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031 やっぱり違うんだよ

 船は敬たちを乗せて、絨毯のように敷かれた白い雲へと到達する。ゲームでよくあるように雲を大地代わりに、蒼穹を従えるかのごとく白く荘厳な城が立っていた。


「ここが天空城なのですね」


 鍵はかかっておらず、正面の扉から城内へ入ったレリアが油断なく周囲を警戒する。


「間違いない。俺は一度、見てるからな」


 夜空に瞬く星のように不思議な光沢を放つ壁が煌めく。床も天井も同じで、まるで宇宙のど真ん中に放り込まれたみたいだった。


 踏み出した足への床の反発はなく、厚いカーペットの上を歩いているようだ。敵意は感じられず、ただただ壮大な内装に圧倒される。


「装飾品とかがあるわけじゃないのにな」


 女神だった頃のイシュルに召喚された当初も来てはいたが、あの時は異世界転生というか転移を果たした昂揚感のせいで、そこまでじっくりは観察していなかった。


「女神の居城と言われても納得できますね。禍々しさなんてありませんし。……そのようなお方が、どうして今回のような事態を引き起こしたのでしょうか」


 声のトーンを押さえて俯き加減になるレリア。


 横を歩いていたルーファがフンを鼻を鳴らす。


「さてな。女神に何を期待しているのかは知らんが、そこまで崇高な存在ではなかろう。そもそも今更こんな真似をするくらいならば、もっと前にイシュル自身が魔王を倒していればよかったのだ!」


「そうしたかったらしいが、神様にも法があって、創造した世界に干渉するのは禁じられてたらしい。本人も地底城で言ってただろ。それでも我慢できなくて、俺を使って天界の目を欺いて、とうとう自分の創った世界に手を出したけどな」


 メインホールの左右から二階へと続く階段を上りながら、敬はため息をつく。


「尖兵としたのが、地球で異世界転移を望んでいた俺というのも笑える話だがな。いや、殺されたようなものだから実際には笑えないんだが」


 事故にあった瞬間を思い出せば、今でも恐怖で胃が痛くなる。誰だって可能なら、死なんてものを味わいたくないのだ。


「それでも俺はイシュルに多少は感謝してるんだぜ。こっちの世界に来られたおかげで、レリアやルーファと出会えたんだ。育ててくれた両親には、勝手な反発ばかりで何も親孝行できてないのが心残りだけどな」


 優秀な兄へ目をかける両親に、半ば捨てられたようなものだとずっと思い続けてきた。しかし今になって考えてみれば、敬が勝手に逃げていただけだ。


 実際に引き篭もって以降、両親は一切、兄とは比べなくなった。それを余計に見放されたと捉えたのは、敬の甘さ以外の何でもない。


「この世界に来て、色々と思い知ったよ。医療施設もなく、魔物がいて、生と死はほとんど隣り合わせ。それでもあの兄妹を筆頭に、皆が一生懸命生きてた。笑ってた。辛いことや悲しいことがあってもな。そうした感情も含めて人間なんだってわかった。だからさ」


 二階廊下の正面奥。突き当りのドアを右手で力いっぱいに押し開く。


「やっぱり俺は今の世界は間違ってると思う。なあ、女神――いや、堕神イシュル!」


 謁見の間とおぼしき一室。それは敬がこの世界で初めて訪れた場所である。かつて女神だった麗しき女性は、変わらずにそこへ立っていた。穏やかな微笑みを浮かべて。


「ようこそ、いらっしゃいました。歓迎しますよ」


 人間と比べてもずっと長身の堕神が両手を広げる。風が生じ、敬の前髪を揺らした。肌に纏わりつくのは不快さではなく、赤子が母親の胸に抱かれている時のような安心感だった。


「あなた方は魔王を討伐してくださいました勇者です。この世界を統べる神として、もてなすのは当然です」


 どういう目的で敬たちが訪れたのかを知っている上で、余裕の態度を崩さない。もしかしなくとも、女神の力を失った敬など敵ではないのだろう。


「女神――いいえ、創造神イシュル様。どうしてこのように人間の尊厳を奪う真似をなさるのですか。確かに表面上は争いはなくなったかもしれません。けれど、あれでは人間らしさがありません!」


「あなたは聖騎士のレリアでしたね。わたくしもかつてはそう思っておりました。ですが人間とは欲深く、そして罪深い生き物なのです。そこが愛らしくもあるのですが、度を越えてしまえば世界に滅びをもたらします。実際に強い悪意で魔王を誕生させてしまいました」


「フン。そういう仕組みを創ったのは貴様であろうに」


 今度はルーファが口を開いた。侮蔑を含んだ視線にも、イシュルは動じない。


「その通りです。しかしながら人間が暗黒大陸と呼んだ地は、世界でもっとも浄化能力が高い場所なのです。当初の想定通りであれば、集められた悪意はすべて浄化され、平和な世が続くはずだったのです」


 悲しげに目を伏せた堕神が、肩を小さく震わせる。


「ですが長い年月の末、徐々に人間の悪意を処理できなくなっていきました。今でこそ一つに統一されておりますが、共に暮らせるようにと願った中央の大陸の覇権を争いだしたのです。それにより、爆発的に悪意が膨れ上がったせいです。そして魔物が誕生しました」


 世界がパンクするのを防ぐ為に、膿として大地に落としたのが魔物。堕神イシュルはそう付け加えた。


「その膿がデカくなりすぎて、結局は世界を蝕んでたら世話ないだろ」


 敬の言葉に、イシュルは沈痛な面持ちで頷いた。


「すぐにでも世界に手を入れて修正をしたかったのですが、神法がそれを許してくれませんでした。黙って見守るしかないうちに月日は流れ、悪意は高まるばかり。最終的にわたくしをも上回る者が生まれる可能性も出てきました」


「それを防ぐ為に堕ちるのを覚悟で介入を決意し、俺を殺したわけか」


「……そのことについてはお詫びのしようもありません。ですがわたくしはもう引き返せません。人々の心を管理し、悪意の奔流が完全に収まるようであれば、しばらくはまた介入をやめましょう。それで納得をしていただけませんでしょうか」


 高圧的ではなく、こちらの言い分を理解した上での妥協策だった。聞くだけなら決して悪い条件だとは思えない。けれど敬はすぐに首肯できなかった。


「だけど、また悪意が溜まるようなら管理するんだろ? それに一度でも介入されたら、またあるんじゃないかって怯えるのが人間だ。そんな環境の中で、自分らしく暮らすなんてできっこない。罪を犯すのは言語道断だし、悪意を持つ奴は許せないのも同意する。けどさ、やっぱり違うんだよ」


 堕神イシュルは憤ったりしなかった。その態度で、敬は確信する。


「やっぱりな。あんたも迷ってるんだろ」


 敬の指摘に堕神だけでなく、レリアとルーファも驚きを露わにする。

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