028 何を犠牲にしてでも!
「これで引き返せなくなったかな」
「今更だな。堕神の治める世界をよしとしなかったのだ。前へ進むしかないだろう。何の感情も抱かない人間が相手では意味がないしな」
「まあな。会話してても味気ないしな」
「……フン。それより、いつまで手を握っているつもりだ」
ルーファに半眼で睨まれるも、すぐに離すのはなんとなく惜しい気がする敬である。
「せっかく柔らかいから、もうちょっといいかなって」
「腕を斬り落とすぞ」
「フン。くだらない。今のあたしには魔力が使えるのだぞ」
わざとらしく鼻を鳴らした敬に、露骨なまでにルーファは不機嫌さを露わにする。
「貴様……今の台詞は何のつもりだ」
「ルーファの真似。似てただろ」
「そんなに八つ裂きにされたいのなら遠慮はいらんな。ナイフの錆にしてくれる!」
手を繋ぎながら、繰り出されるナイフを闇の力で防ぐ。そんなシュールな光景を展開していると、ふと周りが騒がしくなってきた。
「街の皆様が出ていらっしゃるみたいですね」
微笑ましげに状況を見守っていたレリアが、広場を見渡す。戦闘の物音がどれだけしても何一つ騒いでいなかった住民が、ぞろぞろ出てきては顔見知りと会話を始める。
「これって、もしかして天使を倒したから、心が戻ったんじゃないか」
「そうかもしれませんね。どなたかに話を聞いてみましょうか」
明るい顔のレリアに頷いて住民へ近寄ろうとしたが、事はそう簡単に進まなかった。表情を取り戻したように思われた人々が、またしてもスッと感情を消失させたのである。
「堕神の力か」
忌々しさを隠そうともせずに舌打ちする敬の隣で、力任せに手を振り解いた半魔の少女がいつものように鼻を鳴らした。
「遣いの天使ができた芸当を、親玉ができないはずもない。こうなるのはある程度、予想通りだったであろう」
「それはそうだけど、これだけ管理されてると、俺たちを古の大陸に連れてってくれる船乗りなんているのかな」
もっともな質問だったらしく、ルーファもレリアも黙り込んでしまう。
「後で怒られるのを覚悟して、適当な船を借りるしかないかもな。最悪、闇の力で船を進ませるとかできるかもしれないし。それにはルーファと一緒に寝たり、裸で抱き合ったりが必要不可欠に――」
「――今度こそ本当に死にたいのか」
口調こそ厳しさ全開だが、真顔の下に隠すようにほんのりと頬を赤らめているのがなんとも可愛らしい。間違っても敬への愛情からではなさそうだが。
「我儘を言ってはいけませんよ、ルーファ様。私であれば恥ずかしいですが、ケイ様の力を引き出すためにすべてをさらけ出します」
「マジで!? じゃあ早く海に出よう。一緒に裸でお魚さんになるんだ!」
「は、はあ……あの、それでケイ様の勇者としてのお力が強化されるのでしょうか」
「勇者関係なく、見せてくれるなら裸を見せてください」
ド直球な敬の要求に、さしものレリアもすぐには返答せずに微妙な笑顔を浮かべる。近くではルーファが半ばウンザリしたように嘆息する。
「貴様……性格が変わりすぎだろう。やはり頭でも打ったのか」
あからさまな指摘に、自覚のある敬は高々と笑う。
「これが素なんだよ。要するに格好をつけるのをやめたんだ。俺は俺でしかないし、そもそもとことん格好悪い姿を見られた二人の前で、今更気取っても仕方ないしな」
「フン。貴様らしいといえば貴様らしいか」
「だろ? だから可愛い女の子と一緒に旅をして、嬉しくなったり、ちょっとだけエッチな気分になるのも当然なんだ。そして今、かつてないチャンスが転がりこんできた。俺はそれにすべてをかける。何なら土下座だってしよう!」
期待に満ちた視線を向けた相手は、もちろん困惑顔のレリアである。少々ゴツイ鎧の下には、誰もが垂涎する魅惑のボディがあるのは誰より敬が知っている。
「そ、そんなに男性は女性の裸を見たいものなのですか?」
「何を犠牲にしてでも!」
断言する敬に、ルーファが大人びた顔立ちを処置なしとばかりに歪める。
「捨てるものが多すぎるだろう。強引に迫りすぎて、せっかく好意を寄せている女に嫌われたらどうするのだ。貴様の言うかつてないチャンスとやらは、永遠に手の届かないところまで逃げてしまうぞ」
「なら、どうすればいいんだよ」
「フン。まずは雰囲気を大切にし、互いにわかりあうところから始めるべきだろう。何事も基礎を大切にしなければ、応用には進めん」
「なるほどな。しかし、まるっきり恋愛マスターみたいなアドバイスだな。あんまり経験豊富そうには見えないんだが……まさか、密かにそういうのに憧れるタイプか? 白馬の王子様が現れるのを信じていたりとか――うおおっ!?」
言葉もなく飛んできたナイフをかろうじて回避する。
「何するんだよっ。お前、明らかに本気だっただろ!」
「貴様がくだらない妄言を吐くからだ。安心しろ。命までは奪わぬ。やたらとよく回るその口を斬り落とすだけだ」
「嫌に決まってんだろ! レリア、助けてくれ!」
「え? は、はいっ」
真面目なレリアに間に入ってもらって事無きを得る。ルーファも根が真面目なだけに、からかうのは命懸けなのを実感する。
「ハハッ。けど、こういうのもなんか楽しいな。これだけ騒いでても、誰も反応しないのは寂しいけど」
ギャーギャーと声を張り上げても、穏やかな心とやらを与えられた住人は、必要最低限の会話だけを作られたような笑顔で行っている。
「ならば貴様が女神から取り戻せばよいだろう。望む世界をな」
「ああ、やってやるさ。けど、俺一人じゃ届きそうもない。悪いが、助けてくれ」
素直に頭を下げて二人に手を伸ばす。真っ先にレリアが両手で敬の左手を包んだ。ガントレット越しで体温が伝わらないのは残念だが、女聖騎士の賛同が理解できた。
「フン。そうやっていれば少しは可愛げがあるな」
しっかりと右手に小さな手が乗せられる。敬と目を合わせないようしているルーファだが、その可愛らしい口元はほんの少しだけ嬉しそうに歪んでいた。




