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029 俺は俺の思う通りにやってみる

 闇の力を動力に、船で数日ほど進んだ先に古の大陸は存在した。暗黒大陸へ到着した時みたいな不気味さはなく、爽やかな大草原へピクニックでもしにきたような錯覚に陥る。


 季節は春のまま固定されているかのごとく気候は爽やかで、頬を掠める風の涼しさが心地良い。空気も軽く、背伸びをすると気分爽快になる。


「さすがは堕ちたとはいえ、女神が住む大陸ってことかな」


「ではこの地に天空城があるのか?」


 ルーファの問いかけに、敬はしばらく考えてから答える。


「知らない。そういや俺、天空城から直接ドラハムに飛ばされてたんだ」


「な、何だと!?」


 声を裏返らせるほど、ルーファはいつになく動揺する。


「ならば堕神のもとに辿りつかない可能性もあるのか!?」


「それもわからない。確かなのは天空城が空にあるってことだけだな。そういや女神が古の大陸に住んでるって話は、確かレリアに聞いたんじゃなかったか」


 戦闘時以外は、兜を肩甲骨辺りに下げている女聖騎士が小さく頷いた。


「古くから伝わる伝承です。しかしながら誰も女神イシュルに会ったことはありませんでした。ケイ様が最初だったのです」


「まあ、天空城にいるってのを知らなければ無理ないよな」


 大陸中をくまなく探し回っても、城の影一つ見つけられないはずだ。暗黒大陸への航海と違って危険は少なかったのだから、長い歴史において信仰心の強い人間が何人も女神への謁見を夢見て、古の大陸に足を踏み入れていてもおかしくはないのだ。


「そんな暢気でいいのか。堕神をどうにかしなければ、人間はずっとあのままなのだぞ。レックスで知り合ったガキどももだ!」


 焦りの色を濃くする半魔の少女に驚きつつも、宥めるように敬は穏やかな声を出す。


「落ち着けよ。怒っても堕神が降りてくるわけじゃない。それにしても、ルーファがそんなにも人間を想ってくれるなんて意外だったよ。昔の――あっ、悪い」


 誰だって嫌な思い出を他人につつかれるのは不愉快なものだ。途中で気づいた敬はすぐに謝ったが、ルーファはいつもと変わらない態度で鼻を鳴らすだけだった。


「ですが現実的な問題として、どうすれば創造神イシュルのもとへ行けるのでしょうか」


 レリアの疑問はもっともだが、誰一人としてその答えを持ち合わせてはいない。仮にエスファーラへ戻って尋ねても、望む内容は得られない可能性が高い。


「とりあえず探してみるしかないだろ。ゲームなら大抵は塔とかがあって、そこから天空城へ行けるみたいなパターンなんだけどな」


「ゲーム? 貴様は何を言っているのだ」


 地球のテレビゲームをルーファが理解できるはずもないので、曖昧に誤魔化しつつ、前方に視線を向ける。


 あるのは大きな山だが、建造物が見当たらないこの大陸では、天空に近い場所はそこくらいしかなかった。


「まずはあの山へ行ってみるか。探索を終えたら、保存食が尽きないうちに戻ってこよう」


     ※


 傾斜は緩やかながら、頂はかなり遠い。人工的な建物がないだけに周囲は自然に満ち溢れ、まさしくハイキングしているようなものだった。


 疲労が溜まってくるとルーファに頼み込んで魔力を貰い、回復させて歩く。軟弱な自覚はある敬だったが、それでもわりと平気に山道を登る二人の女性を見ていると切なくなる。


「頂上に近づけば寒くなるかと思ったが、そうでもないな。邪竜山とは大違いだ」


 標高があるはずなのに、吹く風の冷たさも変わらない。およそ純粋な自然ではありえないような現象も、近くに元女神がいると仮定すれば理解もできる。


「この山で正解なような気もするが……何もないな」


 自然に生えた木や花はあれど、天空城は影も形も見えず、そこへ繋がるような道もない。


「チッ。地底城で対峙した時に倒しておくべきだったか」


 吐き捨てるようなルーファの言葉に、敬はズキリとした胸を押さえる。いくら力を回収されたとはいえ、怯えているばかりで何の役にも立てなかったのだ。


「お気になさらないでください。強さがすべてではありません」


 慰めるようなレリアの台詞で、一人の男が精神的なダメージを負ったのを気づいたのだろう。


「フン。聖騎士とは思えない発言だな」


「そうかもしれません。ですがケイ様と天使様のやりとりを聞いていて気付いたのです。私は笑顔の人々が暮らす国よりも、笑顔の人々そのものを守りたかったのだと。その私から見ても、ガージの光景はショックでした。確かに皆様笑ってはいましたが、心がありませんでした」


 目を伏せたのは一瞬だけ。すぐに決意を秘めた瞳と共に、レリアは前を向いた。


「どうしてこのような行為に及んだのか。本当にそれ以外に方法はなかったのか。私はそれを創造神イシュルに直接伺いたいのです」


「ほう。では堕神となったその女神の答えに納得がいけば、貴様は敵に回るのか?」


 遠回りをしないルーファの質問に、レリアは顔を曇らせる。


「わかりません。ですがケイ様であれば、私を導いてくださると確信しています」


 言葉を変えれば、敬がどのような決断をしようとも、信じてついていくということになる。


 責任の重大さに苦笑を浮かべつつも、敬はレリアの気持ちを受け止める。


「どうなるかは知らないけど、俺は俺の思う通りにやってみる。自分の殻に閉じこもることしかできなかった地球の時とは違う。今の俺には優しく見守ってくれる仲間と、厳しい言葉で叱ってくれる仲間がいるからな。一人はあんまり素直じゃないけど」


 吹き出す女聖騎士とは対照的に、どこか拗ねたようにムッとするルーファ。それでも当初と比べれば、ある程度は自然に感情を表現するようになった。それは互いの距離感が縮まった証明のようで、少なくない喜びを敬にもたらしてくれた。


「全員で天空城へ行こうぜ。堕神イシュルに物申すんだ。それでも理解してくれなきゃ、仕方ない。一発ぶん殴ってでも、目を覚ましてもらう」


 力強く宣言した敬を、二人の少女が見つめる。降り注ぐ太陽よりも温かさを感じ、照れ臭さを味わうと同時に全身がむず痒くなる。


「さあ、早く行こうぜ。もたもたしてると置いてくぞ!」


「あっ! ケイ様、前を見てください!」


「前? んぶっ!?」


 レリアの警告に従った時にはもう遅く、物の見事に敬は大木へ激突していた。

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