032 プライドなんぞ、とっくに捨ててるわ!
「どういうことだ」
ルーファが声を低くした。
「簡単な話だ。単純に世界を管理したいなら、変な理由をつけずに俺たちの心も奪えばいいし、例の木の聖気を回収すれば、天空城へ乗り込まれることもなかった。色々とやりようはあったのに、堕神は俺たちと対峙している。それが答えだよ」
「なるほどな。女神があたしたちを招いたのか。何の為にと考えれば、貴様の仮説が一番しっくりくるか。微塵も理解できんがな」
そう言ってルーファは嘲るように嗤った。
「それほどの覚悟と罪の意識があるのであれば、何故にもっと早く介入を決意しなかった! そうすれば不要な悲しみは生まれなかった! そうだ。産まれずに済んだのだ!」
「あなたは自身の血を呪っているのですね。確かにわたくしの落ち度もあるでしょう。なればこそ、同様の悲しみが世界を覆わぬように願う気持ちを理解できるのではありませんか?」
真摯な堕神の問いかけに、つまらなさそうに半魔の少女は首を左右に振った。
「貴様は甘い。どうせ手を入れるのであれば、可能性を根こそぎ排除するくらいでなければならないのだ!」
「それは一体……」
「くだらない問答は不要だ。言葉で折り合うことができないのであれば、あとは戦うしかないだろう。お互いの主張をかけてな!」
「わかりました。ではそういたしましょう。ただし、わたくしも手は抜きません。心を鬼とし、皆様方のお相手をします。敗北後の復活などを期待しませんよう、お覚悟をお願いします」
「無論だ。あたしの目的を果たす為にも、全力でやらせてもらうぞ!」
高まる緊迫感が穏やかだった空気を一変させる。肌が切れそうなほどの緊張を覚えながら、それでも敬はつい漏らしてしまう。
「なんか……ルーファに格好いいところ全部持ってかれた……」
「お、お気になさらないでください。ケイ様は十分に素敵です!」
兜を装備しながらも、レリアは懸命に敬の気分を高めようとする。
それが聞こえたのか、横目で様子を窺ったルーファが盛大なため息をついた。
「その程度で拗ねるな! 貴様は阿呆か!」
「でもなあ……だけどなあ……」
「ぐっ、この男は……! わかった! あたしが悪かった! 貴様はその、アレだ。そう、アレだから喜べ!」
「アレじゃわかんないだろ」
敬は唇を尖らせる。ちなみに恐ろしい感じの台詞を言っていた堕神は、律儀にこちらの準備が整うのを待ってくれている。
「いい加減にしろ! 貴様は今がどういう時かわかっているのか! あの兄妹に感情を取り戻させてやるのだろう。その為に来たのだろう」
「そうなんだけど、いまいちやる気でないよなあ」
「き、貴様はどこまで阿呆なのだ! ええい! 貴様は格好の良い台詞を吐かなくても、十分に素敵だ! ほら、これでいいだろうが!」
半ばヤケクソ気味に叫んだルーファに見えるように、わざと敬はニヤリとする。
「キスしたいくらい?」
「ぐう……! 何故、そこにこだわる!」
「したいからだよ! お前にわかるか! 地球でキスもできずに死んだ男の気持ちが!」
「だからといって、異質な状況を利用して求めるのを恥と思わんのか!」
「プライドなんぞ、とっくに捨ててるわ!」
断言する敬にルーファは頭を抱え、レリアは苦笑し、そもそもの元凶を作ったかつての女神は申し訳なさそうにする。
「そんなにしたいならさせてやる! ただし、この戦いに勝ったらな!」
「よっしゃ! その言葉、忘れんなよ。レリアもいいな!」
「え!? 私も含まれていたのですか? ま、まあ……ケイ様もルーファ様もよろしいのであれば、強硬に反対する理由もないのですが」
タイプの違う美女二人からキスしてもらう約束を取り付け、敬はテンションを全開にして堕神イシュルと相対する。
「わたくしが言うのもなんですが……敬さんはこちらへお呼びした当初と、ずいぶん性格が異なっているように見受けられますね」
「ルーファにも言ったけど、プライドを捨てたんだよ。格好つけて、我慢しても何も伝わらない。だから無様で惨めでも自分の気持ちを吐き出すんだ。もっと早く気付けてれば、地球でも違った結果になってたんだろうけどな」
一瞬だけ思い出した家族の顔を脳内から消し、淀みのない瞳で堕神イシュルを捉える。
「だが、そんな大事なことをこの世界の人間はできなくなった。あんたが本来の心を奪ったからだ! 俺は認めない! 何が何でも平和を愛するってんなら、長い年月をかけてでも一人ずつ説得するべきだ! 人間も世界も一朝一夕には変われないんだよ!」
「理解はしています。わたくしも最初はずっと見守ってきました。ですが最初に創造した世界は自然を顧みずに文明を発達させた人類の手で滅び、今回の世界は自らの悪意で滅びの道を辿り始めました」
人類が絶滅した魔物は動物をも襲う。最終的には獲物を失った魔物同士で共喰いが始まり、悪意の供給がなくなった世界で数を減らして全滅する。予測を語り終えた堕神イシュルは辛そうにしかめた顔を、真っ直ぐに敬へ向けた。
「黙って見ているしかできない気持ちは、あなた方には理解できないでしょう。わたくしには力があるのに、それを使って正しき方向へ導くのがどうして罪になるのですか!」
掲げた両手の中に光の玉が生まれる。神々しさを増す堕神の全身が輝く。
力を溜めている堕神の姿が、何故か敬には泣いているように見えた。
「あんたは優しすぎたんだ。だから歪んでしまった。滅びるのと同じくらいあるはずの、発展する可能性が見えなくなるくらいに」
「ならばわたくしに示してください。人間の――あなたの可能性を!」
振り下ろされた両手から光の波動が迸る。視界を埋め尽くすほどの白に目を焼かれそうになった瞬間、敬の前に影が生まれた。
「私がお手伝いします! ケイ様は思うがままに突き進んでください!」
愛用の大盾で視界を隠しつつ、前に立ったレリアが予測をつけて鉄球を放つ。
鎖が鳴り、光を弾くように黒い鉄球が伸びる。だがそれだけだ。破壊音はおろか、正面に立っていた堕神の悲鳴すら聞こえない。
焦燥の気配を見せるレリアを案じていると、不意に敬の手が握られた。ルーファだ。
「何をしている! 相手は堕神だ。遣いの天使とは格が違うのだぞ! 最初から全力でいかなければ勝ち目はない!」
「わかってる! ルーファ、力を借りるぜ!」
繋いだ手から体温と一緒に、ルーファの魔力がとめどなく流れてくる。体内で受け止めれば、あとは器を持つ敬が形にして力を行使するだけだ。




