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003 お前には見えないのか

 まさしく中世ヨーロッパを連想させるような石造りの街並み。住居は大半が一戸建ての平家だが、遠くに見える城へ近づくに連れて、金持ちですと叫んでいるような屋敷が増えていく。


 現代日本では見ることのできなかった光景が、異世界に降り立った事実を認識させる。


「ははは……本当に異世界だよ。何、この奇跡。こんな夢みたいな展開ってありかよ!」


 当たり前なのだが神々しさ全開だった女神の前から離れ、敬はありのままの自分となって感想を爆発させる。


 地球で暮らしていた頃に一度だけ異世界に行ってみたいと口にしたが、聞いていた友人に露骨に残念な顔をされたのを今でもはっきり覚えている。


「こっちじゃ後ろ指を差されることもない。女神の力――つまりはチートという活躍する条件も揃ってる。本気でハーレムだって夢じゃねえぞ!」


 緩みっぱなしの頬はなかなか戻ってくれないが、誰かに笑われたりということはなかった。それというのも、街中へ転移させられた直後から、まだ一人として住民の姿を見ていないのだ。


「まさか、すでに魔王に滅ぼされてゴーストタウンってことはないよな」


 周囲を少しだけ観察する。生活感溢れるにおいや雰囲気が、敬の推測を否定する。


「なら、一体――ん? 金属音?」


 硬いものがぶつかり合う音を聞き、急いでそちらへ行ってみる。身体能力が強化されているおかげで、全力で走ればそれこそ地球でのスクーター並みの速度が出る。加えて息も切れない。


「チートってのは本当に便利な力だな……音の原因はあれか」


 走る敬の視界に映ったのは、広場らしき開けた場所で巨大な蟹と対峙しているフルアーマー姿の騎士らしき人物だった。周囲では大勢の人々が、悲鳴を巻き散らしながら逃げ惑っている。


「私が敵を抑えている間に、避難してください!」


 騎士が声を張り上げた。それを聞いた敬は目を見開く。銀色に輝く全身鎧を纏った相手の声が女性のものだったからだ。


 女騎士の窮地に颯爽と登場し、敵を倒して格好いい背中を見せる。勇者として名を知らしめる絶好の機会であり、仮に要救助者が不幸にも美人でなかった場合は、周囲の住民から拍手喝采を浴びて切なさを紛らわせられる。


「ブヒャヒャ。人間ごときが、このデスクラブ様に敵うと本気で思ってるカニか!」


 ネタ要員じみた名乗りではあるが、巨大で真っ黒い外見をした蟹は意外にも俊敏に動く。不気味な赤い目で見下ろす女騎士を、蛇行しながら着実に追い詰める。


「私は聖騎士です。敵が強大であろうと、街に住まう人々は守ってみせます!」


 身長の半分近くはあろうかという大盾を構え、距離を取ろうとしていた聖騎士が突如として反転。敵が直線的に動けないと判断しての奇襲だった。


 遠目で見物していた敬も上手いと唸ったが、相手はさらに一枚上手だった。


 ぐにゃりと関節を無視したように脚が動き、なんと真っ直ぐに女聖騎士との距離を詰めたのである。


「しまった!」


 女騎士の身体が巨大な鋏に挟まれる。しかし肉体を圧迫される前に、彼女は横にした盾をつっかえ棒代わりにして、かろうじて破滅を回避した。


「なかなかやるカニね。だがいつまでも持たないカニ! ブヒャヒャ。人間の女は特に柔らかいから好みだカニ。剥いてから美味しくいただいてやるカニ!」


 なにやら卑猥な妄想を抱かずにはいられない台詞だが、劣勢に陥っている女騎士を欲望のために見捨てるわけにはいかない。


 パニックに陥っている住民を掻き分けるのではなく、ここぞとばかりに敬は近くで一番高い民家の屋根に上った。


「そこまでだ。残虐非道な魔物め!」


 太陽の光を背中に携え、堂々と巨大蟹を指さすTシャツにジーンズ姿の敬を、この場にいる全員が注目する。


 現れた救世主に歓喜するのではなく、怪訝そうな視線なのが気になるところだが、肩を落とさず、すぐに変えてやればいいと思い直す。


「変な恰好をしてるお前は何者だカニ!」


「……デカイ蟹に変とか言われる俺って……まあ、確かに服装はあれだけどさ」


 女神の力で降り立ったドラハム王国の住民は、街並みが中世ヨーロッパ風味なのに、服装は布製の簡素なものが多い。


 路地裏らしきところにローブっぽい格好の人間もいるが、変わっているといえばその程度だ。もしかすれば城に近い屋敷方面へ行けば、以前にテレビで見たような貴族っぽい身なりの者がいるのだろうか。


 とりあえずの疑問はさておき、改めて敬は不気味な巨大蟹に人差し指を向ける。


「何者かと聞かれたからには答えてやる! 俺の名前は佐伯敬。この世界を創造した女神イシュルにより遣わされた勇者だ!」


 突き出していた指を親指に変え、ドンという効果音が聞こえてきそうな勢いで自分を指し示す。想定通りなら、ここで歓喜の雄叫びが巻き起こるはずなのだが、肝心の住民は揃ってキョトンとしている。


「女神イシュルの騎士が降臨されるなんて! ああ、私は今、伝説の瞬間に立ちあっているのですね!」


 素直な驚きを表してくれたのは、懸命に敵の鋏に切断されないように頑張っている女聖騎士一人だった。


 切なさを呑み込んだ涙を心の中でほろりと流し、感謝とともに敬は言葉を並べる。


「女神から与えられた魔王討伐の任務を果たす前に、まずはこのドラハムの住民の安全を脅かすお前を退治させてもらう!」


「ブヒャヒャ。口だけは立派な人間だカニ! 丸腰で何ができるカニィ!」


 待ち望んでいた敵の台詞に、不敵に口角を上げることで敬は応える。


「丸腰? お前には見えないのか。奇跡で生み出されるこの剣が!」


 高々と掲げた右手に、太陽から零れたような眩い光が収束する。それは周囲が注目するほんの一瞬のうちに、長剣の姿に変わっていく。


 ある種の神々しさすら感じさせる光景に、訝しげだった人々の視線が劇的に変化する。


「い、一体、何をしたカニ! まさかお前は本当に女神の……」


「だからそう言ってるだろうが。まずは騎士の女性を離してもらうぜ」


 とう、と掛け声を響かせた大空に跳躍する。向上した身体能力を駆使し、頭の中にあるイメージ通りに身体を捻ってみる。


 一流の体操選手でもかくやというほど見事な回転と着地を決めた敬に、想像と変わらない住民の歓声が注がれた。

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