎる。真っ向勝負は不利だった。
「それでもやるしかねえか。こうなりゃ、先手必勝だ!」
作り出した闇の砲身から、ありったけの魔力を弾丸にして撃ち込む。空気が悲鳴を上げるほどの速度で堕神を捉えるも、細く透き通るような肉体を穢す前に消失する。魔王討伐の際に敬が使った、光の衣による防御だった。
「飛び道具は駄目か。なら危険でも接近するしかねえな!」
闇の力で翼を生みだせば空も飛べる。そう考えて堕神との距離を詰めるも、その前に敵の攻撃が完成する。
「これで終わりです。せめて安らかに眠れるように祈りましょう」
元女神らしい台詞を凛とした声で紡ぎ、堕神イシュルは白魚のような指先で溜めた白銀の光を残らず開放する。それは一本の巨大な槍となって、敬たちを呑み込んだ。




