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022 力を失っても勇者様だからな!

 開拓街の話を思い出した敬は、なるほどと頷く。


「それでお母さんと一緒に、暗黒大陸に移住してきたのか」


 当たり前のように聞いた途端、兄妹の雰囲気が一変した。それまでの明るさが鳴りを潜め、特に妹のサハンナは今にも泣きそうだった。


「お、おい。どうしたんだよ」


「母ちゃん、死んだんだ。勇者の兄ちゃんが魔王を倒したって聞いた数日後くらいかな。これで平和に暮らせるねって言いながらさ……」


「うう……お母ちゃん……」


 とうとう泣き出した妹の髪の毛を撫で、ポールは優しく慰める。


「泣くなって。母ちゃんが天国で心配するぞ」


「うん……」


 敬は何も言えなかった。どんな言葉をかけたらいいのかすらわからない。弱っていた母親とも面会していたのだから、こういう可能性を考慮して慎重に話さなければならなかったのだ。


「兄ちゃん、そんな顔しないでよ。薬草を一緒に取ってくれて、魔王も倒してくれて。俺たち、感謝してるんだからさ」


「……そうか」


「うんっ! で、その開拓街がこの近くで、俺とサハンナはここまで花を取りに来たんだ」


「花?」


 問いかけた敬の前で、顔を輝かせたポールが頷く。


「ここらに生えてるのは、街で結構売れるんだぜ。おいらとサハンナの秘密の場所だったんだけど、兄ちゃんになら知られてもいいや。で、その兄ちゃんはどうしてこんなとこにいたんだ? 売り物にする花を摘みに来たのか?」


「俺は……」


 そこまで言って口ごもった敬を、心優しい兄妹が心配そうに覗き込む。嘘をついてやり過ごそうかと思ったが、それではこれまでの人生と何ら変わりない。


 格好悪くて、恥ずかしくて、惨めでも、慕ってくれる二人には素直に事情を話そうと決めた。


「当てもなくふらふらしてた。魔王を倒すまではよかったんだけど、そのあとで力を全部失っちゃってさ。弱くなったんだよ」


 兄妹が揃って驚きの声を上げる。


「「そうなのっ!?」」


「ああ。格好悪いだろ」


 半ば自棄気味に聞いた敬だったが、幼い二人の反応はまったく予期していないものだった。


「そんなことないよ。兄ちゃんは格好良かったじゃないか」


「うんっ。弱くなったら、今度はサハンナたちが守ってあげる」


 子供たちの屈託のない笑顔に、なんだか救われた気がした。


 敬が思うほど他人は自分を気にしていないし、単なる格好つけでも辿ってきた道は間違いではなかったのかもしれない。


「そうだ。兄ちゃんも開拓街に来ればいいよ。街の近くでは畑とかも作ったりしてるし、仕事がたくさんあるぜ。おいらたちもそう聞いて、船に乗せてもらったんだ。子供は少ないからな。皆が優しくしてくれるんだぜ」


 行く先すらない敬には、願ってもない提案だった。彷徨い続けて餓死するよりだったら、この兄妹へそうしたように、事情を打ち明けて街に住まわせてもらうべきだろう。


 そう決断しかけた時、和む光景を邪魔するように草むらが鳴いた。戦闘は素人の敬でもわかる異様な気配に、緊張感が高まる。


「お兄ちゃん!」


「た、大変だ。街を守ってる人に教えないと!」


 慌てふためく兄妹の進路を塞ぐように、巨大熊が現れる。両手の爪が異様に鋭く、黙っていても飛び出している牙からは、邪悪さと一緒に涎が滴り落ちる。


 熊が狙っているのは明らかに幼い兄妹だった。なんとかしなければいけないのに、女神の力を失って対峙する初めての魔物の威圧感に、すっかり敬は竦み上がってしまっていた。


 命を失うかもしれない恐怖に呼吸が浅くなり、心臓が内側から叩くように大騒ぎする。


(怖い怖い怖い)


 魔王討伐までの活躍は、やはり女神の力によるものだったと、嫌でも痛感させられる。ただの人間に過ぎない敬は、普段ろくに鍛えていなかった分だけ、この世界の若者よりもきっと弱い。


「兄ちゃん! 早く逃げて! あっちに行くと街がある。そこなら兵士の人もいるから」


 口早に指示を飛ばしたポールが笑みを作る。


「弱くなっちまったんだろ? 無理すんなって。今度はおいらが守ってやる」


 幼い顔には隙間がないほどの冷や汗が滲み、手足も頼りなく震えていた。そんな兄の背中にしがみつくサハンナも、早く逃げてとばかりに敬を見て何度も頷く。


「わ、わかった」


 反射的に逃げようとして足が止まる。振り向けば両手を振り上げる巨大熊を前に、泣きそうな顔をしながらも踏ん張っている幼い兄妹がいる。二人の行動目的は単純明快だ。敬を救うため。たったそれだけなのである。


(ここでも逃げるのか。あんな小さな子供たちの命を犠牲にしてまで……クソッ!)


 怖くて怖くて仕方がない。死にたいなんて絶対に思わない。


 それでも、気がつけば敬の足は勝手に動いていた。


「ちくしょおおお!」


 巨大熊が鋭利な爪を振り下ろす前に、タックルするようにポールとサハンナをその場から移動させる。


「兄ちゃん!?」


「お前らは街に行って、助けを呼んでこい!」


「で、でも!」


「いいから早く! 俺のことなら心配するな! 力を失っても勇者様だからな!」


 サムズアップして強がってはいるが、恐怖と不安で胃袋が熱い。せっかくポールに貰ったパンを、消化する前に全部吐き出してしまいそうだった。


「お兄ちゃん!」


「サハンナ、行くぞ! 兄ちゃん、待ってて!」


 この場に残ろうとする妹の手を引き、ポールが駆け出す。


(これでいい。どうせ俺は一回死んでるんだ。それに生きてたって、どっかで終わりはくる。だったら、あいつらのために命を使ってもいいだろ)


 格好をつけた思考で勇気を奮い立たせようとしてみたが、そんな涙ぐましい努力は巨大熊の咆哮一つで水泡に帰してしまう。


「うわあああ! やっぱり死にたくないっ!」


 兄妹がいなくなったことで躊躇なく体裁を放り投げた敬は、獲物を逃がされた怒りに燃える巨大熊から早速逃げる。

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