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026 作られた人形の世界みたいだ

 開拓街の南に新設された簡易港で船に乗り、波に揺られてやってきた鉱山街で誰より目を丸くしたのはレリアだった。


「以前にお邪魔したことがあるのですが、とても賑やかな街であったと記憶しています」


 確かに街の奥から掘削するような音が聞こえるものの、うるさいというほどではない。


 レリアの記憶を疑うわけではないが、鉱山街ガージに初めて足を踏み入れた敬にはとても信じられなかった。


「まるで作られた人形の世界みたいだ」


 通りに人はいる。店もある。しかし活気がない。淡々と歩き、必要最低限の会話のみを行う。なのに誰もがにこにこしている。確かに平和かもしれないが、あまりにも異質な光景に気持ち悪くなる。


 人間の意思を極力排除し、悪意が生まれないように超常の存在が管理する世界。それがこの鉱山街のすべてになっていた。


 呆然とする敬の鼓膜で鐘の音が響く。前方にある広場の教会の鐘だ。


「何やら人が集まっていますね」


「ああ。催し物でもやってるのか」


 首を傾げながらレリアと教会へ行くと、誰かの結婚式の真っ最中だった。


 敬が知る結婚式はもっと祝福と喧騒に満ち溢れているものだ。しかし教会では神父らしき男が淡々と誓いの言葉を読み上げる。それも満面の笑顔でだ。


 にこやかな参列客。穏やかな日差し。ウェディングドレスとは違うが、結婚式用の衣装に身を包んだ新郎新婦。どれもが幸せの象徴のはずなのに、まるで感情のない劇を見せられているみたいな感覚になる。


 いや、実際にそうなのだろう。虚ろな瞳で見つめ合う新郎新婦の間に、確固たる愛情は見受けられない。


「ケイ様。こちらに明日の予定があります」


 レリアに言われて、出入口の横にある木のボードを見る。午前と午後に一件ずつ予定が入っており、新郎新婦の名前も書かれている。


 これだけならよくある光景だが、通りかかった人々の会話で異質さに気づかされる。


「あら。貴女、結婚が決まってるわよ。よかったわね」


「これもイシュル様のお導き。感謝して結婚します」


 ボードを見て、初めて自分の結婚を知ったような口ぶりだった。


「まさか……教会が勝手に結婚相手を決めてると言うのか」


「何を驚いているのです」


 呟きに応じたのは、敬の知らない声だった。


「すべては創造神イシュルのお導き。人々は深い感謝と共に受け入れるのです」


 穏やかな声と共に頭上から舞い降りたのは、中性的な顔立ちが特徴の若い男だった。しかし身体的特徴を見れば、ただの人間でないのがわかる。


「天使……?」


 驚きを漏らした敬の眼前で、背中に白い羽を生やした男が丁寧に礼をした。


「初めまして。私は創造神イシュルの遣い、ロンドと申します。主に代わり、この地を治めている、人間の言葉でいうなら領主になります」


 相手の目線が少しでも外れた隙に、敬はルーファに近づく。いざという時には彼女の力を貸してもらうためだ。


 敬の意図を察したレリアは前に一歩出て、戦闘が開始されれば即座に大盾を構えられる体勢に移行する。


「そう構えないでください。私が人々に与えるのは穏やかで争いのない日々。真なる平和です。そしてそれは、魔王討伐を果たした皆様方にも等しく与えられます」


 顔を上げたロンドが、嘘偽りを口にしているようには見えなかった。それでも鉱山街の光景を見せられたあとだけに、決して油断はできない。


「それは俺たちの心も操作するって宣言か」


「誤解しないでください。創造神イシュルからはそのような指示は受けておりません。単純に私は皆様の身を案じているのです」


「案じる? どういうことだ」


 芝居でもするかのように、両腕と翼を広げたロンドが陽光の下で高らかに語る。


「人は心が不安定であるがゆえに、幸福とは無縁の怒りや悲しみを生み出します。ですが創造神イシュルの祝福を受ければ安寧に包まれ、平和に生涯を過ごせるのです。しかし皆様のように拒絶すれば、叶わぬ願いとなってしまいます。なんと嘆かわしいことでしょう」


「だから俺たちにも心を捨てろと言いたいのか? そんなの御免だ!」


「ですからそれは勘違いというものです。捨てるのではなく、執着しなくなるのです。つまりはより高みへと進化できるのです」


 陶酔しきったように言い切るロンドに、敬は強い憤りを覚える。


「ふざけるな! 感情を失ったロボットみたいになって、何が幸せだよ! 俺の知ってる兄妹は創造神の祝福とやらを受ける前の方が、ずっと魅力的に笑ってたぜ」


「どうあっても創造神イシュルのお考えを否定するというのですか? 実に嘆かわしいです」


「御託はそれくらいにしておけ」


 このままでは会話が終わらないと判断したのか、目を細めたルーファが口を挟んだ。


「どちらにしても堕神イシュルに会えばわかる話だ」


「おや。創造神にお会いなさるおつもりですか。どのような目的でしょう」


「決まっているだろうが、叩きのめすのよ」


 信仰心など欠片もない半魔の少女が不敵に言い放つ。比較的穏やかだったロンドの目が急速に吊り上がった。


「創造神と崇められる方にそのような暴言、断じて許せません」


 ロンドの殺気が膨れ上がるのを合図に、人々が軍隊のように整った足取りで各家に戻る。


「巻き添えにしてしまってはいけませんからね。もっとも、そこまで激しい戦闘になるとは思えませんが」


「随分と余裕だが、調子に乗っていると吠え面をかくはめになるぞ」


 あくまでも好戦的なルーファのローブを、控えめに敬は引っ張る。


「おい。なんでいきなり戦うことになってんだよ」


 イシュルが降臨して以来、半魔だからと指を差されなくなったルーファは、フードで隠すことをやめている素顔に意味ありげな笑みを張りつけた。


「最初に威勢よく啖呵を切ったのは貴様ではないか。それに奴はこの街の管理者だ。倒せば住民が本来の心を取り戻すかもしれんぞ」


「チッ。仕方ねえな。なんか天使相手に戦うのは勇者としてどうかと思うんだが……レリアはどうする?」


 問われた女聖騎士は、天使から注意を逸らさずに兜を装着した頭を左右に振った。


「すでに宣言しました通り、相手が天使でも国でも創造神でも、私はケイ様と共にあります。誰かに強制されたわけではなく、その方が世界はより良くなると判断したからです」


 断言したレリアがさらに前へ出て盾を構える。白銀の鎧が決意を表明するように輝き、空に浮かんだ天使の攻撃を待ち受ける。

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