027 ……バレてたのか
「愚か極まりありませんね。よろしい。私が直々に、創造神イシュルのありがたさを皆様に教えてさしあげます」
翼がはためき、暴風が巻き起こる。荒れた空気のうねりは鋭い刃となり、敬たちを四方八方から襲う。
「ケイ様、ルーファ様。私の背後から出ないでください!」
盾を地面に突き立て、レリアが気合の咆哮を放つ。前面からの風をすべて防いでくれるだけでも、イシュルの力を使えなくなっている敬にすれば十分にありがたい。
「ルーファ。俺に力を貸してくれ」
「不本意だが仕方あるまい。存分に使え」
握り締めた小さな手から、やや熱いくらいの体温と一緒に魔力が流れ込んでくる。形のない奔流を受け止め、敬は自身の中でしっかりと練り上げる。
「手を握りながら戦うってのもオツなもんだよな。これも一つになってると言えるのかな」
「どうして貴様は不愉快な言い方しかできないのだ!」
憤りながらも、手はしっかり握られたままだ。敬がルーファの魔力を使うためには肉体的な接触を必要とし、またロンドのような明らかに強大そうな敵に勝つにはこの力が不可欠だ。
「喰らえ! ラブラブアタック!」
生み出した漆黒の矢を、槍投げ選手よろしくロンドへ放つ。魔力を帯びて垂直に突き進み、いともあっさりと暴風を切り裂く。
「この力は……! ぐう!」
想定外の一撃だったのか、身を守ろうと体の前で閉じた天使の羽に深々と黒い矢が突き刺さる。蝕むように一部を漆黒に染め、満足したように掻き消えた。
「愛の力を思い知ったか!」
懲りずに叫ぶ敬に、隣でルーファが大仰にため息をつく。
「強がっていないと怖いのはわかるが、もう少し落ち着け。戦いは冷静さを維持できたものが有利となる。覚えておくのだな」
「……バレてたのか」
「当たり前だ。汗ばんだ貴様の手は、気持ち悪いくらいに脈打っているからな」
「ハハ……」
格好悪さを自覚しても、敬にはどうしようもない。力はルーファから借り受けられても、さすがに精神面まではどうにもならないのだ。以前の女神の力を使えた時が、どれだけ反則じみていたのかを今更になって理解する。
「ケイ様、油断なさらないでください。戦いはまだ終わっていません!」
レリアの警告に顔を上げると、余裕の代わりに憎しみを浮かべたロンドがいた。
「一度は創造神の寵愛を受けた身に、邪なる力を取り込むとは……もはや許せぬ。神に背きし反逆者よ。その身を地獄の業火で焼かれるがいい!」
翼が燃えるように炎を抱く。まるで十字架のように宙で同一姿勢を取るロンドの背後で、羽が舞い落ちるかのごとく真紅の雨が降り注ぐ。
「こちらに! 早く!」
レリアが傘のように持ち上げた盾の中に、手を繋いだままの敬とルーファが入る。
「私の盾は、聖騎士として人々を守る象徴のようなものです。いかに天使様といえど、簡単に破壊できるとは思わないでください!」
レリアが両手で盾を支えてくれているうちに、敬は新たな闇の力を行使すべく体内に流れ込んでくる魔力を捕まえる。
イシュルの力がある時と比べれば発動まで時間がかかり、威力も劣ってしまうが、この状況でないものねだりをしている余裕はなかった。
「こいつでどうだ!」
漆黒の大砲を作り、詰め込めるだけ詰め込んだ魔力を弾丸にして撃ち込む。
待ち受ける炎の海を走り抜け、狙い通りにロンドの腹部に強烈な一撃を見舞った。
「ぐあっ! こ、ここまでの力とは……!」
受けたダメージのせいで高度を維持できなくなった天使が、地面で片膝をつく。翼もすっかり元に戻り、なんとか耐えきってくれたレリアが息を吐くと同時に大盾を下ろした。
「街の人を元に戻せ。そうしたらとどめを刺さないでやる」
「な……!? 貴様、何を考えている。生かしておいて、堕神と合流されたら厄介だぞ」
「わかってる。でも俺の目的は殺戮じゃない。イシュルが世界を管理するにしても、住んでる人が幸せならそれでいいんだ。けど、ポールやサハンナ、それに鉱山街の人たちを見て思った。これは違う。本人が幸せだって、認識できる心を失ってるんだからな」
「そういう問題では……いや、甘ちゃんの貴様に何を言っても無駄か」
「悪いな。感謝するぜ、呆れながらも最後まで付き合ってくれるだろうルーファにな」
半魔の少女は迷惑そうに鼻を鳴らしたが、横に向けた顔を少しだけ照れ臭そうにしていた。
「そこがケイ様の良いところです。私も最後までお供します!」
レリアも、敬の方針に全面的に賛成してくれた。
「ありがとう。さあ、どうするんだ」
再び言葉と視線を向けると、ロンドはゆらりと立ち上がった。
「残念ながら従えませんね。私の役目は、創造神イシュルの名のもとに人間を管理すること。放棄するなどありえません。むしろ邪魔をする皆様方を排除することこそ本懐!」
翼を使って超速接近する天使を、レリアが大盾で受け止める。交通事故のような衝撃音が響くも、歯を食いしばる女聖騎士は一歩も下がらずに堪えきった。
「ケイ様、今です!」
「よし! また力を借りるぜ、ルーファ!」
魔力が全身に漲る。普段からは想像もできないくらいに身体が軽くなる。俊敏性に優れたルーファも事も無げについてきて、二人で攻撃直後のロンドの隙を突く。
攻撃をレリアに防がれたばかりで、すぐには体勢を変えられないロンドの目が驚愕と怒りに見開かれる。
「何故だ! 何故、創造神に逆らうのですか!」
「それは俺が勇者だからだ! 堕神の為じゃない! 人々のために戦うんだ! 例え闇の力を借りることになってもな!」
「ぐあ、あああ――っ!」
ロンドの体を闇の剣で刺し貫く。伝わってくる生々しい手応えに眉が折れ曲がる。魔王討伐の際は昂揚感からさほど気にしていなかったが、とりわけ人型の相手だと余計に命を奪っている実感が強くなる。
(それでも……こんな世界で生きてくのは無理だ……!)
様々な感情があってこその人間。元女神の考え方は間違っていないのかもしれないが、敬には到底受け入れられなかった。
「愚か……者……め……」
憐れむように言い残し、ロンドは白い光の粒となって大気に消えた。消滅する魔物とは違い、まるで天に還るような神秘的な光景だった。




