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030 俺にはわかってたよ

 ジンジンする鼻を撫で、血が出てないのを確認して、敬は目の前の巨木を眺める。


「いってえ。何で道のど真ん中に木があるんだよ」


 半ば八つ当たり気味に叫ぶ敬の隣を通り抜け、ルーファが興味深そうに木へ触れる。


「ここが頂上だからだろう。そしてあったのはこの木。どう考えても怪しいな」


 身軽さを活かして子供の腕ほどもある枝に上る。葉は緑で、実はなっておらず、敬は地球にいる頃に見た某企業のCMの大木を思い出した。


「何かあったか?」


「いや、外見上は普通の木だな。大きい部類には入るが、他に絶対ないかと問われれば、頷くほどでもない」


「珍しいけど、そこまで特殊じゃないってことか」


 腕を組んで敬は唸る。道中は会話に夢中で気づいていなかったが、巨木を通り越して先へしばらく進んだところで道はなくなっている。どうやらルーファの指摘通り、ここを頂上と捉えても問題なさそうだった。


「ですが、どのような木なのかはよくわかりませんね。私もルーファ様同様に、創造神イシュルに関連する何らかのヒントだと思ったのですが」


 木の幹を撫でながら、レリアが首を傾げる。時折ノックをしてみても、中が空洞になっているような反応もない。


 そのうちにルーファが降りてくるも、やはり釈然としない表情を浮かべていた。

「これでは手詰まりではないか。おい。いっそ貴様が堕神を呼んだらどうだ。地底城の時みたいに、姿を現してくれたら儲けものだぞ」


「この状況じゃ、それしかないか。そこらにヒントでも転がってれば楽なのにな」


 ため息をつきつつ、道中の疲れを取ろうかと手で木に寄りかかる。


 その瞬間だった。


「ケ、ケイ様の手が光ってます!」


「うおっ! ど、どうなってんだ!?」


 レリアの叫びに反応した敬の視界でも、まるで聖なる気を注入されているかのように左手が燦然と輝いていた。


「まさか……! おい、もしかして聖なる力を使えるようになっていたりしないか」


 唐突なルーファの言葉に、思わず敬は苦笑する。


「幾らなんでもそう簡単に……って、嘘だろ……」


 左手を木につけたまま、右手で力を練った敬は愕然とした。イメージ通りに光の剣が生まれたからだ。


 視線でどういうことか尋ねるが、額に小さな汗を浮かべているルーファも首を横に振る。


「古の大陸で、女神がいるという天空城にもっとも近い場所に生えている木だ。ほぼ勘で聞いてみただけと言ってもいい」


「原因不明か。けど、これが天空城へ続く鍵にでもなってんのかもな。例えば木から空飛ぶ船に変わってくれるとか」


 冗談半分でもあったのだが、木製の飛空艇を頭の中に描いた途端、大木は光に包まれた。


 目も眩むような閃光が走り、収まった時には想像通りの飛空艇が敬の目の前にあった。


「……い、一体全体どうなってんだよ……」


「しでかした貴様がわからないのに、あたしが知るはずないだろう」


「ほ、本当に不思議です。私とルーファ様が触っても、まったく反応しなかったのに」


 木があった場所に、ふわふわと宙に浮かぶ船。


 しばらく三人揃って目を離せないでいたが、何かを理解したらしいルーファが「そうか!」と沈黙を破った。


「聖力の器だ。貴様にはそれがある。だからこの木は反応したんだ!」


「そういうことか。堕ちても、元は女神様だもんな。会うのに資格みたいなのが必要だったわけか。けど俺に器があるのも一時的とはいえ、力を貸してもらったからだ。女神と会わなきゃそれも不可能だったんだから、この世界の人間が会うなんて無理じゃねえか」


 誰も女神に会えたことのない理由は納得できたが、今度はわざわざ不可能に等しい謁見方法を用意した目的がわからない。


「ここで悩んでても仕方ない。この船で天空城へ行けるんなら、直接聞けばいい」


「珍しく同感だな。貴様にしては建設的な意見だ」


「辛辣な感想をどうも。不意打ちでキスするぞ」


「フン。悪いが、弱そうな熊の魔物を相手に、失禁しかけていた男なぞごめんだ」


「くっ……そういう返しをするか。怒りながらも恥ずかしがる顔が大好物だったのに……!」


 大袈裟にため息をつくルーファと、愛想が漂う笑みを作るレリア。


「貴様は本当に処置なしだな。こんな男に仕える聖騎士がいるなど信じられん」


「ウフフ。困った面もありますけど、ケイ様は勇者様ですもの。時に泣いたり、怒ったり。自信満々の頃も素敵でしたが、今も魅力的です」


 うっとりはしないまでも、好意的に受け入れてくれたレリアが聖母のごとく微笑む。


「じゃあ、キスとかしちゃってもいい?」


「え? あ、あの……そういうのは好きな方同士が……ですが私もケイ様のことを……そ、その……よろしいのでしょうか?」


 レリアが横目でチラリと窺ったのは、非常につまらなさそうにしているルーファだった。


「何故、あたしを見る。勝手にすればいいだろう」


 素っ気ない台詞が返ってきたものの、この状況ではさすがの敬も、レリアが何故ルーファに声をかけたのかを察することができた。


「そうか。普段から乱暴な態度ばかりだったが、やっぱり愛情の裏返しだったのか。俺にはわかってたよ。いつも握ってるルーファの手が温かかったからね」


「気持ち悪いことを言うな! 寒気が走る!」


「何だって! それは大変だ! 今すぐ裸で温め合わないと!」


「寄るな! 大体、貴様はおかしいぞ! あたしは半魔なんだ。わかってるのか!」


 ヒステリックさを滲ませた台詞を浴びても、敬は一切気にしなかった。そもそも地球育ちで半魔への憎悪など抱いていないし、むしろゲームなどではありがちな設定なので嫌うどころか逆に興味の対象でもあった。


「ルーファはルーファだ、関係ない。ぶっきらぼうで冷たそうにしてるけど、実は意外に優しくて世話好きな女の子だ」


「な、何を……くっ! ふざけたことを言うな! さっさと行くぞ!」


 危険も確かめずに、数十センチほど地面から浮いている木船にルーファが飛び乗った。


 レリアと顔を見合わせた敬は肩を竦め、苦笑を顔に張りつけながら半魔の少女を追いかけた。

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